第19話 その手の価値
「……コーイチさん、わたし、なに言いたい、わかる?」
「……はい。」
あの後、プリシラ達への連絡をすっかり忘れていた僕は、駆けつけた彼女たちの前で正座していた。サミュエル達も言いたいことはあるだろうに、ここはプリシラに任せているようだ。
驚いたことにお城の兵士さんたちを引き連れた王様までやってきており、ヤンキーガールたちに事情を聴き終えて今は僕たち二人を遠巻きに見ている。
両手を腰について仁王立ちのプリシラはもう怒り心頭だった。頬にうっすらと涙の跡があるから、凄く心配をかけてしまったらしい。
「……っ」
さっきまでお味噌汁を囲んでお歌を歌ってた子供たちは、いきなり大挙してきた人々を怖がって建物の影からこちらを伺っているようだ。
「ごめんなさいっ!」
そんな中、僕はただ土下座する。
僕は馬鹿だな……。一つの事に集中しちゃうと周りが見えなくなるのは僕の悪い癖だ。僕が姿を消したら彼女らがどれだけ心配するか……ちょっと考えれば分かる事なのに。申し訳ない気持ちでいっぱいで、謝る以外に言葉が無い。
「コーイチさん。」
「え……へぷっ」
顔を上げると、僕の頭はプリシラの胸に抱き寄せられていた。甘い汗の匂いが鼻腔をつく。
「いなくなる、やだ。」
表情は伺い知ることは出来ないが、微かに震える体で察する。
「わたし、家族、やめたりしないで。いなくなる、やだっ……!」
……ホントに馬鹿だ。この子は既に、大切なものを失う経験をしてる。またそれを呼び起こすような真似をして、何が保護者だ。
「ごめんな、本当に。」
「……。」
返事は無い。代わりに返ってきたのは先ほどよりも強い抱擁。
近くへ寄ってきたタバサさんはそっとプリシラの頭に手を乗せる。
「コーイチさん、事情は聴きました。でも、どうかご自分を軽く見ないでください。プリシラちゃんにとって貴方は言葉の通り掛け替えのない存在なのですから。」
「はい……すみませんでした。」
「プリシラちゃんも。コーイチさん、十分反省してるみたいだから許してあげよ? ね?」
「……。」
未だ僕を強く抱いたまま動かないプリシラ。ああ……ホントにごめんよ。逆の立場ならって考えると失念したくらいじゃ済まされない大ポカだよな。もしプリシラが行方不明とかになったら、考えただけでも胸にポッカリ穴が空いたような、とても寒さを覚える。同じ……なんだよな、きっと。
「ぬおっ?! このスープ美味ぇ!!」
「ちょ、ちょっとヴェテル! あなた時と場合を考えて……」
その時、大きなお腹の音が鳴った。「へ~、ほ~、ふ~ん」とジト目でにじり寄るヴェテルに対し尻つぼみになったタバサさんは顔を真っ赤にして俯く。そして、もう一つ。
それは僕のすぐ目の前から聞こえた。
「……っ」
他でもない、最愛の家族の、かわいいお腹から。
「プリシラ、スープ食べるかい?」
そして、こくりと頷いたのだった。
それから、ヤンキーガール……名前はガルと言うらしい。彼女から平謝りされたが、プリシラもタバサさんたちも特に何か追及することはしなかった。
むしろ国王ミエリッキは考えている以上に劣悪だったスラムの環境と孤児たちの数に愕然としたようで、みんなとスープを囲みながら早急に改善案を出すと約束した。
「私が(エロ)本を一冊諦めていたら一人救えたのに……!」
とか最低なシンドラーなこと言い出したのでイラっとしたけど。でもやっぱりこの人、良い人なんだろうな。偉ぶることもなく、みんなと同じように地べたに座ってスープを飲んで、一緒に笑って。
「あ~! 私、ちょー頑張るわ~! 復興支援ちょー張り切るわ~!」
でもチラチラこっち見ながらアピールしてくるのはやめて欲しい。何だろうねこの中二男子感。美人には違いないんだけど迸る残念さと言うか……。なるほど、元の世界でそういうタイプが顔は良くてもモテなかったのがよく分かった。いや、良い人なんだよ? 仕事だって出来るってタバサさんも言ってたし。
「プリシラ、美味しいかい?」
「……ん。」
僕にピッタリ寄り添い左手で服の裾をギュッと握ったプリシラは、片手で器用にスープを飲んでいた。
物申そうとやってきたエシェットはその様子を見てやれやれと困ったように笑い、
「これではこれ以上コーイチを怒れんな。……その手、何より効くじゃろう?」
そんなことを言う。
仰る通りです、古龍さま。
「してコーイチよ。お主、彼女らをどうするつもりじゃ? 主の性格では彼奴等を放ってはおけまい?」
「……そう、だね。」
僕は考える。力のこもったプリシラの手に気付かないふりをして、考える。
ミエリッキさんが改善案を出すと言ってくれてはいたけど、触れ合ってしまったあの子たちをこのまま置いておくなんて出来ない。でも、僕じゃ無理だとも思う。
馬鹿みたいに持ってるお金で何とか出来るのかもしれないけど、それで解決できるのは表面の部分だけ。それじゃ意味がない。
「僕は……僕が力を貸せるならそれは惜しまないつもりだ。」
一生懸命やる。それは変わらない。
「でも、まずはミエリッキさんの言う改善案を待ってみようと思う。」
「ほう……。」
エシェットは驚いたような顔。
「な、なに?」
「いやなに、思ったより冷静じゃなと、な。」
「思い知ったからね。僕はまだまだ未熟。プリシラに、みんなにこんなに心配かけちゃうほどね。」
僕はプリシラの頭をそっと撫でた。
だって僕は英雄でもなんでもない、ただちょっと運の良い人間。救いの手を差し伸べることは出来ても、それ以上は望めないんだ。守る強さも、導く知恵もない、運だけの男。
「なるほど。これで青臭いことを言いおったら張り倒してやるところじゃったわ。」
「か、勘弁してよ……。」
エシェットは笑う。
「じゃがな、コーイチよ。」
「ん?」
「お主は確かに未熟じゃが、それでも我はお主を買っておる。能力じゃ測れないものをお主は持っておるのじゃ。」
「……ネットショッピング?」
くくくっと喉を鳴らし、「馬鹿者。」と続けた。
能力で測れないものってなんだ? そんなの持ってないぞ。
「まあ良い。……我もスープを頂くぞ。」
「え? ああ、うん。」
何とも意味深なことを言ったと思ったら、はぐらかしてそれ以上何も言うことは無かった。何だったんだろ?
頭を捻る僕は、この時また一つ何かを忘れていたのに気付くことは無かった。
……キャンピングカーでは帰りを待つマウが空腹のあまり、涙ながらにボールに齧りついて、
「うぅ……主殿~! お腹空いたのじゃ~……!」
と叫んでいたとさ。
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