第17話 彼の成り立ち、彼女の生い立ち
あの後、ぷんすかモードのプリシラを何とか宥めながら帰っていると、教会の前を通りかかった。そこでは裏にある孤児院から子供たちの元気な声が聞こえてくる。みんなでお歌でも歌ってるのかな?
っと、そうだ! すっかり忘れてた! ピピさんにお金のこと言ってあげなきゃ!
「プリシラっ! ちょっと待って!」
「……?」
僕の手を引っ張るように前を歩いていたプリシラを止める。
「ちょっと教会に用事があるんだ。エシェットと先に戻って夕飯作る準備だけしておいてくれないか?」
「コーイチさん、一人、だめ。」
心配そうな顔で言われると心が揺れるけど、お金とかそういう話はなるべくこの子には聞かせたくない。だってプリシラも心の奥ではまだきっと借りだのなんだのって考えてると思うから。かと言ってプリシラを一人で帰らせるのも嫌だ。
エシェットはそんな僕の気持ちを悟ったのか、ため息をついた。それだけ頑なな子なんだよこの子は。
「……気持ちは分かるがな。話が終わった頃に我が迎えに来る。プリシラもそれで良かろう?」
「……。」
しぶしぶといった様子で頷く。
良かった~、エシェットには手間とらせて悪いけど彼女には後で一品余計に作ってあげよう。僕は小さくなっていく二人の姿を見届けてから、教会の裏手へと入っていった。
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「兄貴遅ぇな~……腹減ったよ~……」
自宅、もといキャンピングカーではソファーに寝そべって呆けているヴェテルの姿があった。ここシェードからすぐ北にそびえるバルカン山脈の調査クエストを楽勝で片付け、夕飯を楽しみに帰ったヴェテルだったが、戻ってみたらボールと戯れるマウしか居ない。
いつも笑顔で「おかえり」と言ってくれる彼が居ないことが、これほど寂しいとは思わなかった。
「コーイチ殿も自分にできることを精一杯したいのだろう。素敵なことじゃないか。」
「……うっせホモ。」
「いや勇者だよ?」
「ホモじゃないけど、コーイチさんもコーイチさんなりに矜持があるのよ。」
「タバサまでどうした?!」
ホモ、もといサミュエルたちは手持ち無沙汰な時間を過ごしながら、一人の青年に想いを馳せていた。
最初は親切な人だなという印象。しかし触れていくうちに、「おや?」と思った。親切の裏にある、確かな熱。そこには何の計算も、二心もない純粋な熱があった。
それはきっと見た目からは想像もつかない強い意志からくるものだろう。彼は何事にも一生懸命なのだ。そうでなければ偶然知り合った奴隷の少女にどうしてあそこまで愛情を注げる? 行き倒れ寸前とも言えた自分たちにどうしてああして手を差し伸べられる? どうして誇り高い龍が眩しそうに彼を見つめる?
それは自身の低すぎる
純粋で、真っ直ぐで、それでいて懸命。それが周りから見たコーイチ・マダラメの人となりだった。
「兄貴、アレで結構頑固だもんな~。」
自分たち以外に興味を示してこなかったヴェテルが「兄貴」と呼び慕うようになったのもきっと過去に一瞬味わった熱を感じたから。
彼女らが知り合ったのはまだ幼い頃。母が剣聖であり、将来を嘱望されていたサミュエルと、大魔導士の家系に生まれたタバサとその姉シエナ、そして将来の国王として育てられていたミエリッキは親同士の繋がりもあって共に幼少期を過ごしていた。
そんな中、まだ幼いヴェテルは親もなく兄妹もなく、サクスシェード公国の北の端に位置する滅びた村でただ一人、物や死骸を漁って生きる日々。
とてもじゃないが接点が無さそうな五人。しかし、偶然というのはいつでも起こり得る。
とある傭兵が村で彼女を見つけたのだ。傭兵は言った。
『……お前、生きてんのか。』
何を言いたいのか分からない。しかしヴェテルはしっかりと頷いた。
魔物に蹂躙され、家族も友人も、すべてを失った少女は生きていた。傭兵は少女を抱きしめる。泣いていたかもしれない。
しばらくそうしているうちに、陽もすっかり傾いていた。
『行くぞ。』
傭兵は少女の手を取った。いつの間にそこに居たのか、エルフ族の女性も逆の手を取る。
険しい山を越え、辿り着いたのがサクスシェード公国、首都シェードだった。傭兵は城の門を蹴り飛ばすようにして城内へと入っていく。
『国王出てこいやオラァ!』
『……キョーコ、落ち着く。』
傭兵が何に怒っていたのかは分からない。でもそれは烈火のような怒りだった。対峙した国王も気圧され蒼白になるほどの怒り。
ひとしきり叫ぶと、国王がヴェテルの前に跪く。そして嗚咽交じりに「すまなかった」と一言。まだ幼いヴェテルはこの人が何に謝っているのか理解は出来なかった。
傭兵に聞いてみても、「お前は気にすんな」の一点張り。しかしこれを機に、サクスシェード公国の前王、つまりミエリッキの母親は心を入れ替えて国営に励むようになったのだが、それはまた別の話だ。
以来、ヴェテルはタバサの実家であるステファノス家の屋敷に住むこととなった。物心ついた時から一人で生きてきたヴェテルにとって、そこでの生活は窮屈だった。服を着せようとすれば暴れまわり、目の前に食べ物があれば時を選ばず食べ、食べきれない分は部屋に持っていく。ずっとそうして生きてきたのだからそう簡単に拭いきれるものではない。
しかしそれでも、ステファノス家の人間は彼女に愛情を注ぎ続けた。サミュエルやタバサらも、新しい友達として受け入れようとしきりに少女を誘う。傭兵として各地を転々としていたあの女はあれ以来姿を現さなかったが、今思えばこれ以上中途半端に首を突っ込むのを躊躇ったのだろう。
次第に、ヴェテルの頭に「?」が浮かぶようになった。
この人たちは自分に対して何をしてるのだろう。何がしたいのだろう。そして自分は、何なのだろう。
『強くなりな。』
最後に別れる時、傭兵は言った。その言葉には色んな意味が含まれていたと思う。
サミュエルらが庭で稽古しているのを見て、ヴェテルは自然と木剣を手に取っていた。それが戦士ヴェテルの始まり。少女は新しい生き方を模索し始めることになる。
しかしあの滅びた村で、件の傭兵もまた、自分の生き方をやっと見つけたとも言える。彼女は、守りたいのだ。まだ一介の傭兵に過ぎなかった彼女は、後にスラムの聖母と呼ばれるようになるのだが、この時は誰も知る由もない。
「腹減ったーーーーーー!!」
「だから落ち着きなさいってばヴェテル! 子供じゃないんだから!」
その時、ドアの所から物音がした。
「帰ってきた!」と起き上がるヴェテル。まるで犬だとコソっと笑うタバサ。
「……おや? コーイチ殿はどうした?」
しかし帰ってきたのはプリシラとエシェットだけ。
その頃コーイチはと言うと……
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皆さまこんばんは。班目幸一です。
今僕は、大変な状況になっています。
「……おう、てめぇが例の金持ちか。」
「そうっスよ! コイツっス!」
はい、ヒャッハー軍団に捕まったんですね。プリシラとエシェットを見送ったあと、教会の裏手に入ろうとしたところであっさり捕獲されました。そしてなんか廃墟みたいなところで後ろ手に縛られて座らされています。つまり大ピンチです。
目の前には見たことのないヤンキーっぽい美少女が一人。その周りには例のヒャッハー軍団。僕を縛って捕まえている×マスクのリンダちゃんは何故か後ろから体を擦り付けてきてます。僕も色々と溜まってるのでその膨らみとかちょっと勘弁してほしいです。
「あ、あの……僕に何か御用が?」
「っ!!」
ガンつけられた?!
と思ったらヤンキー少女は僕の方に歩いてきて……ちょっと? 間違ってもパンチとかやめてね? ステータスの差を考えて冷静に行こう!
「頼んます!!」
ヘッドバッドを覚悟したら頭を下げられただけだった。
「っ……へ?」
「金貨は返しますんで、どうかうち等を助けてください!」
そして目の前に置かれる金貨が3枚。えっと……どういう状況? ロープも解いてくれたし、おイタは無しって事でOK?
首を捻っていると、ヤンキー少女が事情を話してくれた。どうやら彼女はこのスラム地区で行き倒れていた子供たちの面倒をみているらしく、その子供たちも飢えや病気で限界に来ているとのことだ。
まあ、それだけなら良かったんだけど……ここで僕はこの街の事をまだよく知らなかったのを痛感させられた。今でこそこの街は人が溢れ、活気付いている。しかしそれは一年前まで起こっていた大規模な戦が終戦してから、国王主導の元、戦後復興に励んだ努力の上に成り立っていたのだ。
考えてみれば、あのお城には確かに高そうな代物は何一つ無かった。きっとそれらも全て売り払って資金に充てていたんだろう。王様は変な人だったけど悪い人じゃないんだと思う。ちょっと見直した。
でも、僕がこの世界に来る半年前まで戦争してたなんて思ってもみなかった。
今からおよそ二十年前、東のエーデル王国と、反対側、西のファンバス帝国に挟まれたサクスシェード公国は見事に二国間の大戦に巻き込まれたらしい。サクスシェード公国は中立を宣言していたが、一度始まった戦の火はそんなことお構いなし。領土のあちこちで激突し、北方の魔族を仲間に組み込んだ帝国がジリジリと王国のみならず公国をも飲み込んでいった。
ともすれば増えていく戦争孤児たち。目の前の少女たちもその一例だった。
そんな中、立ち上がったのが彼女たちの母代わりである二人の傭兵。一人はエルフ族の奴隷、エンメル。もう一人がキョーコ・マミヤという異世界人。東の防衛ではサミュエルの母、剣聖アーガシアが奮戦し、西ではタバサの両親率いる魔導部隊が奮戦することで何とか押し返すことに成功する。その裏で、正規軍ではないキョーコ・マミヤは傭兵の一員として北から襲い来る魔族を討伐し、行き場の無くなった孤児たちをスラムに連れ帰っていたらしい。孤児院に預けようとしなかったのは、彼女自身もそういう場所で育ったからだそうだ。
この世界では、男の子であればいくらでも貰い手がある。それは養子縁組であったり使用人としてならまだいいが、悲しいかな奴隷や娼館にも需要があり少なくとも食べるには困らない。そうして残ったのが年端もいかない少女たちだった。
キョーコ・マミヤはぶっきらぼうだが全力で愛情を注いだ。手を血だらけにしながら(趣味はアレでも)服を繕い、とても美味しいとは言えないけど暖かい料理を振舞う。戦後復興が間に合わず、半ば見捨てられたスラム地区はいつしか、子供たちの笑い声に包まれる場所となっていた。
『きょーこ! このせなかにかいてあるもじ、な~に?』
『ああん? そりゃお前、舐められねぇようにするためだよ。夜露死苦ぅ! っつってな!』
『きゃはははっ! なにそれ~!』
しかし、最後の出兵から、ついに彼女らは戻らなかった。
以来、最年長のヤンキー少女が孤児たちを取りまとめてはいたが……彼女だってまだ若い。拾ったくず鉄や木材などをお金に換えて生活の糧にして細々とやってきたけど、次第に病や飢えに苦しむ子供が増え、行き詰った状況でもうどうすれば良いのか分からなかったんだろう。
それで当たり前だ。むしろよく一年も耐えたと思う。この子も、みんなも、全力だったんだ。今までただ全力で生きてきたんだ。
「だから、その……こんなことお願いすんのは虫が良いってのは分かってる。金なら必ず将来返……す?」
「ぐずっ……!」
「お、おいアンタ、何泣いてんだ?」
何ていい話なんだよ……!
ひょっとしたら作り話の可能性もある。でも僕の涙腺は崩壊していた。キョーコ・マミヤっていう異世界人のことは気になるけど、今はそんなことどうだって良い! だってきっとその人も良い人だ! エシェットは噂じゃもう亡くなってるって言ってたけど、あくまで噂! きっとそのうちひょっこり帰ってくるさ!
なら、今やる事は一つだろう? 班目幸一!
「僕に任せろ!」
「……へ?」
戦争から街を守るとか、魔物を退治するとか、そんな英雄みたいなこと出来ない。なら、僕は僕に出来ることを精一杯やろう! 守ることが出来なくても、救うことはできるんだから!
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