第16話 実は凄い奴(ホモ)
害虫駆除を終え、荷物もすべて運び終わった頃。
すでに日は傾き、夕陽が僕らの影を伸ばし始めていた。ちょうど依頼を終えて帰ろうとセバスチャンさんと依頼書のやり取りを終え、玄関ホールに出た所……
「さあプリシラさん、折角ですから寛いでいってください……ま……し?!」
「……コーイチさん?」
まさかのプリシラと遭遇! この状況を見るにお友達に家にお呼ばれしたのかな? なんだ、不覚にもじ~んと来ちゃうじゃないか。そっかそっか! ちゃんとお友達になれたんだな! 今日は御赤飯だ!
なんてことを考えていると、横に居たセバスチャンさんが目元をハンカチで拭っていた。
「お、お嬢様に……お友達が! この屋敷に務め40年余りの時が経ちましたが、これほど嬉しい日はございません!」
気持ちはすごく分かるぞセバスチャンさん。もしプリシラがウチに友達連れてきたら僕もそうなる自信がある。お友達の家にプリシラが遊びに来てるって状況だけでも涙腺に来てるのに。
「こ、ここ、コーイチ様?! どうしてこちらに……! せ、セバス! 一体どうなっていますの?!」
「っ……失礼いたしました。マダラメ様には屋敷の害虫駆除の依頼でお越しいただきました。」
「まあ……! 万事屋さんを営んでいらっしゃると聞いておりましたがそんなことまで……!?」
「僭越ながら評させて頂ければ、完璧な仕事ぶりで御座いました。旦那さまにも出来高をご考慮頂けますよう進言する予定です。」
そこまで言ってもらえると頑張ったかいがある。プリシラの口元がもごもごしてるのを見て心の中でガッツポーズ。アレはプリシラが嬉しいけど表情に出すまいとしている時の仕草だ。それが見れただけで疲れも吹っ飛ぶってなもんよ!
……どうしてメリルちゃんまで嬉しそうなのかは分からないけど。
「ああそうでしたわっ! セバス、悪いのだけどプリシラさん向けに書庫から精霊術の魔導書と杖を見繕って持ってきてくれないかしら?」
「畏まりました。ただちに。」
短く答えてセバスチャンさんはホールの奥へと消えていく。
魔導書? 杖?
「プリシラ、何かお借りするのかい?」
聞いてみると、プリシラは両手で顔を覆った。
「……まだ、だめ。」
どうやらもごもご口がまだ治らないようで喋れないようだ。一度感情が振り切れるとしばらく治らないのが彼女の特徴だった。……可愛すぎるだろ。人の家じゃなかったら抱きしめて撫でまわしていたところだ。
「その……こ、コーイチ様、実はワタクシとプリシラさんは一年生にして上級選抜に入れましたの。」
「そうなのか?!」
何のことやらさっぱりだけど、上級選抜って何か凄そうだ!
「ですので急なのですが、明日からの授業で杖が必要になってしまいまして……。まだお持ちではないとのことですので、ワタクシがお貸ししようかと。」
なん……だと?
僕の馬鹿野郎! プリシラが頑張って結果を出したのに杖の一本も持たせてないとか! 予習不足だった……! 今からお店に急げば間に合うか?! しかしプリシラが折角お友達の家にお呼ばれしてるのに……
「コーイチ、さん、いい。」
悩む僕の様子を見てか、プリシラがそう言う。
「で、でも……!」
「杖、ちゃんと、選ぶもの。時間、かかる。」
「そうなのか?」
「ですわね。本来なら杖は選び、選ばれる物ですの。杖を扱うお店も限られていますし、じっくり選ばれるのが良いですわ。」
そうらしい。隣のエシェットもしきりに頷いている。
考えてみれば、タバサさんが魔法を使う時は身長くらいある先っぽがぐるぐるっとなった木みたいなやつを使ってたな。ヴェテルはそもそも魔法使わないし、サミュエルは杖の代わりに剣を持ってる。……あれ?
「杖が無くても魔法って使えるのか?」
その質問に返ってきたのはメリルちゃんのくすくすとした笑い声だった。
「もうっ、コーイチ様ったら。杖や魔道具無しで魔法を使えるなんて、それこそ魔王か勇者様か……エンシェントドラゴンくらいなものですわっ。」
再び笑う。それに対して、僕は乾いた笑いを漏らすだけだった。横ではふふんと鼻を鳴らして威張るエシェット。
ていうかサミュエル……お前ただのホモじゃなかったんだな。ちょっと見直したよ。絶対本人には言わないけど。
「あれ? そうなるとマウは?」
「ああ、魔竜は別じゃ。彼奴らは鼻先に魔核という部位があってな。他の生物には見られん特異なものじゃ。」
へ~。マウ、その部分をくすぐってやると一番喜ぶんだけど……魔核って敏感なのかな。
と、そんなことを考えていると、セバスチャンさんが戻ってきた。手には二冊の本と50cmくらいの杖。
「……こちらで宜しかったでしょうか?」
「ええ、ありがとう。」
受け取ったメリルちゃんは杖をまじまじと見て頷く。何か良し悪しがあるのだろう。
「こちらの杖でしたら人を選ばず使える筈です。上級魔法を扱うには心許ないですけど、初心者向けのお手軽な物ですから。」
「……ありがと、メリル。」
「いいえ、宜しくてよ。」
優しく微笑むメリルちゃん。やっぱりいい子だ……。こんな子と友達になれたんだからプリシラの学校生活は前途洋々だね。
僕は感動のあまり腰を落としてメリルちゃんの頭に手を置いた。
「ほんとにありがとうね。」
「ひゃうっ?!」
途端に沸騰したように真っ赤になるメリルちゃん。
「ひゃ、ひゃひゃひゃ、ひゃいっ! こ、こちらこそありがとうごじゃいましゅ!」
「……ムッ」
プリシラ? どうしてそんなジトっとした目で僕を見るんだい? んでもってセバスチャンさんは何でまた泣いてるの?
「ああ……お嬢様が恋を……! 今日は何という最良の日か!」
「せ、セバス?!」
恋?! 恋ってなに?!
ちょっとその辺詳しくと思ったけど、プリシラが僕の手を引っ張って玄関へと向かうものだから話はそこで打ち切りとなった。後ろからでも分かるほどプリシラがぷくっと膨れているものだからもう大変だ。僕は何か彼女を怒らせることをしただろうか。ひょっとしたら自分の友達に馴れ馴れしくしてほしくないとかそういう……?
エシェットは「やれやれ」とため息交じりに着いて来ている。
「またお越しになって~!」
背後からメリルちゃんの声が届くが、僕は空いた手で振り返すのがやっとだった。
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