第15話 間宮京子の憂鬱

 時は1980年。湘南。

 夕陽をバックに、かの有名な大橋が映える浜辺で、腕組みしながら人を待つ女性の姿があった。


 名を、間宮京子。女だてらにヤンキー大国湘南のトップに君臨するスケバンだ。それに加えて美貌と完璧なプロポーションをしており、特にその豊満な胸は誰しもが目を引く。

 サラサラの黒髪を腰まで伸ばし、セーラー服のスカートは足首までの長さ。腰にかかったチェーンは、いつも彼女が江の島へ渡る橋を通るときに手すりへジャラジャラと打ち付けている、彼女のトレードマーク。いつしか湘南では、その音が聞こえたら直ぐに逃げろというのが常識となっていた。

 彼女がこうして待つ人とは、遥か西、九州は福岡からはるばる果たし状を送り付けてきた西国の喧嘩番長、浜地靖男。東西のヤンキー頂上決戦の幕が今、切って落とされようとしていた。


「……ようやく来やがったか。ビビッて逃げたと思ったぜ西のシャバ憎が。」


 言葉を受けて正面に対峙する浜地は不敵に笑う。

 彼は角刈りに極太の眉毛、そして2メートルはあろうかという筋骨隆々な身体を道着におさめている。


「ふんっ、なんじゃぁ東のは! こない女子おなごにてっぺん獲られたとね。」

「言ってろゲジゲジ眉毛。」

「フハハハ! 威勢の良い女子じゃき!」


 お互いに煽り合って、押し黙る。

 二人の間に、湘南の風がふく。それを合図に二人は激突した。


「ふっ……!」


 はじめに先手を取ったのは京子。

 一見してただの大振りな右ストレート。


「っ……?!」


 しかし浜地は避けられなかった。どうしてか、それは……


 ----ぷるんっ


 男を惑わす二つの凶器。たわわに揺れるは夢の膨らみ。

 男とのタイマンにおいて、京子の開幕右ストレートを避けられた人物は居ない。

 だって目が行っちゃうもんね! 普通そっち見ちゃうもんね!


「ふべらっ?!」


 乳房の揺れを眼に焼き付けながら、顎にクリーンヒット。


「へっ、こんなもんかよ西のは。」


 勝ち誇る京子と、その足元には顎に食らったにも拘わらず股間を抑え鼻血を吹き出しながら幸せそうに昏倒する浜地の姿があった。

 またも京子のタイマン最強伝説に新たな1ページが加わったのだった。

 その帰り道、勝利してご機嫌な京子はお気に入りの店で買ったソフトクリームを片手に家路につく。


「~~♪ 美味しっ♪」


 ただでさえ見た目は可愛い京子のそんな姿に、下校途中の学生やサラリーマンは振り返って眺める。勿論、ジロジロ見ていたらぶっ飛ばされそうなのでコッソリと。


「……夕飯、これでいいかな。」


 寂しげにポツリ。

 これから帰る家には誰も居ない。そんなのは彼女にとって当たり前の日常だ。何故なら彼女に家族は居ないから。

 物心ついた時には彼女は孤児院にいて、寂しさのあまりか毎日暴れまわっていた。軽々しく子供を捨てた親への恨みもあったのだろう。


「まま! きょうはハンバーグがいい!」

「ふふっ、ええ分かったわ。でもちゃ~んとお野菜も食べるのよ?」

「うん!」


 道すがら、親子が通り過ぎる。

 自らが味わったの事のない、普通の会話をしながら。


「……ちっ」


 涙なんて似合わないと思っていても、彼女とてまだ17歳。そんな普通に焦がれても仕方がない。

 沈みかけた夕陽が、彼女の瞳をキラキラと照らす。


 ----その時だった。


「ぱんぱかぱ~ん!」

「は?」


 足元が突然真っ白になったかと思えば、目の前に薄手のヴェールを纏った女が現れた。

 女は笑顔で「おめでとうございます!」と手を取る。


「だ、誰だてめぇ!」


 慌てて振り解くが、女性はこちらの話も聞かずに次々とまくしたてる。

 女性が言うには自らは天使の一人で、ここは雲の上。異世界転移の権利に当選し、すぐに竜やら魔法やらがひしめく世界へと旅立って欲しいとのことだった。


「……ちょっと待て。」

「はい?」

「今お前……どこの上っつった?」

「ですから、雲の上ですってば!」


 ふらっ


「ちょ?!」


 京子は気絶した。

 彼女は超が付くほどの高所恐怖症。手すりにチェーンを巻いてなければ怖くて橋を歩けないほどの。


「嬉しすぎて倒れちゃうのはわかりますけどガチ気絶はやめてくださいっ!」


 しばらくして目が覚めた京子は天使に涙目でしがみつきながらまくしたてる。


「て、て、てて、てめぇコラ! 雲の上とかふざけたこと言ってんじゃねぇぞボケ! ぶ、ぶぶ、ぶっ殺すぞ!」

「え、え~っと……じゃあ説明を続けますね~?」


 天使は喚く京子を無視して再び語りだす。

 ダイスロールで能力を最大三つまで手に入れることが出来、それらを使って異世界で暮らしてほしいとのことだった。

 が、もはや高所にビビりまくる彼女には「何で私が?」とか「異世界って何?」などの冷静に考えてみれば疑問だらけの状況に突っ込む余裕が無かった。もう兎に角早く地面に下ろしてくれの一心で。


「というワケなんで~、何か欲しいものはありますか?」


 そう聞かれた京子は、咄嗟に家族という言葉が頭をよぎったが頭を振って霧散した。


「じゃあ、力だ! もうとにかく力が欲しい! んでもって早く帰してくれ!」


 彼女が生きてきた過程を思えば、力こそが全てだった。だからこその、力。


「う~ん……力にも色々ありますけど……じゃあとりあえず力関係のものをリストアップしてダイスに乗せますから、それで出た目で決めましょっか!」

「ああ、もうそれでいい!」


 彼女はすぐにでもここから逃げたい。雲の上なんて彼女にとって最悪のスポットだ。

 天使の手からダイスが放られ、コロコロと転がる。そして出た目は……


「……吸引力?」

「……ですね。」


 空気が止まった。


「アタシは掃除機かなんかかゴラ!」

「し、仕方ないじゃないですか~!あんな曖昧に『力!』なんて言う人初めて見たんですから~!」


 胸倉を掴まれてガクガクと揺さぶられる天使。


「っざっけんな! 吸引力とかどうやったらアタシ強くなれんだよボケ!」

「二つ目は強くなる方法、ですか~。わっかりました~!」

「は? ちょっ」


 コロコロと転がるダイス。

 そして出た目は……


『ヤればヤるほど強くなる』


 再び空気が止まる。


「オイ……これ……」


 それを見て女は、


「もうっ、京子さんったら……えっち。」

「ふざけんな! やり直せ! すぐやり直せ!」

「む、無理ですよ~! やり直しなんて……ほら、ダイスで失敗が出ましたよ?」

「大事な三つ目使ってんじゃねーーーー!!」


 こうして、京子の能力が決定した。

 ユニークスキル、『吸引力』と『ヤればヤるほど強くなる』の二つに。


「最悪だ……そもそも吸引力って何吸引すんだ?ヤればヤるほどって何ヤるんだ?」


 項垂れる京子の肩に、ポンと置かれる天使の手。

 頬を染めた女は言う。


「何って~……ナニ、じゃないですか~? もうっ、京子さんってばス・ケ・ベ♪」


 そのあと、真っ赤になった京子が暴れまくったのは言うまでもない。スケバンと呼ばれ、湘南の頂点に君臨した彼女はまだ男を知らないのだから。

 しかし、すぐに京子にとってもっと最悪な出来事が待っている。


 異世界に落ちる。そう、読んで字のごとく、落ちるのだ。

 そして泣きながら小川でパンツを洗っているところで、とある奴隷のエルフと出会うのだが、それはまた別のお話。

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