第14話 “子”悪魔連合
あれから、人目もはばからずに土下座を続けたピピさんを何とか宥め、僕らは一先ず依頼主の元へと向かった。なんでも、薬草売りは子供たちに手伝ってもらってたみたいなんだけど、屋台通りの空いているスペースで勝手に売ってしまっていたらしい。……仕方ないと言えば仕方ない、かな。でもそれで金貨3枚は流石に、ねぇ?
まあお金のこととかはまた帰りにでも寄って話してあげれば良いかな。あのままじゃずっと気にしちゃうだろうし。
そして辿り着いたマルグリット家の豪邸。5メートルくらいあろうかという鉄の門に周囲をぐるりと囲む外壁。もうそれだけでもただ事じゃないのに、先に見える家もデカいの何のって……お城ほどじゃ無いけど中々豪勢な佇まいだ。正直貧乏性の僕じゃこんなところ1週間も居られない自信がある。最近は慣れたけどあのキャンピングカーだって持て余してたのに。
「何か御用ですか?」
近付いてきたのは槍を持った女性の兵士さん。多分門番さんかな?
「えっと……ギルドから害虫駆除の依頼で来ました。マダラメと申します。」
そう告げると、門番さんは少し待つよう言い残して詰め所のような小屋に入っていった。しばらく待っていると、門が重厚感ある音と共に開き、庭から執事が登場。うん、だよね。裏切らないよねこの感じ。
颯爽と現れた執事は年の頃は60代といった感じだろうか、いかにもロマンスグレーできっと名前はセバスチャ……
「私、マルグリット家の執事長を務めておりますセバスチャンと申します。」
当たった?!
「?? 何か?」
「い、いえ! 何でもないです! 今日はよろしくお願いいたします!」
「はい。こちらこそお願いいたします。」
恭しく頭を下げて中へと案内するセバスチャンさん。堂に入った所作がいちいち格好良い。
広い庭を抜けてやっぱり真ん中には噴水があり、近くに寄った屋敷もやっぱりデカいことデカいこと……。お城の時も思ったけど、ざっと見渡しても使用人の男女比は8:2くらい。うん、普通とは逆だね。こういうところは男性の雇用率が高いんだろう。
エシェットがこそっと耳打ちしてきて、どうやらメイドとしている女性たちは護衛を兼ねて中々の腕前だそうだ。少なくとも僕は小指一本で負けるくらいだと。……そこまで言わないでおくれよ。
「本日は主人が外出しております故、私が代理としてお話を受けさせていただきます。」
「あっ、そうなんですか。分かりました。」
豪華絢爛な応接間に到着して席に着くと、セバスチャンさんは早々に切り出した。でもま、家の人が居たとしても全員外に出てもらう事になるから好都合なんだけどね。
「では早速始めたいのですが、依頼書には使用人さんたちもお手伝いくださるとのことでしたが……徹底的にやるので皆さん協力をお願いしても良いですか?」
「はい、勿論でございます。私共は何すればよろしいですか?」
「まず一つ、食器類や衣服は全て外に出してもらいます。あと布団なども。」
「それは構いませんが……」
「二つ目はそれが終わったら全ての窓を閉め切って全員外に出てください。でもご心配でしょうからセバスチャンさんも僕と一緒に居てくださって結構です。」
アレをやるんだから絶対に必要なことを伝えた。ご使用上の注意をよく読んで正しく使うためだ。
そうして、使用人総出で荷物運びが始まった。各自自分の部屋も持っているからそれらも運び、僕はせっせと広い屋敷を走り回ってソファーやテーブル、ベッドなどにビニールシートをかぶせていく。電化製品とか火災報知器が無いのがせめてもの救いだな。
「これから何をしようと?」
僕の謎の行動にセバスチャンさんは訝しんでいるけど、これもあなた達の健康を害さないためと言い納得してもらう。
そして全ての部屋にバルサンをセットして、全員がちゃんと外に出たことを確認してから僕らも外に出た。
「エシェット、お願い!」
「うむ!」
これは僕には無理なこと。実は水に入れるタイプのバルサンで、カップの中に既に設置済みなんだけど、そのカップには全てエシェットが水魔法の魔方陣を描いてくれていた。だからエシェットが魔力を込めれば遠隔でもカップに水が溜まり、作動するという流れだ。
「おおっ?!こ、これは?!」
外から見ても分かるくらいに家の中には煙が立ち込める。火事ではないよとは言ったけど使用人さんたちは気が気じゃないのかオロオロしてる。
「このまま3時間は外に居ましょう。その間に僕は庭の害虫を駆除していきますので、皆さんはお休みしててください。」
そして取り出しましたるはアリコロリやら蜘蛛の巣ジェットやら虫コナーズなどのグッズの数々。
これだけ広いと相当な数が必要になるけど、どうせやるなら徹底的にやっちゃおう。キャロルさんから渡された依頼書には報酬で銀貨10枚±出来高って書いてあったし採算はとれるだろう。
……プリシラ、お兄ちゃんは頑張ってるぞ!
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コーイチがせっせと害虫駆除に勤しんでいる頃、王都西地区の寂れた地域……スラムと化している場所の一角では、とある騒動が起こっていた。
「ガル姐~! た、たた、大変っス!!」
「んあ?」
今にも崩れそうな、古びた家と言うには少し無理がある廃屋。身をよじっただけで埃が舞うソファーから起き上がったのは、学生服のようなブレザーを着崩した17歳前後と思われる女の子。栗色の髪の毛はボサボサに伸び、日に焼けた小麦色の肌。痩せてはいるが出るところが出た、コーイチの世界であればグラビアアイドルも夢ではない様な容姿。
彼女の名前はガル。まだこの街が他国との戦争に巻き込まれていた頃、その戦争によって親を失った10歳に満たないガルはとある二人組の不良に拾われた。一人は奴隷の首輪を付けた無口なエルフ族、エンメル。そしてもう一人は、キョーコ・マミヤという異世界人だった。
エンメルは御年40歳だが長寿のエルフ族ゆえにまだあどけなさが残り、特攻服を着た現役バリバリなキョーコ・マミヤは60を超えていたがその見た目は30代と言っても信じるくらい若々しい。
『……オイ餓鬼、てめぇこんなとこで寝てっと風邪ひくぞ。』
それが第一声。
それから、今や廃墟と化しているこの家で育てられた。似たような境遇の少女たちも、次から次へと増えていく。いつの間にか、このボロ屋では10人を超える孤児が生活するようになった。少女しか居なかったのは、この世界の特異性のため。男の子なら娼館や奴隷として引き取られるが女の子だとそうはいかない。野垂れ地ぬか、犯罪に手を染めるかしかないのだ。
『う~い、餓鬼ども帰ったぞ~。』
いつも返り血を浴びながら土産を片手に帰ってくるキョーコ・マミヤ。彼女は傭兵を生業として生きており、ぶっきらぼうながら少女たちを愛し養っていた。それは戦争に身を窶す傍ら、増えていく戦争孤児たちへの贖罪だったのかもしれない。
しかしガルが16歳を迎え、その頃まだ頻繁に起こっていた魔族との戦争が佳境を迎えた頃……つまりコーイチがこの世界に来る丁度一年前、戦争終結と共にキョーコ・マミヤとエンメルはついに戦争から戻ることは無かった。いつかはそんな日が来ると覚悟はしていた。しかしあの強い母がそう簡単に死ぬはずがないと、それ以来ガルたちはずっとここで彼女を待ち続けている。
「……たく、人が気持ちよく寝てんのに起こしやがって。」
「す、すんませんガル姐! でも大変なんスよ! これ見てくださいっス!」
「ん?」
緊張しているのかプルプル震える手のひらの上には輝く金色の硬貨が3枚……。
「んなっ!? なんだこれ?! おま、こんな大金どうやって……!」
「どうやってって……ガル姐がミカジメ料取ってこいって言ったんじゃないっスか!」
「ば、馬鹿野郎! 金貨じゃねぇ、銀貨だ! 銀貨3枚って言っただろうが!」
生まれてこの方、銅貨くらいしか拝んでこなかった少女らにとって、金貨なんて夢の産物。
そもそもミカジメ料とは言うが、彼女たちからすれば正当な借料。シスターや子供たちが薬草などを売っていたあの広場の一角は、キョーコ・マミヤが持ち帰った戦利品を売るための屋台を構えていた、正式に保持していた場所だったのだ。キョーコ・マミヤの生死が不明の状態でも、まだ権利書はここにある。
「でも姐御! こんなにあったら餓鬼どもの食べ物とか薬も……」
「こんな大金、アタシらスラムの人間が使おうとしたらそれだけで怪しまれるじゃねぇか阿呆!」
その通り、怪しまれて衛兵でも呼ばれるか売買を拒否されるかどっちかだろう。ともすれば金貨なんて両替すら難しい。
「つかこんな大金払う馬鹿はどこのどいつだよ!」
「それが……」
目の前の少女は語る。教会の奴らに払うよう説得していたら、謎の男が出てきて代わりに払ったことを。それ以来、リンダが自分の掌を見つめてため息ばかりつくようになってしまったことも添えて。……それは完全に蛇足だが。
「……クソ、あの餓鬼どもももう限界近いってのに。」
こんな時にあのババアは何やってんだって台詞はグッと飲み込んだ。
ガルたちはキョーコ・マミヤに戦いの手ほどきは受けていたものの、肝心の生き方を教わる前に彼女は姿を消してしまった。自分たちが苦労する分にはまだ良い。しかし彼女らはスラムの子供たちを守っていく必要がある。
『弱ぇ奴を守る。それが女の生き様だ。餓鬼どもの事、頼んだよ。』
それは最後に見たキョーコ・マミヤが残していった台詞。
彼女が帰ってきた時、その約束を守れなかったりしたら手酷い根性焼き(ただのデコピン)が待っている。かと言って、金は無い。劣悪な環境にあって食事も満足にとれない子供たちは日に日に弱っており、病に伏している子も出てきていた。
だからこそのミカジメ料。どうにか薬は無理でもスープくらいは用意してやろうと。
「……オイ、ヴィッキー。」
「な、なんスか?! 食い物でも買ってくるっスか?! それとも薬が先っスか?!」
ガルはそんな彼女の言葉を無視して、覚悟を決めた目で一つ大きく息をついた。
もう背に腹は代えられない。その男が金貨を寄こしたのならば……
「その男、連れてこい。お礼しなきゃなんねえ。」
「……!」
ギラギラとした目が冗談ではないことを語る。
「……分かったっス!」
ゴクリとつばを飲み込み、ヴィッキーは子悪魔連合の幹部たちに向き直った。
「聞いたっスね!?」
まだぼうっとしているリンダ以外は真剣な表情で頷いて……
「うち等、子悪魔連合のお礼参りっス!!気合い入れて行くぞっス!!」
「……は?」
頓珍漢な宣言をした。
「いや、ちょ、」
「っしゃーー! 行くぞオラァ!!」
「待てお前たち、」
「腕が鳴るぜぇ! ヒャッハー!!」
「だから、」
「ま、また……会えるの? きゃっ♪」
そして廃墟でポツンとガルだけが残された。ガルの言葉を、幹部たちは完全に誤解していた。若干一名もっと方向性が間違っているのも混じっていたが。
こうして、子悪魔連合のコーイチ捕獲作戦が始動したのだった。
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