第9話 家族

 魔竜の一件から、早くも一週間が経っていた。今では車内は勇者一行とエンシェントドラゴン、魔竜、ダークエルフという摩訶不思議なメンバーで溢れている。この人数だと流石に手狭という事で、新しく牽引式のトレーラーを購入し、そこは寝床などのスペースとした。ていうかもう完全にサミュエルたちは居付いてるな……。


「こーいち、さん、お肉、こねた。」

「おっ、ありがとうプリシラ。」


 そうそう、言い忘れてた。プリシラの首輪の件。

 奴隷商であるペギーさんの所で『解放の儀』も問題なく終わり、奴隷登録も抹消。晴れて奴隷ではなくなった。今ではご主人様でなく、名前で呼んでもらえるようになって心機一転だ。


「こね終わったらこの皮に詰めていくよ。ほら、やってごらん?」


 今は晩御飯のギョーザ作りをお手伝いしてくれている。ラストダンジョンじゃね? と思われる洞窟にアタックしている勇者たちを労うために頑張っているのだ。何やら貴重な鉱石を手に入れる依頼がギルドから直で発行され、そこまで車で送って今はその出口辺りで停車して待っている。


「……こう?」

「おおっ! 上手上手!」


 ~~大勢の晩御飯はギョーザ~~

 ①キャベツ、ニラを刻む。

 ②刻んだ①をボウルに入れ、そこへ挽肉、卵、中華だし、醤油、ごま油、塩、ニンニクすりおろしを投入!

 ③餃子の皮にプリシラと詰めてるなう。

 ④熱したフライパンにごま油をしいて、ギョーザを並べる。そして水を投入し蓋をする。

 ⑤火が通ったら焼き色を付けて、出来上がり!


 ~~中華のエース! 麻婆豆腐~~

 ①ニンニク、生姜、長ネギをみじん切りにしておく。豆腐は切ってレンジでチンしたら水気を切っておく。

 ②フライパンに油をしき、ニンニク、生姜、豚挽き肉を炒める。

 ③そこへ豆板醤と塩を入れて、全体に行き渡るように。

 ④水、甜麵醬、中華だし、砂糖、醤油を③へ投入! 沸騰させたら豆腐も投入!

 ⑤そこへ水溶き片栗粉でとろみを付けたら、最後にごま油を垂らして完成! お好みで追いネギ、山椒振ってね!


「兄貴~! ただいま~、腹減ったよ~!」

「コーイチさん、ただいま戻りました!」

「帰りましたよコーイチ殿。」


 タイミング良いなぁ……。


「首尾はどうだった?」

「楽勝っすよ!」


 ニカっと笑ってサムアップするヴェテル。まあそりゃそうか。


「でもおかしいっすね……ホントはここまで来る道中が一番危険なハズだったんすよ。」


 え、初耳なんだけど?! そんな危ない道走らされてたの?!


「実はそうなんだ。道中はデッドグリズリーやグリフォンの縄張りを突っ切らなきゃいけないからな。本来なら中隊を組んで行かなきゃ大変な道のりの筈なんだが……」


 だからずっと窓の外見てたのか!


「ええ、勿論危険が無いように警戒はしていましたが、何と言うか……丁度魔物の目を掻い潜ってと言いますか、魔物たちが食事に子育て、繁殖など他のことに集中している幸運なタイミングで突っ切ったとしか思えないくらいです。」

「……。」


 なるほど、ラッキーね。ここでも僕の運の良さが発揮されたらしい。まあみんな無事ならそれでいいけどさ。とりあえず冷めちゃうから食べるか。


「皆、手は洗ったね? それじゃあ……」

「「「いただきま~す!」」」


 今日も楽しく晩御飯だ。お弁当に作ったサンドイッチを持たせてたけど、それじゃ足りなかったのかヴェテルなんかはがっついて食べている。


「この包み? みたいなのも美味ぇ~~!! 流石兄貴…!」

「~~~っ! 主殿っ! この赤いのピリッと来るのじゃ! 口から火が出そうなのじゃっ!」

「いや貴様も竜の端くれなのじゃから普通に出るじゃろう……」


 賑やかな夕飯はやっぱり良いな~。プリシラも表情は相変わらず表に出さないが、作った料理を美味しそうに食べてもらえてどこか嬉しそうだ。

 このところ、空いた時間にタバサさんに魔法の勉強を見てもらっているせいか、まるで妹のようにかわいがってくれている。プリシラも懐いているようだ。

 夕飯を終え、タバサさんと僕はお皿を洗いながら話す。いつもはプリシラも手伝ってくれているのだが、今日はマウをお風呂に入れてくれている。


「プリシラ、魔法の方はどうですか?」

「……凄いですよ、本当に。」

「そ、そんなにですか?」

「ええ。」


 これは本格的に魔法学校の入学を勧めるべきか……。年齢も年齢だからあれば私塾とか学校に通わせてあげたいとは思ってたし、丁度いいと思う。

 そもそも僕らは街には住んでいないものの、王都であるシェードを拠点として生活していた。その王都には一番大きな魔法学校があり、その名もサクスシェード王立魔法学院。寮も完備されているけど、ここから通うか寮に入るかはプリシラに任せよう。僕は外のデッキにプリシラを呼び寄せると話をした。


「……がっこう?」

「ああ、タバサさんが言うには君は魔法の才能があるらしいんだ。だからサクスシェードにある魔法学院に入ったらどうかなって。勿論無理強いはしないよ。君に任せる。」

「……。」


 プリシラは考え込んでいるようだ。少し俯いて、顎に手をやっている。


「……わたし、おかね、ない。」

「それなら、」

「こーいちさんに、いっぱい、ごはんもらってる。ふく、もらってる。」


 プリシラは珍しく言葉を遮った。


「どうやって、かえす? わたし、なにも、もってない。」


 そんなことを言った。そっか……僕は彼女を保護してからというもの、勝手に旅のお供として世話してきた。時に世話されてきた。でもそれって考え方によっては僕からの一方的な方法で、彼女は生きるためにそれを受け入れるしかなかったんだ。もし僕が逆の立場だったとしたら、受けた恩の大きさに圧し潰され、それ以上の物を受け入れる余裕なんてない筈だ。


「僕は……馬鹿だな。」


 言葉が、足りなかった。本当はちゃんと言うべきだった。僕が彼女のことをどう思っているかって。そしてどう接してほしいかって。


「……プリシラ、僕はね。君と出会って、一緒に生活して、そうしてるうちに君のことを家族だと思ってた。」

「家族……。」

「亡くなってしまった君のご両親が本来ならこの先君にあげたかったものを、僕があげたいんだ。それが君と出会った僕の役目だと思ってる。」


 娘と呼ぶには歳が近い。妹と呼ぶには歳が離れている。それでも、家族だ。


「……勝手だけどね。」


 独りよがり甚だしいけど、あのまま見捨ててはいられない。そしてこの子と触れ合ってしまったら、当然情は移る。それが愛情となるのは不思議なことだろうか?


「父でもなければ兄でもないただの僕だけれど、君さえよかったら僕のことを家族だと思ってくれないかい?」


 プリシラは黙って僕を見つめている。やがてポツリと、


「……いい、の?」


 そう言った。僕が頷くと、堰を切ったようにプリシラの目から涙が溢れてきた。僕に抱き着き、声を上げて泣きじゃくる。こんな年相応な姿を見たのはあのワンピースをプレゼントした時以来だ。普段大人しい分、一度感情が溢れたら止まらないのだろう。僕はいつかと同じように、その頭を撫でていたのだった。

 そんな姿を窓から勇者たちが見ているのにも気が付かず、長いことそうしていたようだ。


「……兄貴、良いよな~。」

「ヴェテル? あなたまさか……」

「そ、そういうタバサだってどうなのさ!」

「わ、私は、その……」

「ちょっと待ちたまえ! コーイチ殿は私の」

「「ホモは黙ってて(ろ)!」」

「OH! I am 勇者!」


 竜たちは、


「ふんっ、主殿は吾輩のものに決まっておるのに。哀れな人間どもよ。」

「くだらん事を言うておらんで早う残したネギを食わんか! 貴様竜の癖に好き嫌いをするなど言語道断じゃ!」

「ひぇ~……主殿~助けてたも~……!」


 いつも通りだった。

 しばらくして、泣き止んだプリシラが言う。


「……わたし、がっこう、いく。」

「そうか!」

「がっこういって、べんきょうして、こーいちさんにいっぱい、いっぱい、おんがえしする。」

「そ、そんなこと考えなくてもいいんだってば!」

「そこは、ゆずれない。」


 こ、この子、意外と頭が固いところあるんだよな……。まあほどほどに頑張って、何よりも楽しい青春を送ってくれればそれが何よりの恩返しなんだけども。僕は人間としてはまだまだ未熟だけど、両親の気持ちが少し分かった気がした。


「……。」


 僕が困った顔をしていると、プリシラがじっと僕を見つめていることに気が付いた。……なんだ? なんでそんな黙って見てる?

 そして口を開いたと思ったら、聞き覚えのない言語で何かを言った。


「プリシラ? それは何て言ったんだい? 僕はその言葉が分からなくて……」


 するとプリシラは珍しく悪戯っぽい笑みをほんの少し浮かべて、


「ひみつ」


 そう言ったのだった。

 車の中、エルフ語に堪能なタバサと永い時を生きてきたエシェットだけはその言葉の意味を理解していた。しかし敢えて彼女が分からないように言ったことを汲んで、幸一に教えることは無かったのだった。

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