第7話 解放と魔竜退治

 サクスシェード公国、執務室。そこでは豪華絢爛な料理に舌鼓を打つ国王、ミエリッキ・サクスシェードはご機嫌だった。


「あの忌々しい古龍め、今頃勇者らの手によってさぞ痛い目を見ておろう! ケッケッ」


 誰も居ないのをいいことに一人笑いながら呟く。しかし本来ならばこういった人間ではなく、元は大商人が建国した資源産出国として栄えている国の長としては珍しく質素で、むしろかなり地味なタイプの女性だった。趣味は読書、白粉で隠してはいるが母譲りのそばかすに栗毛のクセ毛で度の強い眼鏡をしている、一見して王とは思えないくらい普通の女性なのである。

 しかし、ある日をもって急変し、他国への謀略や税の引き上げを指示したかと思えば今度は竜を退治せよと勇者に命じるなど、まるで人が変わったかのようだと側近たちは言う。特に幼いころから我が子のように接していた宰相のロベルト・ベッケンバーグは戸惑いを隠せない。


「それにしても人の世に隠れ住んだがこれは良いものよ。吾輩に人間どもがひれ伏すのは心地が良いわ!」


 高笑いを続けながら、ミエリッキ……いや、憑依した魔竜は食事を続けるのだった。

 一方その頃、幸一達は首都シェードへ向けて車を走らせていた。車内では勇者の面々がソファーで作戦会議を繰り広げており、プリシラは助手席に、エシェットはベッドに胡坐をかいてゲームに勤しんでいる。


「この辺りは風光明媚だな~。」

「ふーこ……なに?」

「ああ、ごめんごめん。綺麗な景色って意味だよ。左手には砂浜が広がっててさ、右手にはなだらかな草原。綺麗じゃない?」

「……うん、ふーこめび、です。」


 ああ、プリシラは可愛いなあ。これは絶対に奴隷から解放して魔法学校に入れるんだ! この子なら大魔導士間違いなし!

 すっかり親馬鹿になりつつある僕はそんなことを考えながら車を飛ばす。昨夜にトフロを出立して途中一晩明かし、今はもうお昼過ぎ。車の時計は15時頃を示している。


「コーイチさん、御者お疲れ様です。」

「いえいえ、作戦はもうまとまった?」

「はい! それで……ちょっと後でお願いがありまして……」

「お願い?」


 聞き返すと、タバサさんはまたも耳元に口を近付けて何やら囁いた。


「……マジで?」

「は、はい……殿方にこんなお願いは申し訳ないのですが、もしコーイチさんの世界にアレがあるのでしたらお願いしたくて……」


 もちろんあるし、きっとが用意出来るけど……それが作戦となるとかなり不安だ。ていうか王様は女性らしいけどどんな人なのよ。シエナさんみたいなのはもうお腹いっぱいだぞ。

 とりあえず僕は小休止を兼ねて車を停めると、頼まれたものを注文してプリシラのおやつを作り始めたのだった。


 ~~今日のおやつはホットケーキ~~

 ①牛乳をレンジでチン! そこへちょびっとレモン汁を垂らす。

 ②卵をよく溶いて、①の牛乳をイン! そしてすかさずザルでふるいながらホットケーキミックスを投入!

 ③泡だて器でよく混ぜる! ここはプリシラと楽しくシェイキング!

 ④サラダ油をひいたフライパンに③を投入!

 ⑤表面に浮かんでくるフツフツが良い具合になるのをプリシラと眺めて……良い感じになったら返す!

 ⑥焼きあがったらお好みでバター、はちみつ、ホイップクリームで召し上がれ!


「……コーイチ。」

「コーイチさん……!」

「兄貴~……」

「コーイチ殿っ!」


 ……そんなに恨めしそうな顔するなよ。てかエシェット、その口から洩れてるのは涎だよね?決して瘴気とか業火とかじゃないよね?


「皆の分もあるからちょっと待ってて。先にプリシラから。」


 みんなの顔が満面の笑みに変わった。

 僕はホットケーキを食べながら、作戦の概要を聞いた。頼まれたものを買ってあるし、これで準備は整った。もう目的地は目と鼻の先とのことで、時間も余裕があることだしひとまずプリシラを奴隷商に見せてから城へと出向くことになった。

 前回と同じく車を少し離れた所に停めてアイテムボックスに入れると後は歩きで街へと入る。冒険者カードを持っているから今回は税金も取られずに済む。アイリスさんから預かった目的地の地図を見ながら街を歩くと、目印の看板が見えてきた。暇な時にプリシラと文字の勉強をしているおかげで『ペギーの奴隷パラダイス』と書かれた怪しい文字までしっかりと。


「ご、ごめんくださ~い……」


 看板の割には重厚感のあるドアを開けると、


「おや、これまた素敵な御客人だ。」


 火のついていない暖炉のそばで安楽椅子に座る美女が居た。この人がペギーさんだろうか。

 青黒い長髪は真っ直ぐ伸びて、キリっとした釣り目にモノクル眼鏡、几帳面さが見て取れるトレンチコートを着込んだカッコイイ感じの美女だ。良かった……あの人の知り合いだから不安だったけどとりあえずちゃんと服は着てた。


「トフロのシエナさんからの紹介で、奴隷の『解放』をお願いしに来たんですが……」

「ふむ、奴の紹介か。私はここの店主ペギーだ。で、『解放』したいのはそちらのダークエルフかな?」

「は、はい!」


 僕の後ろに着いてきていたプリシラを品定めするように見ると、僕に向き直る。その目はどこか責めるような目をしている。


「……理由は金欠? それとも邪魔になっただけかい?」


 僕はムッとしてしまった。


「じゃ、邪魔だなんて……! プリシラは僕の大事な人です! この子には他の人と同じような人生を送ってほしいから『解放』したいんです!」


 少し大きな声をあげてしまったが、奴隷商の女性はそれを黙って聞いていた。プリシラも一緒に来ていたサミュエルたちも僕が大声をあげるなんて思っていなかったのか、少し驚いているようだ。


「ごしゅじんさま、おちつく、……ね?」

「あ……ご、ごめん! ごめんなさい! 僕……」


 優しく手を握ってくれるプリシラを見て、やっと頭に上った血が降りた。心配かけてしまったとプリシラの頭を撫でて深く深呼吸する。その様子を見て、奴隷商の女は微笑んだ。


「なるほど、変わった人間も居たものだ。奴隷をそんなに優しく扱うなど。」

「僕は偶然が重なって彼女の主人になったけど、彼女のことを奴隷だなんて思ったことは一度もありませんから。」

「分かった分かった、そう熱くなるな。しかし『解放』か……」


 奴隷商の女は顎に手を当てて考え込んだ。


「何かマズイことが?」

「いやなに、『解放』なんぞ滅多にしないから手持ちの材料で足りるかどうか……」


 ペギーさん曰く、『解放』をお願いしに来る人間は大抵金に困って手放すか必要なくなったから売りに来るかどちらからしい。そんな人間は追い返すだけだから『解放』は滅多に請け負わないそうだ。特に女の子の奴隷は元々売れ行きが悪く、買い取ったところで新しい買い手がつくことなど殆ど無い。そうなればただ損をするだけだし、そもそも人としてそんな扱いを間近で見るのは避けたいとのことだった。


「材料って何が必要なんです?」

「『塩』だ。それも大量にな。あと『不純物の少ない水』か。」

「大量ってどのくらいでしょうか?」

「ん~……大体1ガロンくらいあれば足りると思うが…」

「「「1ガロン!!??」」」


 サミュエルたちが声をそろえて驚いていた。1ガロンって言うと3.8ℓくらいだっけ? え、そんなに驚くことなのか?


「そ、そんな量を持ってたら王都に豪邸が建ちますよ!」

「え?」

「兄貴、すまねぇけどアタイそれだけの金は持ってない……」


 いやいやいや。え? この世界で塩ってそんなに貴重なの? 確かに昔は塩とか胡椒は金塊と交換されてたってバラエティ番組で見たことあるけど……。


「ああ。だからすまないがそれらが無いと『解放の儀』が出来ないんだ。申し訳ないけど……」

「それなら持ってますよ?」

「え?」

「は?」

「ん?」


 空気が止まった。


「ちょっと待ってくださいね。えっと……これが一袋1キロだから……あ、あとこの水も必要かな。」


 僕は手早く『ネットショッピング』を起動して必要なものを買い揃えていく。そんな僕を不思議そうな目でペギーさんは見てきたがお構いなしだ。


「はい、これでどうでしょうか?」

「んな……!!」


 目の前にポンっと出てきた塩と水のペットボトルに驚くペギーさん。


「キミ……『アイテムボックス』を持っているのか! それにこの大量の塩と不思議な容器に入った綺麗な水……!」

「す、すげぇ……! 流石兄貴だぜ……!」

「私、もうコーイチさんに驚くのは辞めにします。」

「コーイチ殿……素敵だ!」


 ペギーさんは塩を手に取ると先ほどまでの態度と打って変わってすっかり余裕が無くなっている。ともかくこれでプリシラの首輪はどうにかなりそうだ。準備には時間がかかるそうで、プリシラはそれに付き合うためにペギーさんが一晩預かることとなった。僕らは城に用があるため、丁度よかったかもしれない。

 こうして僕らはプリシラをその場に残して城へと向かった。


「こ、これは勇者サミュエル様! この度はどのような用件でしょうか?」

「ああ、エンシェントドラゴンについての報告をね。国王に謁見を頼めるかな。」

「ははっ! しばしお待ちを!」


 門番の女性は急ぎ城に入り、言伝をしているようだ。僕はタバサさんに頼まれていたものを渡し、門番が戻ってくるのを待った。……こんなものを女の子に渡すのはかなり気が引けたが仕方がない。しばらく待っていると、門番が戻ってきて僕らはすんなり謁見の間へと通された。

 城はかなり豪華な造りをしていたが、中はなんとなく想像よりも質素というか、飾り気がない感じだ。映画で見たような城には高そうな壺とか肖像画とか無駄に飾ってあったけどそういうのが無い。こっそりタバサさんに聞いてみると、どうやらそういった金目の物に頓着しない人間らしい。なんだか好感が沸いてしまった。

 謁見の間の前で門番に武器を預けて、僕らは扉を潜った。礼儀作法とかよく分からないので見様見真似で膝をつく。


「ミエリッキ・サクスシェード陛下である。用向きの者は前に出よ。」

「はっ!」


 王様と思われる女性の横に立っているロマンスグレーなおじさんが声をかけると、サミュエルが立ち上がって一歩前に出た。


「うむ、勇者サミュエルよ。報告があると言うからにエンシェントドラゴンは倒したのか?」

「……陛下、それについて少々お見せしたいものがございまして……。」

「ふむ……ほれロベルト。」

「……はっ」


 ロベルトと呼ばれたロマンスグレーさんがサミュエルに歩み寄った。そしてタバサさんに渡してあった例のブツを差し出すと同時にこそっと簡潔に囁いた。


「……陛下は何者かに操られている可能性があります。これを差し出して様子を見てください。それで分かります。」

「……!……なるほど。」


 受け取られたものを確認すると、ロベルトさんは納得したようだ。そして例のブツを王様に差し出した。


「ん? なんじゃコレは。このような本に興味は無いぞ。貢物などしておらんでさっさとエンシェントドラゴンを倒してこぬか!」

「……決まりだな。」

「……ですな。」

「ぬ?」


 僕らは立ち上がった。


「何じゃお主ら! 無礼じゃぞ!」

「黙れ偽物め!!」

「なっ……!」


 ロベルトさんの一喝に言葉を失う王様。そして彼女が放り投げた本を手に取ると言った。因みにあの本はタバサさんに頼まれて『ネットショッピング』で購入したエロ本だ。


「陛下が破廉恥な本を捨てるなどあり得ん!! 本物ならば小躍りして部屋に籠りに行くに決まっておるのだ!!」

「そーだそーだ! あんたがエロに目がないむっつりスケベだってことはアタイらは知ってるんだからな!」

「そうよ! 幼馴染の私に『お願い!一人で買いに行くの無理だから一緒に来て!』って頼んできては破廉恥な買い物に何度付き合わされたことか!」


 えー……。


「ぐっ、ぐぐぐぐぐ~……!」


 王様は悔しそうに歯噛みしている。とそこへ僕らの影からひょいと顔を覗かせた人影を見て、今度はその歯をガタガタ震わせる。


「……魔竜よ、お主の正体はもう割れておる。消し炭にされたくなくば姿を見せるがよい。」

「ひぃ……!!」


 王様、いや、魔竜は慌てて椅子の影に隠れる。そんなんで逃げられるはずもなく、恐ろしい速さで詰め寄ったエシェットに容易く捕まった。


「ま、ままま待て!! 待つんじゃ!! わ、吾輩を消し炭にすればこの者も……」

「我がさような小事を気にするとでも思うか? んん?」

「や、やめ……!」


 エシェットは口を大きく開けると、口元に火の玉が現れる。それがどんな物なのかは僕にも分かった。

 すると、ポンっと王様の胸元から煙をあげながら何かが飛び出た。王様は力なく倒れる寸前にロベルトさんが受け止める。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい~……!!」


 ソレは魔竜だった。頭を隠すように縮こまっているが……魔竜、ちっさ! でもなんか可愛いぞコレ! 見た目は灰色っぽいドラゴンなんだけど、両手にすっぽり収まりそうなサイズだ。それに円らな瞳で見上げてきて……


「ちょ、ちょっとコーイチさん?!」


 僕は我慢できずにドラゴンを拾い上げた。だってこの子めっちゃ可愛いんだもん! 父がアレルギーだったからペットが飼えなかった僕にとって、小動物は憧れの存在だった。


「に、人間! 吾輩をどうする気……」

「ちゅ~るちゅ~る♪ちゃおちゅ~る~♪」


 即座に『ネットショッピング』で購入したペット満足度ナンバーワンらしい餌を抱き上げた魔竜に差し出す。猫じゃないから気に入るか分からないけど。


「な、なんじゃ! そんなものを近付けて……付けて……くんくん。お、おぉ? なんぞ吾輩の体が勝手に……!」


 舐めた!! もう夢中って感じでペロペロ舐めてて魔竜マジで可愛すぎる!!

 そんな姿にすっかり毒気を抜かれた皆はため息交じりにかぶりを振る。後で聞いた話だと、別段この国に被害が出ていたわけでもなく、増税の話や他国への謀略などはロベルトさんがこっそり止めていたらしいので、ただ勇者らとエシェットが巻き込まれた程度だったという事だ。その勇者らも怒る気が失せたようで今では一緒に“ちゃ〇ちゅ~る”している。

 そしてエシェットは……


「……まあコーイチがそうしたいのであれば良い。その代わり後でぷりんあらもーどを寄こすのじゃぞ! それから! その魔竜ばかり可愛がらんで、わ、我も……その……」


 両手の指先をツンツン突き合わせていたのでちゃおちゅ~るを差し出すと、


「そうではないわっ!! 戯けがっ!!」


 怒ってしまった。

 そうして、随分とあっけなく魔竜は退治? されたのだった。

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