第5話 異世界の街、その価値観は如何に

 よもや天使さまも、僕が初めて街に行くまで1か月以上かけるとは予想していなかっただろう。そんな僕は、ドラゴン的なクエストだったら最終局面を迎えていそうなメンバーの車内で、せかせかとお昼ご飯を作っていた。


 ~~お昼はやっぱりラーメン~~

 ①麺を茹でる湯を作っておく。

 ②油をしかずに豚バラ肉をお鍋で焼く。ポイントとしてはしっかり焼くのでなく表面の色が変わるくらいまで。

 ③②のお鍋に醤油、中華だし、生姜すりおろし、ニンニクすりおろし、めんつゆ、塩を投入。

 ④お肉に火が通って気持ち煮詰まったら水を入れて沸騰したらスープは完成!

 ⑤生麺を茹でて、水気をきったら人数分に取り分けたスープに投入。海苔、メンマ、味玉などお好みの具材をトッピングしたらラーメンの出来上がり!


「はふっはふっ……!」

「うんまっ! コレも美味いよコーイチの兄貴!」

「すごく美味しいです!」


 好評なようで何よりです。そしていつの間にかヴェテルから兄貴と呼ばれ始めていた。年齢はステータス上、同い年なんだけど……。

 まあそれは良いとして、とりあえず僕らは街に出向くことにした。目的はホモもといサミュエルらがギルドマスターへ報告行くのと、僕らは魔竜界隈の情報収集、そしてプリシラの首輪をどうにかできればという事でここらでは一番大きな街を選んだ。因みに、この車で乗り込んでは騒ぎになりそうなので近くの森から歩いていく予定だ。


「コーイチさん、この“くるま”でしたっけ? こちらはどうされるんですか? そのまま置いておいたらそれはそれで不用心かと思いますが……」

「ああ、それなら問題ありませんよ。アイテムボックスに入れちゃいますから。」

「さ、流石兄貴だぜ……! クソみてぇなステータスなのに馬鹿みてぇに有能だ!」

「……それ褒めてんだよな?」

「当ったり前じゃないっすか!」


 力強く握りこぶしを作るヴェテル。それを誉め言葉と受け取れるなら僕は聖職者になれるよ。

 でも異世界の街か……インドアを決め込んでいてもやっぱり少し気になる。サミュエルたちの装備を見ても、近代的な感じではないっぽいからさぞファンタジー感溢れる街並みなんだろうな。そんなことを想いながら、僕は車を走らせ町の近くまで辿り着く。そしていざ街に踏み込むと……


「ほわ~……」


 それが僕の第一声だった。ダイ〇ゴン横丁に辿り着いたハ〇ーもこんな感じだったのかな。


「コーイチさん、どうかされました?」

「いやゴメン! 何でもない!」


 慌てて平然を装ったけど、これまた凄いファンタジーだった。家屋はほぼ全て石造りでこれまた石畳の道路、木枠に布をかぶせて作られた屋台が立ち並び、行きかう人の服装も中世ヨーロッパっぽい感じだ。それに何と言っても獣と人間のハーフみたいな人もちらほら目に付く。まあプリシラもダークエルフだし覚悟はしてたけど……リザードマンみたいなのが闊歩しているのを見ると驚いてしまうのは無理もないだろう。

 にしても何だろう? さっきから女性が男性に声をかけては素っ気なくされている光景をよく見る。まだお昼なのに大人のお店の客引きか何かか?


「ったく兄貴、あれだけすげぇ物持ってるのに金は無ぇなんてどういう事っすか。」

「……面目ない。」


 だってこの世界に来てから引きこもってたんだから仕方ないだろう。しかも街に入るだけで税金取られるとか思わなかった。なんでも僕は身分証が無いかららしいんだけど、今回はタバサさんに立て替えてもらった。こんなんじゃとても返しきれていないけどお礼として返さなくていいって言ってくれてるが、そこはあくまでも立て替えに拘った。だってあれは僕が勝手にしたことだったから。


「ともかく、麗しのコーイチ殿は身分証を作った方が良いかもしれないね。」

「身分証か……どこで手に入るのかな?」

「そりゃ冒険者ギルドに登録すりゃすぐ出来るぜ? ただ、定期的に依頼を熟さねぇと除名になっちまうが。」

「マジか。」


 冒険者……出来うることなら絶対になりたくない部類の存在だ。だってなんか雰囲気的にモンスターとか討伐しなきゃいけないんだろ? 絶対無理だってそんなの。でっかい木を仕留めたのだってたまたま相性が良かったからだし。


「私もそれをお勧めします。依頼の達成が困難なら私たちも微力ながらお手伝いしますから安心してください。それに……」

「?」

「プリシラさんのそれ。きっとここのギルドマスターなら何とかしてくれると思いますから。」


 そういってタバサさんはプリシラの首を指さした。え、ギルドマスターってそんなことも相談できるの? なら考えてみるかな。


「……わたし、このまま、いい。」


 悩んでいた僕が自分のためにというところに遠慮したのか、そんなことを言う。


「いや、ダメだ。君はもっと他の子と同じように生きてほしいんだよ。」

「それなんですけど、」


 タバサさんは僕の耳元に顔を近付けると耳打ちした。……ちょっといい匂いがした。


「プリシラちゃんの奴隷問題が解決したら、ぜひ魔法学校への入学をオススメします。この年齢、レベルであの魔力は並じゃありません。」

「……そうなの?」

「ええ、ダークエルフは本来魔法よりも体術を得意としているのですが……この子は将来必ずや大魔導士になれる逸材かと。」


 何という事でしょう。確かにステータスが高いと思ってたけどそれ程とは。なんだか自分の娘や妹が褒められたみたいで胸が熱くなるが、それを聞いてしまっては尚更首輪を何とかせねば。因みに、先ほどから黙ってついて来ているエシェットは屋台でサミュエルに買わせた串焼きなどを頬張ってご満悦な様子だ。


「よし! ギルドへ行くぞ! サミュエル、案内してくれ!」

「おお! 麗しのコーイチ殿はやる気に満ちていますね!」

「……次その呼び方したら一生無視を決め込むからな?」

「……はい。」


 ホモを黙らせると、僕らはさっそくギルドへと向かった。例に違わず石造りの建物に盾と剣をモチーフにした旗が立っており、中にはそれはそれは屈強そうな人たちで賑わっていた。男女比が3:7くらいなのが気になるけど……男性はほとんど出払っているんだろうか。サミュエルたちは流石に有名人らしく、注目の的だ。カウンターに居た綺麗なお姉さんからも顔パスで奥へと通され、二階にある一室へと招かれた。


「……な、なんだココ。」


 その通された一室。どうやらギルドマスターの部屋らしいのだが、それはもう見事な散らかりっぷりで本やら服やらで足の踏み場もない。と言うかパンツくらい片付けなよ……しかもなんか汚れてるし。

 それらを見ぬふりをしつつ、ソファーと思われる一か所に寝そべる女性が気だるげに起きあがるのを待った。髪はボサボサ、服はだらしなく伸びたTシャツにパンツ一丁という格好でこちらも目のやり場に困る。それも不二子ちゃんかよってくらいスタイル抜群で美人だから尚のこと。


「あ~、勇者ども帰ってきたの。」

「帰ってきたの、じゃありません! 何ですかこの散らかりようは! 出発する前に綺麗にしましたよね!?」

「……次の日には、もう……」


 こめかみを抑えながら受付嬢が答える。これにはショックを受けたのか劇画タッチになるタバサさん。

 うん、そうなるよね。僕が君の立場ならそうなるもの。


「姐御、ただいまっす!」

「おうヴェテル、今日も元気だな。処女卒業したか?」


 今度はヴェテルが劇画タッチの真顔になる。


「んで? そこのカワイ子ちゃんは誰よ?」


 そう言って今度は僕らの方に興味が移ったらしい。僕はカワイ子ちゃんと聞いて咄嗟にプリシラの紹介を始めようとしたが遮られた。


「いや女の事じゃねぇよ。お前さんのこった。」

「は?」

「お前さんフリーか? ならちょっと舐めてくれ。あたし性欲溜まっててヤバいんだ~。……ほれ。」

「ぶっ……!!」


 とてもじゃないが絵として見せられない。あろうことかその女性は僕に向かって女性のその……なんだ……せ、性器をむき出しにしてきたのだから。童貞たる僕になんたる仕打ちか。予想していたのか、受付嬢は瞬時にブランケットをかけて隠したけど……そういう物を初めて見る機会がこんな場面だなんてすごく嫌だ。


「お姉様いい加減にしてください! この方は私たちの恩人なんですよ!? そんな方にそのような振る舞い……断じて許されません!」

「わ~った、わ~ったよ。」


 衝撃の事実。え、確かにタバサさんも美人さんだけど、この人あなたのお姉さんなの?! 片や清楚で片や奔放。どうやったらこんな差がつく育ち方ができるのか。


「すみませんコーイチさん、殿方にこのような破廉恥な振る舞いを……」

「い、いえ、驚きましたけど大丈夫です。」


 驚いたどころじゃないよ! 女性のってあんな風なんだ……とか考えちゃったじゃないか! 初めの夜のプリシラの強引さにしろ、この破廉恥が服を着たようなお姉さんにしろ、ヴェテルの際どすぎるビキニアーマーにしろ、この世界の女性はちょっと……いや、かなり元の世界とはかけ離れた価値観なんだろうか。そういえばさっきも街中で女性が男性に声をかける光景がよく見られた。まるでナンパでもしているかのように……ハっ!


「あの……つかぬ事をお聞きしますが……」

「はい?」

「この世界の女性って、結構その……押しが強いと言うか、えっと……色々と旺盛だったりします?」


 聞き方が難しいけど、何を言わんとしているのかはタバサさんに伝わったみたいだ。僕が別の世界からの転移者だという事は車の中で説明済みだからだろう。タバサさんは少し恥ずかしそうに説明してくれた。

 そして僕の予感は的中する。この世界は基本的に女性優位で成り立っており、王様も女王が通例で、家中の長も女性だと言う。そして今まで何となく見てこなかったタバサさんたちのステータスを見て、その理由もハッキリした。

 例えば戦士であるヴェテルは……


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 NAME:ヴェテル AGE:19 ♀ 

 種族:人間

 LEVEL:58

 HP:1960/1960

 MP:58/58

 ATK:249

 DEF:211

 AGI:199

 INT:93

 MND:80

 LUK:25

 skill:『剣術Ⅹ』『武術Ⅷ』『無双』

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 御覧の通りなわけだ。そして勇者であるホモことサミュエルはと言うと……


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 NAME:サミュエル AGE:21 ♂ 

 種族:人間

 LEVEL:72

 HP:1064/1064

 MP:850/850

 ATK:165

 DEF:147

 AGI:186

 INT:159

 MND:101

 LUK:11

 skill:『神聖剣』『魔法(雷)』

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 お分かりだろうか。僕から比べればとんでもなく強いのは確かだが、勇者であったとしても、レベルが上であったとしても、明らかにヴェテルの方が強いのだ。


「ですのでコーイチさん、何か困ったことがあれば私が守って差し上げますから安心してください。」

「は、はい……。」


 逆だ……。何て言うか、すべてが逆だ。家を守るのも基本的には男性で、かと言って主夫というのではなく農業やら商業で家計を助けるのが役割だそうだ。ステータスの加護は魔素を体内に保持しやすい女性が上だけど、男性も(僕を除いて)ひ弱というワケではないのが象徴的だろうか。まあ男性の方が筋肉自体は付きやすいし、フィジカル的に安定しやすいからだろう。

 因みにタバサさんの姉が補足するにプロポーズも女性からが主流で、ヴェテルのようにいい歳して処女というのは非常に恥ずかしい事らしい。

 でも待てよ? そうするとあの夜のプリシラは……か、考えたくはないけど、奴隷としての奉仕をしようというよりも純粋に性への好奇心に駆られてあんな強引だったのか?


「??」


 まじまじと見つめられて首を傾げるプリシラ。こ、こんな純粋無垢な子も……いやでも逆に置き換えれば普通か? 目覚めの早い子はその歳くらいにエロ本持ってたりしてたからな。僕は大学生になって初めてレンタルビデオ店のあの暖簾を潜ったけど。


「……プリシラ、キミはいい子でいてくれな?」


 頭に手を乗せると、よくわかっていないようでコクコクと頷くだけだった。


「あ~、カワイ子ちゃん気をつけてね。ダークエルフって種族的に物凄く性欲旺盛だから。」

「へ?」

「性欲が溜まりに溜まった女のダークエルフが『もうオークでもなんでもいいから犯りたい!』って雄オークを狩りに行くなんて結構聞く話よ。奴らはデカいし沢山出るから打って付けなのさ。」


 逆だろ!!!! オークの雄が「くっ殺」してる絵面なんて誰が見たいんだよ!!!

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