第4話 勇者登場

 ドラゴンが新たに加わった異世界暮らし。見た目とは裏腹な生き字引の彼女に案内されながら、僕らは至る所を見て回った。魔物との戦争で滅んだ国の廃墟(彼女がやった)や、元々はグリフォンが占有していた荒野(彼女が蹴散らした)など、日本では見られないような光景がそこにはあった。

 ていうかドラゴン……君は案外攻撃的なのかい?

 僕はソファーでプリンに舌鼓をうっているドラゴンを見ながら頭を抱えた。因みに、今食べているプリンは、プリシラが家事の手伝いを頑張ってくれたご褒美に取っておいたものだ。勝手に食べられてしまったプリシラは泣くのを我慢してしょげていたが、こっそりプリンアラモードを買って食べさせたら笑顔が戻った。


「これからどうするかな……」


 今いるのは一通り見て回って戻ってきたドラゴンの住処。ひょっとしたら飽きて帰るかなとも思ったけど、そんな気はさらさらないらしい。

 このまま三人でというのも気楽でいいけど、できればプリシラの首輪のこととかもあるし、それに何よりこんな生活を共にさせていたら彼女をダメにしてしまう気がする。ちゃんと他の人と触れ合ったり学ばせたり、他の子と同じような生活を送らせてあげたい。ドラゴンは…まあ暴れなければ好きにしていい。たまに「羽を伸ばす」と言って狩りに出ては馬鹿デカいオークやらコカトリスやらキマイラなんかを持ち帰ってくる。どうやら食用らしいけどホントに食えるのだろうか? とりあえずアイテムボックスに収納してあるけど……


「むっ」


 突然、ドラゴンがプリンの空の容器をテーブルに置くと、辺りをキョロキョロと気にし始めた。


「この気配は……まあ良いか。雑魚に構っておるよりも続きじゃ!」


 気にしないようにしたらしい。彼女が続きと言って持ち出したのはゲームのコントローラー。異世界の遊びをしたいと言うので買ったスーパーファミコンで赤い帽子のおじさんを懸命に操作していた。


「このっ! このっ! ええい、たかが木っ端キノコに何をやられておる!」


 流石は任天堂製品……彼女の力で連打されても壊れない。とか言ってる場合じゃない。さっき彼女が何やら不吉なことを言っていたような。


「ねぇエシェット、気配がしたって言ってたけど何か来るのか?」


 因みにエシェットと言うのはドラゴンの名前だ。と言っても付けたのは僕で、種族名が“エンシェントドラゴン”だからエシェット。実に捻りのない名前だが本人は気に入ったようでプリシラにもそう呼ばせている。


「ん? ああ、何やら勇者どもが近くまで来ておるようじゃが……このっ! 小癪なっ! ……まあ奴らに我をどうこう出来まい。」

「ゆ、勇者……」


 魔族だの何だのと居るからに多分居るかなと思ってたけど……おいおい、勇者って。相場じゃドラゴンって勇者のストーリー的に倒される展開が圧倒的に多いだろう。それでもこうまで余裕を保っているという事はレベルが足りないとかか?


「ごめんくださ~い!」

「……ごしゅじんさま、らいきゃく、です。」


 誰か来た?! このタイミング的に勇者か?!


「でても、いい、ですか?」

「ああ、ちょっと待って! 僕が出るよ!」


 勇者か……どんな人なんだろう。多分凄い強くてかつイケメンなんだろうけど。なんだか有名人のお宅訪問番組に取り上げられた人みたいにドキドキしてしまう。


「ごめんくださ~い! どなたか居ませんか~?」

「は~い! 今開けま……」


 開けるとそこには、想像通りアイドルのような金髪イケメンと色っぽいローブ姿の美女、そして目のやり場に困るほど露出の高いビキニアーマーを着た女戦士が居た。

 イケメンは多分勇者だろう。だってもういかにもって恰好してるもの。ローブ姿の美女も勝気そうな女戦士も僕なんかは一発で蒸発させてしまえそうな能力値を持っていると思われる。だって女戦士さんなんか、僕じゃどうやったって持ち上げられない大きな斧を片手で担いでるんだもの。


「ああ良かった。ちょっと聞きたいことがありまして……」


 そう言ってほほ笑むイケメンが僕を見て表情を固めた。なんだ? なんで僕をみてそんなに驚いてるんだ? と思ったら下から上まで舐めるように眺めて…


「あなたお名前は!?」

「こ、コーイチ・マダラメです。」

「コーイチ殿か! 素敵なお名前だ!」

「え?」


 イケメンは僕の手を取ると、手の甲にキスをした。今までに感じたことのない悪寒が僕を襲う。そのままイケメンは所謂壁ドンをしながら言った。


「ここで出会えたのは運命です。どうか、俺の彼氏になってくれませんか?」


 イケメンはゲイだった。


「無理です。」


 僕は黙って車のドアを閉じた。


「ちょ、ちょっとお待ちください!」

「オイ、ホモ野郎! テメェのせいで余計な警戒されちまっただろうが!」

「待ってくれ! 今のは冗談……いや本気だけど! 聞きたいことがあるのは本当なんだ!」


 うるさいからドアをちょっとだけ開けて覗き込む。今度はローブ姿の美女が前に出た。


「あの……はじめまして、私はタバサ・ステファノスと申します。サクスシェード公国にて賢者の任に就き、勇者サミュエル、戦士ヴェテルと共に旅をしている者です。」


 マジで勇者のパーティーだったようだ。僕は黙って先を促す。


「この辺りに居を構えているところを見ると、さぞこちらにお詳しいかと思いお訪ねしたのですが……ここはエンシェントドラゴンの住処と呼ばれる場所です。貴方様はこの辺りでドラゴンをお見掛けしませんでしたでしょうか?」


 お見掛けって……むしろ一緒に住んでいるんだが。でも「あの子がドラゴンです。」とか言って紹介しても赤いおじさんに夢中なあの姿を見たら信じないだろうし、信じたところでドンパチやられては堪らない。ここはどう返すべきか。

 とそんなことを考えていると、大きなお腹の音が鳴った。真っ赤になるタバサさんだったが、気丈に振舞って目は逸らさなかった。そしてよく見てみれば勇者たちはみな服も汚れて髪もボサボサ。かなり大変な道中を進んできたと思われる。

 まあこの辺りに村とか無いし、エシェットが言うには近辺の森は魔力の濃度が高く強い魔物がうじゃうじゃいるらしいからな……。出くわしたのがあのデカい木と話の分かるドラゴンだけってのは運が良かった。


「もうそろそろ夕飯時ですから、中に入って話しましょうか。これから用意するので皆さんの分も作りますよ。」

「マジか兄ちゃん!」

「そ、そんなことして頂くわけには……! 私たちにも蓄えはありますので」

「タバサ……アタイ、雑草のスープはもう懲り懲りだぜ? ここ二週間それしか食ってねぇしよ。」

「それは……」


 よ、予想以上に苦労してる……! 勇者のパーティーってもっと華々しいイメージだったのに。そして先ほどから一言も発さずにねっとりした目で見てくる勇者。イメージが完全に崩れた。


「遠慮せずにどうぞ。シャワーもありますから夕飯を作るのを待つ間に浴びてください。」

「しゃ、しゃわーとは?」


 そっか、こっちの暮らしぶりってまだ見たことなかったけど文明的にそう言うのはまだ無いのか。

 とりあえず彼女らに使い方を教えて、順番に浴びてもらった。浴びているうちにプリシラに洗濯を頼んで、僕の着替えとして買っておいたパジャマをみんなに着てもらう。タバサさんは感謝しきりで、「あんな素晴らしいもの見たことありません!」と目を輝かせていた。女戦士のヴェテルさんはシャワーが随分気に入ったのか外まで聞こえるほどの鼻歌を歌ってご機嫌な様子で、ホモ勇者は「念入りに洗ってきました!」と何が言いたいのか考えたくないことを言いながら出てくる。

 僕は喜んでくれたなら何よりと料理を始めた。とりあえずこの人数が食べられるような手軽な料理は……スープはもう食べ飽きてるだろうから揚げ物とか喜ぶかな?


 ~~みんなでわいわいカツ鍋~~

 ①小麦粉、卵、パン粉をまぶした豚肉を170~180度くらいの油できつね色になるまで揚げる。

 ②水、砂糖、醤油、みりん、だしの素を入れたフライパンに薄切りにした玉ねぎを放り込み、火にかける。

 ③沸いたら一口大に切ったカツを入れて、軽く溶いた卵をかけ蓋をする。

 ④白身が白くなったらもう一度軽く溶いた卵をかけ、強火で蓋をして30秒ほど……上に三つ葉を散らせば完成!


 ~~せっかくなので唐揚げも~~

 ①玉ねぎのすりおろし、すりおろし生姜、すりおろしニンニク、塩、酒、醤油を混ぜて入れておいた袋に大きめに切った鶏もも肉を入れる。

 ②30分ほど別の作業して待つ。

 ③水気をきった鶏もも肉に片栗粉をまぶして170度の油で揚げる。ちょっと薄いかなくらいで一度取り出し、油を200度に上げる。

 ④高温の油に先ほど取り出した鶏もも肉を再度投入し、今度はカラッとするまで揚げて完成!


 流石にこれだけだと色合いが悪いので、サニーレタスと玉ねぎのスライス、クレソンなどを混ぜたものにシーザードレッシングをかけてサラダも作る。お味噌汁は大鍋で作っておいたものをアイテムボックスから取り出し、ご飯もたくさん炊いておいたから準備はOKだ。


「さ、じゃあ食べよっか!」


 運転席と助手席をクルっと回せばテーブルに面した椅子に早変わり! これで補助席なども合わせればちょうど6人がテーブルを囲ってご飯が食べられる。作っている様子を見ていた時から涎を垂らしそうにして見ていたヴェテルさんに顔には出すまいと頑張ってもチラチラみていたタバサさん、そして俺の後姿をひたすら眺めていたホモは「いただきます」と同時に我先にとオカズに手を伸ばした。


「……!!」

「う、うんめぇ!! なんじゃこりゃ!!」

「ええ! 見たことのない料理ですけど本当においしいです!」


 思い思いにご飯を平らげていく皆。プリシラも大人数の食事が楽しいのか、心なしか表情が明るい。エシェットも「コーイチの作るものは本当に美味いのう!」とご満悦な様子だ。因みに、やはりと言うかこの世界の人たちはお箸を使わないらしく、皆スプーンやフォークで食べている。プリシラは僕のマネがしたいのか最近は挑戦しているが、中々うまくいかないらしい。今度子供の練習用箸でも買っておこう。


「さて……」


 食事がそこそこ落ち着いたころ、僕は切り出した。


「聞きたいことがあるって言ってましたけど、何かあったんですか?」


 ヴェテルさんはまだご飯に夢中だったが、タバサさんは居住まいを正して答えてくれた。実は勇者と言えど、それは公国付きの冒険者であり、能力、実績などが伴えばそれと抜粋されるらしい。そして今回王より受けた依頼はエンシェントドラゴン討伐。つまりエシェットの退治に来たという事だった。


「……ほう。」


 目がギラリと光るエシェットをテーブルの下で膝をポンポンしながら宥めて話の続きを聞くことにした。


「ですが妙なんです。エンシェントドラゴンは確かにかつて国一つを滅ぼしましたが、それは調べによるとその国が討伐依頼を出して急襲したことから始まるんです。それならば大義はエンシェントドラゴン側にあります。」

「それはそうでしょうね。いきなり身に覚えのない事で責められたら誰だって怒りますよ。」


 エシェットはうんうん頷きながらスプーンを咥えている。


「今回も討伐依頼が出されて来てみましたが……」

「……ああ、陛下が言うところの“この近辺で暴れまわっているエンシェントドラゴンの討伐”って言うのがまずおかしいのさ。」


 ホモ、もとい、サミュエルが真面目な顔で付け加えた。


「ここまでの道中、そんな形跡はどこにも無かった。狩りとみられる痕跡はあったが、それは生存本能によるもので人に危害は加えられていない。」

「そうなんです。この依頼自体がおかしい気がしてまして……。」

「それによぉ、なんか王様変じゃなかったか? あんなに強情っつーか目が血走ったあの人見たのなんて初めてだぜ? 普段は虫も殺せないようなヤツなのに。」

「……目が血走って、じゃと?」


 エシェットが何かに勘付いたのか聞き返した。


「ああ、やたらめったらエンシェントドラゴンの悪口を言い出したかと思えば急に討伐しろ! だもんな。」

「魔竜に乗っ取られておるな。」

「え?」


 ため息交じりにエシェットが言う。

 何でも、かつてエンシェントドラゴンに喧嘩を売ってきた竜族が居たらしい。それらは魔竜と呼ばれ、体は小さいながら膨大な魔力を持ち、魔物の覇権を得んと他の竜族相手に攻め込んだ。一番最初に目を付けられたのはエンシェントドラゴンとは言え竜としてはまだ若い方のエシェット。しかし結果は魔竜の惨敗。魔竜の一族は散り散りになり、姿を隠しながら生きているようだ。

 魔竜というのはその一体一体はそれほどの強さではない。しかし彼らには人に憑依したり精神を乱すような特異な力があった。つまり、エンシェントドラゴンに滅ぼされたあの国は、魔竜によって引き起こされた悲劇という事だ。


「大方、勇者などという存在を知り、それならば奴らに倒させようと謀ったのだろうな。まったく懲りん奴らじゃ。」

「へ~! まだ子供なのに随分お勉強したのね! 私も知らない話まで知ってるなんて! コーイチさんの妹さんは将来学者様になるのかしら?」


 いつの間にかエシェットさんは僕の妹だという事になっていたらしい。


「ふん、手っ取り早い機会じゃ。お主ら、我のステータスを見ても良いぞ。」


 え、ステータスって勝手に見ちゃいけない物だったの?! あ、危ね……タバサさんたちが来た時に見ようとしたのをホモのせいでタイミング逃しちゃったのが幸いした。凄く遺憾だけどサミュエルに感謝だ。


「いいの? ありがとう~…………」


 タバサさんが固まる。そりゃそうだろう。目の前の少女がエンシェントドラゴンとは思えまい。そしてそのステータスの高さを見て実力差を痛感したのか青ざめる三人。だよね、無理だよねこんなの。今こうして一緒に食事してるのも奇跡だよ。本当なら消し炭だもの。


「どれ、コーイチ。我はこやつ等の国に用が出来た。お主も共に来い。この世界に慣れる良い機会じゃ。」

「そっか、ついにこの時が……」


 異世界の街……インドアに徹したかったけど、色んな遺跡とかを見てきてちょっと興味が出てきちゃってたんだよね。


「この世界に、って……」


 僕のステータスを見て、再度驚く三人。うん、低すぎるからね。それとこんな設備を見たんだから隠しても無駄だろうと、僕の生い立ちも運転しながら聞かせた。お約束と言うか、家が走り出したことにも驚愕していたけどそこは慣れてもらおう。

 こうして、僕は異世界に来て初めて、人の街へと向かうのだった。思えばこれが平穏な僕とプリシラの生活が狂っていくきっかけだったのだが、その時の僕は知る由もない。

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