第3話 良い子の味方!しまむら!

 プリシラとの生活を始めてもう一月が経った。最初は見たこともない器具が揃ったキャンピングカーに興味津々だったが、今では慣れたのか電子レンジまで器用に使いこなしている。最後部にベッドは大きめの物が一つしか無かったので一緒に寝ているが、何とも自分の子供ができたみたいでちょっとほっこりする。

 しかしあれは初めの夜の事…


「わたし、はじめて。でも、がんばる。」


 と、あろうことか下の処理を始めようとしたので慌てて止めた。しかし悲しいかなプリシラの方がステータスが高く、振りほどこうにも力の差は歴然……。ズボンに手がかかった時、童貞の僕には余裕があるはずもなく、


「ちょ、ちょいと待たれよ!」


 どこの侍だよ。可笑しな言葉遣いになりつつ必死に逃げ延びたのだ。我ながらスマートさに欠けて情けない。

 しかし僕は小児性愛者ではない。こんな小さな子にそんなことをさせるつもりなんて毛頭ないんだ。何とか言い含めて、服を着てもらった。

 でもそこで気が付いたんだ。プリシラが下着も付けずに着ているこの汚れた布切れ……すごく臭う! 定期的に洗っては居たようだけど、多分着古されたやつなのかかなり嫌な臭いがする。


「……プリシラ、ステイ!」

「??」


 首を傾げてちょこんと座るプリシラ。明日にしようかなとかその時は思っていたけど、早急に彼女の衣服を揃える必要があった。

 だから僕のスキルでショッピング開始だ。ひとまず服を脱がせてバスタオルで包み、膝に座らせる。出来るかどうか心配だったけど、どうやらショッピング画面は可視化できるようだ。


「さ、この中から好きなのを選んで。」


 色とりどりの服が並ぶ画面を見て、目を輝かせるプリシラ。

 やっぱり女の子だもんな……本当ならこういうの好きに決まってる。ページをスクロールしながら色々見て回っていると、ある一か所に目が留まった。


「……これが良いの?」


 彼女は答えなかったが、ジッとそれだけを見つめる彼女の様子を見れば分かる。そこにあるのはまるで天使のような真っ白なワンピースだった。


「……これ、みたいなの、むかし、きてた。」


 ほろりと涙が頬を伝う。

 きっとまだ両親が存命の頃の話だろう。ひょっとしたら思い出が蘇ったのかもしれない。それを見たら僕は迷わず購入ボタンを押していた。目の前に急にポンっと出てきたワンピースに驚いた様子だったが、それを手に取ると抱きしめてまた泣き出してしまった。

 やめてくれよ……もらい泣きするじゃないか。

 僕は彼女の頭を撫でながら、泣き止むのを待った。しばらくして泣きつかれたのかそのまま眠りについた彼女に布団をかけると、僕も横になる。ちょっとジジ臭い言い方だけど、この子は若いのにどれだけの苦労を背負ったのだろう。彼女を奴隷として見ていないけど、形式上は僕が主人だ。だからこれから幸せな人生をプレゼントしてあげられたらな……。


「よし!そうと決まれば、」


 ショッピングだ!

 と言っても僕に女の子が好みそうな服なんて見当もつかない。バイト先に居た子供たちがどんな服着てたかな~と思い返しながらページを捲っていった。


「お! これは……!」


 良い子の味方! しまむら!

 機能性のあるユニクロも良いけど、何と言っても遠慮が生まれにくい価格設定が魅力だ! 特に子供服の品ぞろえも良く、パジャマなんかも可愛らしいのが揃っている!


「下着はよくわかんないから3枚一組のやつを買っておくか。気に入らなかったら今度選ばせてあげよう。」


 変態じみた独り言をつぶやきながら、僕のショッピングは続いていく。

 とりあえず揃えたのは動きやすいTシャツとスパッツ、スカート、それと靴下やスニーカーなど、必要かなと思われるものを片っ端から購入した。自分のためだったら馬鹿みたいに悩むのに、こういう時の決断は早い。


「明日の朝、プリシラが喜ぶ顔が見れるかな~。」


 そんなこんなで、今では自分の服よりもプリシラの服の方が多くなっているのが現状だ。因みに今日のプリシラは紺のプリーツスカートに薄桃色のTシャツ、薄手の白パーカーといった出で立ちだ。我ながらなかなかいいセンスをしていると思う。あの首輪さえなければトップアイドルになれると言うのは親馬鹿だろうか。


「ごしゅじん、さま、きょう、は?」

「ん~……特にすることもないんだよな……。ちょっとドライブでもしてみる?」

「どらいぶ、なに?」


 そうか! キャンピングカーを買ったのはいいものの、まだこの子が走っているところをプリシラは見ていない。

 どれ、とエンジンをかけ、ギアを動かす。プリシラは音に少し驚いた様子だけど、家だと思っていた建物が動き出し、やがて馬よりも速く進んでいくのを見て目をキラキラさせていた。プリシラのこういう表情は大好きだ。普段はほとんど表情を変えないが、こうしていると他の子たちと何の変りもないただのプリシラだから。

 街道を走ってしまうと誰かに見つかる危険もあるので僕らは平原をひたすら進んだ。川のそばまで来ればちょっと小休止にプリシラを遊ばせ、また出発しては面白そうなところを見つけてちょっと見学。なんだか古代遺跡みたいな石造りの建物やら、なんて書いてあるか分からないがドクロマークの立て札がある廃墟など。なるほど、森に居ただけだとつまらなかったけど……こういう旅はいいかもしれない。それも偏にプリシラが居てくれるのも大きいけど。


「ごしゅじんさま、とまる!」

「え?!」


 プリシラが辺りをキョロキョロ見回したかと思うと、突然大きな声を出した。普段そんなに大声をあげない彼女に驚いて、僕は車を急停車させた。


「どうかしたの?」

「……ここ、だめ。」

「だめって何が?」


 聞くが早いか、突然辺りを霧が包みだした。今までどれくらい走っていたか、良く晴れた平原を走っていたはずなのだが急に数メートル前も見えないくらいの濃霧で立ち往生してしまった。


「な、なんだこれ?!」

「ここ、りゅうのすみか! りゅう、くる!」


 りゅうのすみか……って竜の住処ってこと?! マジかよ!!

 僕はギアを動かして思いっきりバックして方向転換を試みたが、時すでに遅し。車体が揺れるほどの轟音が鳴り響き、それが声だと気付いた時にはフロントガラスの目の前に体長40~50メートルほどと思われる巨体が立ちふさがっていた。


 =======

 種族名:エンシェントドラゴン

 LEVEL:10670

 HP:5881002/5881002

 MP:738510/738510

 ATK:2700

 DEF:2140

 AGI:1961

 INT:2480

 MND:2111

 LUK:89

 ======


 終わった……。こんなん一瞬で消し炭じゃないか。

 しかし妙だ。このドラゴン、さっきから車の匂いを嗅いだり爪先でツンツン突いたりしてくるだけでお約束のブレス的なものをしてこない。

 ひょっとして見慣れないものに興味を示してるのか? 確かプリシラが初めて冷蔵庫やら電子レンジを見た時も、こうして恐る恐る突っついていたような……。

 ならちょっと試してみるか。


「あ、あの~……すみません、どうかなさいましたか?」


 窓を開けて首だけ出し、そう語りかける。ドラゴンは心なしかビクッとなりながらこちらを向くと、咳払いするように居住まいをただした。……なんだか人間臭い仕草だな。


「人の子よ、コレは何じゃ?」


 落ち着いた声を努めているが、やっぱり興味をそそられていたようだ。


「これは車っていう物です。正確にはキャンピングカーと言って、家にもなる優れものですよ。」

「……ほう。確かに馬車とは違うようじゃな。引いている馬も見当たらん。」


 そう言いながら車の周りをぐるぐる回りながら観察しているドラゴン。敵意が無いのは分かるけど、あのステータスを見た後だと生きた心地がしない。


「面妖な……。我の地に乗り込んできて何が目的じゃ。」

「いやその、この世界に来て色々見て回ってたら調子に乗って辿り着いちゃって……ホントすみません。」

「ほう、お主は異世界転移者か! であれば納得じゃな。彼奴らはいつも変わった物や考え方を見せてきたものじゃ。」


 ちょっと待て、その言い方だと……


「ひょっとして他の転移者とも会ったことが?」

「無論じゃ。しかし最後に会ったのはもう何年も前のこと。きっと今はもうこの世におらんぞ。」

「元の世界に帰ったんですか?」

「阿呆、そうひょいひょい帰れるわけがなかろう。……あくまで風の噂じゃが亡くなったと聞いておる。まあ彼奴は年中魔族とドンパチやっておったからな。」


 年中ドンパチって、かなり好戦的な人だったのかな? てかやっぱり異世界とは言え人の世だからそりゃ争いはあるよね。それよりも魔族か……個人的にはそっちも気になる。ゲームとかだと敵だけど、このドラゴンみたいにいきなり襲ってくるわけじゃない魔物もいるわけだし。と言ってもいきなり襲ってきたら即ゲームオーバーなんだけども。


「ところで……その“きゃんぴんぐかー”とやらの中を見てみたいのじゃが……」

「あ~……」


 やっぱり気になるよね。でも中を見るって言ってもサイズ的に無理がある。


「た、たぶんドラゴンさんにはちょっと狭すぎると思いますけど……。」


 だってこの車より遥かに大きいんだよ? 機嫌を損ねたくは無いけど、無理なものは無理なのだ。


「その点なら心配いらん!」

「へ?」


 そう言うと、ドラゴンはポンっと軽い音を発したかと思えば姿が見えなくなった。え、消えた? 何でこのタイミングで? 僕は思わずキョロキョロと見回してしまった。


「おい、どこを見ておる。下じゃ、下。」

「下って……」


 言われるがままに運転席から身を乗り出すように下を見てみると、年の頃はプリシラと同じくらいの少女が居た。少女は透き通るような白い肌にくせ毛っぽい金のロングヘア―と言った出で立ちで、あろうことか服を着ていなかった。


「ふふん! 四百年を生きた我の妙技、驚いたじゃろう!」


 ぺたんこな胸を張って腕組みしながら威張っているが……。

 僕は黙って車を降りてアイテムボックスから取り出したプリシラに買ってあった服を少女に被せた。まだプリシラも着ていない新品だけどまあ良いだろう。Tシャツを着せたらあとはハーフパンツを履かせてとりあえずは事案になりそうな状況からは脱した。


「うむ、これは着心地が良いのう。中々に気が利く男じゃ。」


 そう言うと、意気揚々と車の中へ入っていった。プリシラは先ほどから怖がって僕の後ろに隠れるだけだったが、ドラゴンの少女があちこちを触りまくるのでハラハラとそれを見ているようだ。そう簡単には壊れないとは思うけどあの能力値だからな。突っつき一つでどうなることか。


「おぉ! なあお主、これは何じゃ?!」

「それは冷蔵庫って言って飲食物を冷やす機械ですよ。」

「なるほど! お~……確かにひんやりするのじゃ! この変な色の水は何じゃ?」

「あ、それはファンタって言って……」


 こうして僕は彼女に質問攻めにされながらその全てに答えていく。すっかりご機嫌のドラゴンはソファーでくつろいだり、走っているところを中から見たいとせがんだり、見た目も相まって子供らしい姿に僕らも毒気が抜かれてしまった。僕らは夕飯を一緒に囲んで、楽しいひと時を過ごしたのだった。


「決めたぞ! 我もお主らと共にここに住むのじゃ!」

「え?!」


 ……キャンピングカーで乗り込んだらドラゴンが仲間になった。

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