第2話 ボーイミーツモンスター
異世界に落ちてから、早くも二週間が過ぎていた。
その頃僕はと言えば、誰とも会わないまま深い森の中で過ごしていた。さっそくスキルでテントを注文し、その他生活に使えそうなものも合わせて片っ端から注文した。ソーラーチャージャー式の電源もあるし、おかげでかなり快適な暮らしをしていたが……僕は酷く悩んでいた。
何と言うか……あまりに暇なんだ。念願のインドア生活とは言え、流石にこれは人としてマズイ。そしてもう一つ、ショッピングサイトを見て回った時に見つけた“大型キャンピングカー”の存在だ。
アレがあれば移動もできるし、シャワー付きバスルームも完備。(小川で水浴びするものの、現代人の僕にはちょっとキツかった)それにキッチンもついていて至れり尽くせり……なのだが、生まれ持って地味かつ貧乏性な僕だ。そんな大きな買い物を自分のためにするという事に中々踏ん切りがつかなかったのだ。
「うぬぬぬぬ~……」
こんな調子で僕は悩み続けた。
少なくとも、この二週間は魔物的な存在とも出くわしていない。しかしこのままテントで生活していれば、僕の貧弱すぎるステータスを考えると安全ではない気がする。落ちてから二日くらいは夜眠るのが怖かったくらいだ。
「……よし、買おう!」
やっとのことで決心した僕は、森の中では車が動かせないのでひとまず森から出ることにしたのだった。
勿論、その道中も警戒心は緩めない。いつどこで魔物と出会うか分からないんだ。アウトドア専門のサイトで購入した迷彩服やトレッキングシューズ、クマ撃退スプレーなど考えうる限りの防備を整えて慎重に歩く。
そして歩くこと二時間ほど、男性のものと思われる悲鳴が響いた。
「な、なんだ?!」
よせばいいのに、こういう時人は往々にして見に行ってしまうものだ。草木を掻き分けて進むとそこにはバラバラになった馬車のような物とお腹のあたりから血を出し倒れている馬、そして悲鳴の主と思われる恰幅の良い男性が横たわっていた。
「うっ…」
死体なんて見るのは初めてだ。吐き気がこみ上げてくる。なんで死体だって分かったかって? ……下半身と上半身が無理矢理引きちぎられたみたいに真っ二つになってたからね。正直言って足の震えがヤバい。
そして視線を挙げた僕が目にしたものは、最も出会いたくないと思っていた、モンスター的なヤツだった。
見た目はどう見ても大きな木なのだが、真っ暗な目があり、枝を手の代わりに動かして地面に穴を掘っている。
「……マ、マジか」
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種族名:トレントキング
LEVEL:89
HP:19560/19560
MP:5630/5630
ATK:145
DEF:950
AGI:88
INT:121
MND:1040
LUK:25
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うん、絶対に勝てない。このまま踵を返して逃げる他ない。
ところが、いざ逃げようとした時、原形のないほど壊れた馬車が微かに動いたのを見た。首にかけた双眼鏡で確認してみると、瓦礫に埋もれた何かがそこから這い出ようとしているみたいだ。幸い、木の魔物はそれに気付いていない。穴を掘って馬や男性の死体をそこに収めようとしている。口が無いから栄養はそうして吸収するのかな?
そんなことを思っていると、瓦礫の下から何かが這い出てきた。そこには……
「女の子?!」
こんな場面であってほしくなかったボーイミーツガール。僕の運の良さどこ行った。
ってそんなこと考えてる場合じゃない! 助けに行かなければあの少女が危ない! だけどどうする……何をどうやっても正面から戦って勝てる要素なんて無さそうだ。相手は木だから火炎放射器でもあれば何とかなりそうだけど、日本のショッピングサイトでそんなもの売っている筈もない。
僕は何かに縋ろうと、ショッピングサイトを立ち上げた。
「何かないか!? 何かあの木を倒せるような物…!!」
チェーンソー……近付く前にぶっ飛ばされて終わり。
高枝切りばさみ……そんな悠長な時間は無い。
高圧洗浄機……こんな時に魔物を綺麗にしてさしあげて何になるんだ……って待てよ?これ使えるかも?
ジャンルをガーデニングに合わせて、目当ての商品を探す。
「あった!これだ!」
僕は急いで準備を済ませると、ようやく少女の存在に気が付いた魔物が標的をかえて襲い掛かろうとする眼前へ躍り出た。急に出てきたことに驚いたのか、一瞬動きを止める魔物。その一瞬が命取りだ!
「食らえ!!
目のあたりを中心に薄めていない原液そのままの除草剤をぶちまける。声を発しないから分かりずらいが、明らかに効いていると見える。苦しそうに枝を体にまとわせて除草剤を拭こうともがいているから相当辛いんだろう。しかも深夜帯のTVショッピングで宣伝している通り、中々の威力で遠くまで噴射できるからこっちは安全。
噴射を続けて除草剤も少なくなったころ、次第に魔物の枝から葉が落ち始め、枝は全て力なく垂れ下がったのを確認して噴射を止めた。流石はカスタマーレビューで☆5評価の除草剤! 効き目バッチリだ!
僕は急いで少女の元に駆け寄ると、そこには小柄で10歳にも満たないと思われる薄汚れた布切れと首輪をした少女が居た。
「これ……そういうプレイとかじゃないよな?」
ってそんな馬鹿な事考えてる場合じゃない! ともかくあの魔物がまた動き出す前にここから運び出さないと!
気を失った少女をどうにか抱えて、僕はひたすら走った。幸い、とも言えないが、非力な僕にも軽々持てるほどに、少女は痩せこけていたのだ。
なんとか森を抜けて、平原まで出た。考えてみればあんな物騒な魔物が居る森で、テント一つで二週間も平穏に過ごしていたのだからこれも運の成せる業だろう。
兎にも角にも、この少女を安静にするために僕はあれだけ悩んでいたキャンピングカーをすぐさま購入し、ベッドへ寝かせる。
少女が目を覚ますのを待つ間にキャンピングカーを色々見て回ったりキッチンでお米を研いだりしているうちに、日はすっかり落ちていた。
「すげぇ…! 水道も問題なく使えるし、冷蔵庫にバスルーム、何も映らないけどテレビやらオーディオやらなんでもござれだ!」
外観は黒い車体に赤いラインが入った小洒落た感じで、全長10mはありロンドンバスようのに二階もある立派なサイズ。全てのオプションを付けたおかげで屋根にはソーラーパネルが設置されており電源環境もバッチリ! それに車体の右側はボタンを押すと屋根がせり出てきて、折り畳みチェアーを出せばそこでくつろげる快適仕様! ガソリンはネットで手に入るから念のためアイテムボックスにいくらか移して、あとは無くなったらその都度かな。
「でも、高価な買い物はこれくらいにしよう。地味な僕にとってはこれ以上は手に余る。それに何と言うか…落ち着かない!」
貧乏性、ここに極まれり。運転席のシートも中々外せない有様。
「あ、あの……」
「お?」
車を見上げて何やら唸っていると、いつの間にか起きていたのか少女が恐る恐る声をかけてきた。良かった、目を覚まさなかったら医者を探さなきゃいけないところだった。
僕はなるべく安心させるように目の前で腰を落として自己紹介を始めた。
少女の名前はプリシラ。幼い時に両親を村に攻め込んできた魔物に殺され、廃墟で細々と生きていた時に奴隷商に買われたらしい。先ほどあの魔物に殺されたあの男が奴隷商で、教育を終わらせてまさにこれから街で売りに出されるところだったそうだ。
にしても奴隷なんて制度があるのか……。
「ご、ごしゅじんさま、わたし、これから、なにすれば、いい、ですか?」
「ご主人様って……僕のこと?」
「はい、あの、しょーにんさん、死んじゃったから、ひろったヒトが、ごしゅじんさま、です。」
「マジか。」
どうやらそういうルールがあるらしい。ステータスを確認すると、確かにそのような表記がされている。
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NAME:プリシラ AGE:8 ♀
種族:ダークエルフ ☆奴隷『所持者:コーイチ・マダラメ』
LEVEL:3
HP:172/172
MP:190/190
ATK:13
DEF:9
AGI:9
INT:97
MND:88
LUK:4
skill:『採取』『精霊魔法(風)』
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ふんふんなるほど、これがエルフ族か……ってエルフ?! マジで?! てかレベル3なのに強っ!! 僕の無能っぷりが見せつけられるねこれ! 大丈夫だよね? 謀反起こされたらひとたまりもないよ?
「?」
口をあんぐり開けて見つめている僕を不思議に思ったのか、首を傾げてくるプリシラ。確かによく見るとほんのり尖った耳に褐色の肌、銀色の髪は一見して外国人ぽいなとは思ったけど、こんな感じでファンタジーに出会えるとは……。
「ううむ……」
「どうか、しま、したか?」
「あ、いや、ごめん! ちょっと考え事を…」
僕の言葉を遮ったのは、大きなお腹の虫だった。褐色の肌でもしっかり分かるほど真っ赤になりながらお腹をおさえるプリシラ。
そっか、馬鹿だな僕は。彼女の恰好とか痩せた体を見れば空腹なのは一目瞭然じゃないか。
「ちょっと待ってな。」
そう言って車に入ると、僕は冷蔵庫からベーコンとほうれん草、にんにくを取り出した。料理は数少ない僕の趣味でもあり、ここ二週間ほど自分一人の食事だったから一人増えることに少しウキウキしてしまった。
~ほうれん草のソテーって美味しいよね!~
①にんにくは薄くスライス、ほうれん草は5cmくらいに切って、ベーコンはなるべく厚めにカット。
②フライパンにピュアオリーブオイルを大匙一杯たらして、にんにくスライスを入れたら火にかける。
③香りが立ってきたらベーコンを投入!
④両面に焼き色がついたらほうれん草を加えて、少ししんなりしてきたら塩コショウ。
⑤ここがポイント! 鍋肌に醤油をササッと。醤油の香りを全体に回すようにフライパンを二回ほどくるりと返したら……『ほうれん草とベーコン炒め』の完成だ! 後はさっき炊いておいたご飯と、アイテムボックスにしまっておいた昨日の残り物『わかめと豆腐の味噌汁』を添えれば夕食の出来上がり! アイテムボックスは熱い物は熱いまま仕舞っておけるから便利だ!
……おっと、サラダも忘れずに!
「…っ!」
プリシラは涎を拭いながら様子を見ていて、出来上がった料理に目が釘付けのようだ。
僕はスライドテーブルと椅子を出すと、彼女に座るよう促すように座面をポンポンと叩いた。だが彼女は下を向いたまま座らない。
「お、おい、どうした? ひょっとして米とか食えないか?」
プリシラはふるふると首を横に。
「どれい、いっしょ、だめ。ごしゅじんさま、さき。」
どうやら奴隷と主人が一緒に食事をとることは禁じられているようだ。頑なな様子を見ると、よほど厳しい教育を受けたのだろう。しかしだからと言って空腹の彼女を置いて僕だけ食べるなんて出来ない。
「よし、じゃあ僕らだけのルールを決めよう。」
「るーる?」
ならば、ここは僕の経験が少し活きてくる。何を隠そう、僕が元の世界でやっていたアルバイトはいわゆる放課後児童支援員のようなもので、ご家庭の都合で家に帰れなかったりする子供たちを施設で面倒をみる仕事だった。こういう頑なな子はルールとか目標をしっかり示してあげることが解決の糸口になる。
「僕は君と一緒にご飯が食べられないのはすごく悲しい。一人で食べなきゃいけないからね。だから、我が家の新しいルール、“ご飯はみんなで一緒に食べる”!」
「……い、いい、ですか? いっしょ、いい?」
「うん! さ、冷めないうちに食べよ?」
「……~!」
コップに水を注いであげて、先割れスプーンを差し出すと、プリシラは嬉しそうにほほ笑んだ。うんうん、やっぱり子供はこうでなきゃ!
よほどお腹が空いていたのか、掻き込むように食べるプリシラ。そうやって食べてもらえると僕も嬉しくなる。でも、あの首輪……どうにかしてあげられないかな? 意識を失っているときに外そうと思ったけどビクともしなかったんだよな。この先、奴隷について詳しい人が居たらちょっと聞いてみよう。
「……。」
気が付くと、空っぽになったお茶碗を悲しそうに見つめるプリシラの姿があった。あらら、足りなかったか。白飯はまだあるし……そうだ!
「ちょっと待ってな~?」
彼女のお茶碗を取ると、そこにご飯をよそって上から軽くといた生卵を落とす。そしてササッとお醤油を垂らして完成! みんな大好き『卵かけご飯』!
ところが、差し出してみると露骨に嫌そうな顔をされてしまった。
「ど、どうした?」
「ごしゅじんさま、たまご、このまま、だめ。おなか、いたいいたい。」
「あ……」
そ、そうか! 確か外国とかでは卵をそのまま食べる習慣は無いんだった! でもこれは楽天市場で悩みぬいて買った富士直送の大寒卵……! いつもならスーパーで購入する格安の10個198円という卵だったけど、ちょっとした贅沢に買って卵かけご飯にしたら美味かったのなんのって!
是非この味を体験してみてほしい……!!
「この卵は大丈夫! ほら見て!」
試しに僕のご飯で食べるところを見せる。ヤバい……! マジで美味い!! 箸が止まらん!! これぞまさに卵界の……いややめておく。何度も言うけどすんげぇ美味い!!
美味しそうに食べる僕を見て興味がそそられたのか、プリシラも恐る恐るスプーンですくう。そして目を瞑り……意を決してパクっと口に入れた。
「!!!」
その時、歴史が動いた。
ふふふ、そうだろうそうだろう! 一口で虜になったプリシラはすごい速さでそれを平らげてしまった。
結局、念のため炊いておいた3合のご飯はあっという間になくなり、忙しなくも楽しい食事が終わったのだった。
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