運だけの男が平穏を求めて異世界を生き抜くようです。
@aruru-aruru
第1話 運だけの男の運試し
僕は運が良い。いや、それはちょっとよく言い過ぎた。訂正する。
僕は、運
自分の運の良さに初めて気が付いたのはまだ小学生の頃だ。初めてのお遣いってあるでしょ?誰もが通るアレで、近くのスーパーへ行った。一つだけ好きなものを買ってもいいよと言われたから、行く道で熱波にあてられた僕は迷わずガリガリ君を選んだ。食べ終わると、棒に「あたり」の文字が。店員さんに見せると「おめでとう!」と言いながらもう一本を差し出してきた。
その時、僕はただ喜んでそれを頬張った。暑い日差しを浴びて火照った体に、もう一本のガリガリ君は最高に嬉しかったから、頭がき~んとするのを堪えながら齧っていた。食べ終わると、そこにはまた「あたり」の文字。
「あ、あの……これ……」
「え?」
そのあと、僕は店長さんに怒られた。「あたり」がそんなに続くわけがなく、味を占めて仕込んだんだろうと言われた。頼まれた物だけを買って、しょんぼりしながら家に帰ったのを覚えている。でもその時、悲しかったけどこうも思ったんだ。
『僕って運が良いのかな?』って。
僕が生まれたのは7月7日、7時7分7秒77。父が言うには、母は産気づく直前から、
「私は……!! 絶対に……!! 7のゾロ目で産む!!」
と豪語していたそうだ。実際、7月6日には産気づいた模様で、それでも鬼の形相で堪えてその時を待った。分娩室で産婦人科の先生方も、
「もう! もう産んじゃいましょ?! ね?! よく頑張ったから! お母さんはホント頑張ったから!」
「イヤあああああああああ!!! 出すもんかああああああああ!!! まだ出すもんかあああああああ!!!」
狂気の沙汰である。
母は分娩室まで精密に測れる時計を用意して、その時を待ったそうだ。そして迎えた、7月7日、7時7分7秒……僕は何の比喩でなしに、「ポンっ」と出てきたらしい。それを見届けた刹那に時計のボタンを押す父。そこにあった日付は、7月7日、7時7分7秒77。見事にやり遂げたのだった。
そんな逸話のある僕こと班目幸一の出生だが、子供の頃はそんな恩恵に見向きもせず平凡に暮らしていた。勉強も運動も不得意だったけど、地道にコツコツやってきた。別に可愛い幼馴染もいなければ最高の悪友もいない、趣味は家事とかネットサーフィンといった超平凡なインドア人生。そして苦手な勉強も精一杯頑張って、なんとか滑り込むように普通の大学に入り、そこでもまた、僕は地味な生活を送っていた。
そんなある時、ゼミの仲間に言われたんだ。
「お前ほんと運だけは良いよな~!」
「たしかに~、じゃんけんとか負けたとこ見たこと無いしね!」
「ね、ね、覚えてる? 合宿の時さ、班目君、ババ抜き一発であがったよね? あれまじウケたわ~!」
「こないだ麻雀やらせた時も連続でそれやって、雀荘の爺さんに『イカサマする奴は出ていけ!』って怒られてたよな?」
「何それ超ウケるんですけど~!」
人が怒られた話でそんなに笑うなよ……。そう思ったけど、僕が自分の運の良さを再確認したキッカケでもある。だって僕にはそれが普通だと思っていて、ババ抜きとか麻雀なんて一瞬で終わるつまんない遊びだな~くらいにしか思ってなかったから。
これも才能なのかな、なんて思いながら、家に帰った僕はなんとなくテレビをつけた。そこにはあるスポーツ選手が、大会で日本記録を出したとかで大きく取り上げられていた。いつもならチャンネルを変えるか、適当に流し見るくらいだったがその日の僕はちょっと違っていた。
「井上選手! 今後の目標はどんなところでしょうか!?」
「そうですね。自分の才能はまだまだこんなもんじゃないと思っているので、次はもっと良いタイムが出せるように挑戦したいです。競い合ってる仲間たちと切磋琢磨しながら……」
目が離せなかった。僕の人生は地味そのもの。それでも僕は幸せだと思っていた。でも、ひょっとしたら僕もこの選手みたいに挑戦してみれば何かを起こせるんじゃないか。
「……試してみるか。」
僕はバイト代が入ったばかりで少し気が大きくなっていたのかもしれない。給料袋を握り締めて向かったのは場外馬券場……つまり競馬の馬券を買うところだ。そこでとりあえず、最低人気の組み合わせとなる馬券を一口購入。気が大きくなっていたからって、人間性まで大きくなるわけじゃない。だから百円だけ。ただ、僕の才能を知るために。
「う、うそ……。」
スタート直後、選んだ馬以外が全て落馬。そして僕が買った馬券の組み合わせ通りにゴールした。歴代最高額となった配当は29,832,950円。一瞬にして大金を手に入れてしまったのだ。換金した時は震えが止まらず、職員のお姉さんも笑ってた。
しかし、落馬した馬や騎手さんたちに大きなケガはなかったとは言え後味が悪すぎると、競馬はそれ以来やっていない。それでも、僕は“挑戦”に取りつかれたように、ネットで調べたありとあらゆる運試しに奔走した。
……それが、僕の人生を大きく狂わせることとなる。
たとえば宝くじを全種類一口ずつ買えば全て一等、投資をしてみれば買った瞬間売値高騰、うるさいしタバコ臭いから興味がなかったパチンコも、千円札入れただけで閉店まで椅子に座っていなければならない拷問に。
ただ才能を知りたいがために色々なものに挑戦した僕は、数か月で200億以上にものぼる資産を手に入れてしまったのだ。
お金はもちろんあった方が良いと思う。でも、僕は平凡が好きなんだ。銀行の偉い人が高級菓子店のチョコレートを手土産に挨拶に来るけど、僕はクランキーチョコレートが良いんだ。豪邸の購入を勧めてくる不動産会社の社長もいるけど、僕は今住んでる一月5万円のワンルームで十分なんだ。
地味な僕に縁のない筈の人がたくさん寄ってきた。
「……もう最悪だ。」
いくら運が良いからってこれは無いだろう。ハッキリ言って、僕は頭が良くない。だからそんな資産を手に入れたからと言って、何をすれば良いのかもわからない。
挑戦から半年ほどが経った時、僕は挑戦のすべてを辞めた。だって小心者があんな大金どうすれば良いのさ。両親には立派な家と車をプレゼントした。それでもごく一部も使えていない始末。いやホントどうすんのコレ……。
馬鹿なことをしたせいで、地味で幸せな人生が音を立てて崩れたのを感じた。
「うあああああああああああああああああ!!!!」
僕は走った。河原をひたすら走った。家を飛び出し、普通に生きてきた僕に急にのしかかってきた重しを振り払いたくて。
試してみるか、なんてやったのが大きな間違いだ。こんな大それたことをするつもりなんて無かった! だって僕は僕の才能の限界が知りたかっただけなんだから! 勉強をしても、いつだって50点取れれば良い方。スポーツも嫌いではないけど球技なんてやらせたらそれは酷いものだ。でも味わってみたかったんだ。
例えばスポーツが得意な人は、自分のタイムや成功数の限界をいつも突破したくて頑張ってるじゃないか。僕だってそういう挑戦がしてみたいと思った。自分の才能の限界と向き合って、勝負して、失敗して、挑戦したいって。
「ぜぇ……ぜぇ……!」
僕は息を整えるために目を瞑る。すると聞こえてくる、当選を告げる鐘の音。もう聞き飽きた、あの音が。
「おめでとうございま~~す!!!」
「へ?」
目を開けると、僕は雲の上に居た。目の前にはウインドチャイムを片手に微笑む翼の生えた女性。
「あなたはここ天界にて行われた異世界転移を懸けたくじ引きで、64億の候補者の中から選ばれました! いや~! 運が良いですね~!」
え、異世界転移? え、なにこれ。手の込んだドッキリ?
「あ、あれ~? もっと喜ぶと思ってたんですけど……数十年前に当たった人なんて喜びすぎて気絶しちゃったくらいなんですが。もしも~し! 聞こえてますか~? 異世界転移の権利が当たったんですよ~?」
「え、あ、はい! すみません聞いてます!」
僕は目の前にひらひらと手を振られて咄嗟に答えた。すると自らを天使と名乗る女性が、説明を始める。
この世界とは異なる軸でいくつもの異世界があり、時々こうして神の間で移動をさせる遊びが行われる。候補者はランダムに選ばれ、選ばれた者は加護を受けて異世界へと送られるようだ。加護は願ったものを手に入れられるが成功するかはダイスロールで判定され、チャンスは三回まで与えられるとのこと。そして送られる異世界は要するに剣と魔法が織り成すファンタジー世界らしい。
「……加護ってなんでも良いんですか?」
「あらら~? 意外と乗り気です~? 良かった~! テンション低かったからその気がないのかと思っちゃいましたよ~!
はい! 加護は本当に何でもアリです! でも、その加護によってはダイスロールの判定が厳しくなりますからよく考えてくださいね?」
乗り気も何も、僕の望んだ人生はもう終わったんだ。両親には悪いけど、死んだわけじゃないから奔放な二人は許してくれると思う。だって僕の誕生日も夫婦二人の結婚記念日だからとクルーズ旅行に出かけてしまうほど自由人なんだから。それに、家を買ってあげた時、父は言っていた。
「ありがとうな幸一、でも自分の人生だ。あとは自分のために使って、好きなように生きるんだ。それも間違いなくお前の才能なんだから。」
母も、
「もう幸一ったら……母さんいつも言ってるわよね?しっかり地に足付けて生きていれば、私たちは何も望まないって。」
そうだったね。むしろ実家に顔出そうものなら「愛の巣を邪魔するな」と母の舌打ちが待っているのはわかりきっているんだ。因みに、別段両親はお金に困っていない。7にひたすら拘ったところから見てお分かりかもしれないけど、母は生粋のギャンブラー。特にブラックジャックが得意で、外国のカジノを2軒ほど破産させている。父は公務員だけどそんな父曰く、働くのが馬鹿らしくなるほど母は稼いでいたらしい。
「お前を生きろ、幸一。」
ありがとう、父さん。
だから僕は、選ばれた世界で、自分の身の丈に合った人生を送るよ。
頭を切り替え、加護について考える。ダイスロールは僕にとっては何の問題もないと思う。あとは送られる世界でどれだけ人に迷惑をかけず、地味に暮らしていけるかを考えなきゃ。まず、聞くところによると普通にドラゴンとか盗賊もいるらしいからこれまで通りインドアに徹しよう。であれば買い物とか苦労しそうだし……そうだ!
「じゃあまず、向こうでもネットショッピングさせてください! あとお金は元の世界のも使えるように!」
これだろう。あのお金は、本来あってはいけないインチキの産物だ。だからあんな物は僕と一緒に異世界に行ってしまえばいい。銀行の偉い人は悲鳴を上げるかもしれないけど、一時の夢だと思っておいてほしい。
それはさておき、インドア派の強い味方……Amazon! それにZOZOTOWN! 楽天市場! いつもお世話になってるああいう通販サイトが使えるならそれに越したことはない!
「ん~……それで加護二つ分の権利を使っちゃいますけど大丈夫です? しかもダイスロールかな~り厳しくなりますよ?」
「はい、構いません。」
差し出されたダイスロールは数百面ほどあり、成功は一面だけ。これは普通ならかなり絶望的だけど……
「まあ!! 成功ですって~! 流石、異世界転移を手に入れた強運の持ち主ですね~!!
というわけで、まず加護はその二つっと。これであなたは異世界でもネットショッピングが利用できます。他の通信は使えませんので、あくまでもショッピングだけをお楽しみください! 異世界の通貨を手に入れたら、それも自動的に換算して所持金に加えられますので安心してくださいね!」
お金の心配されてるのか……うん、でもそうか。見た目ただの大学生だし、そうなるよね普通。
で、加護は残り一つ。あとはなんだ? インドアに徹するために必要な物……家、はテントでも注文すれば当面は問題ないし……。
あ、移動か! 物を持ち運ぶって時に盗賊にでも襲われたら大変だ! 手荷物を最低限にするためにそれを仕舞える空間的なものを自由にできたら便利かもしれない!
「なるほど、つまりはアイテムボックスですね? これも中々ダイスロールは厳しいですよ~!」
問題ない。さっきよりずっと成功の面が多いし……はい、成功。
「わ~! 凄い凄~い! 三つとも成功した人って初めてですよ~!」
「ど、どうも……。」
「それでは、あなたはこれから異世界に旅立ちますけど……その世界では基本的に人のステータスは可視化されます。強い人は勇者と呼ばれ、賢い人は賢者と、そうでない人たちも懸命に暮らしている世界です。因みに、あなたのステータスはこちらです~。」
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NAME:コーイチ・マダラメ AGE:19 ♂
LEVEL:1
HP:120/120
MP:30/30
ATK:2
DEF:2
AGI:1
INT:2
MND:1
LUK:――(測定不能)
unique skill:『ネットショッピング改』『豪運』
skill:『料理Ⅱ』『洗濯Ⅱ』『掃除Ⅲ』『アイテムボックス』
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「う、うわ~……我ながら運以外は壊滅的だ……ていうか何だよ測定不能って。」
「いやいやいやいや!! LUK値がバグってるのなんて初めて見ましたよ~!! 通りでダイスロールも成功するわけですね~!!」
うん、それは僕もヒいた。
それにしても家事っぽいスキルは持っててよかった……これからインドアに徹する僕にとっては必需品だからね。能力値とか見ると元の世界のが少しは反映されるのかな?
「それでは、コーイチさん! 異世界での生活を楽しんでくださいね! 第2……はちょっと言い過ぎかな。第1と1/2の人生、楽しんじゃいましょう!!」
「はい!」
こうして、僕は異世界に送られた。雲から落ちるように地上へと真っ逆さまに。
こんな送られ方するなら先に言っておいてよ……まさか一番最初に注文するのが下着だとは思わなかった。落ちてく途中に空飛ぶドラゴン的な奴とすれ違ったし、遠目にはお城的な風景が見えたけどほんとそれどころじゃなかった。
ああ情けない……でも、これから地味で平和な人生が送れると、そう信じていた。異世界で
これは、運だけの僕が、平凡なインドア生活を死守すべく奮闘する、異世界冒険譚。
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