第15話 ご先祖様
ついさっきあった出来事を忘れるかのように、家についても普段と変わらない行動をしていた。
晩ご飯を作っているあいだに鈴ちゃんがお風呂に入る。
濡れた髪を拭きながら居間に戻ると、配膳をして晩御飯の開始だ。
ちょっと行儀は悪いけど、テレビを見ながら食べてるのもいつも通り。
歯磨きをして22時頃になると、どちらかが誘うわけでもなく、自然な流れで一緒の布団に潜り込んだ。
顔をあわせにくいのか、鈴ちゃんは背を向けて横になってる。
暖かい体温を感じながら、仰向けになって明かりが消えた傾向とを見つめ、これからのことを考えているけど……分からないことが多すぎて何もまとまらない。
さすがに情報量がね。現代社会を生きてきたからこそ、怪異的な現象に弱いというか、理解が追いつかない。
このまま無かったことにして眠りについて、変わらない日常を過ごしたい誘惑に負けそうになる。
でも、それはダメだ。
今、この時に、鈴ちゃんと向き合わなければ本当の意味で支え合う家族になれない。
普段は機能していない直感に従って、何でも良いから話そうと心に決める。心臓がドキドキ高鳴ってうるさいけど、無視して思い切って話しかけることにした。
「耳と尻尾、かわいかったね」
言葉を口に出してから、激しい後悔に襲われた。
いくら脳裏に強く残ったのが、鈴ちゃんの愛らしい姿だからといって、最初の一言目が「かわいい」はないだろう!
白装束やスライム状の生物、他にも火の玉とか聞くことはあるだろうに!!
俺が鈴ちゃんの立場だったら絶対に軽蔑する。外見を褒めるだけの上っ面の言葉なんて、意味が無い!
具体的なことは何も思い浮かばないけど、もっと適切な言葉はあったはずだ。これだから、女性にモテないんだ……と、猛省していたところで、鈴ちゃんが小刻みに震えていることに気づいた。
「私のこと…………気持ち悪くない?」
いつもよりずっと、弱々しい声だった。
何を恐れているのかすぐに分かった。もう、つむぐ言葉は間違えない。
「なんで? 鈴ちゃんのことを、そんな風に思うわけないよ」
「変な耳や尻尾があるんだよ?」
「魅力的だね。似合ってた」
「火の玉を作ったよ?」
「あれ、すごかったね。僕にも出来るかな」
「雪久おじさんに、色々黙っていた悪い子なんだよ……」
「誰にでも秘密の一つや二つあるもんだし、気にしなくて良いよ」
「もっと……あるかもしれないよ? 言わないかもしれないよ?」
「秘密を打ち明けても良いかなって、信用してもらえるように頑張るだけだよ」
鈴ちゃんの言葉を肯定して全て受け入れる。世間一般的に間違っているかどうかなんて関係ない。僕と鈴ちゃん。未熟な二人には、認め合うことが絶対に必要なんだ。
「なんで……こんな私を、受け入れて……くれるの?」
僕の家族なんだから当たり前じゃないか。
見た目が変わったとか、火の玉をだしたとか、そんな些細なことはどうでも良い。この島にくる前に、その後も何度も覚悟したことだから迷うことはない。
「何があっても鈴ちゃんの気持ちを受け止めるって、決めているからだよ。僕が拒否するなんてことはないから、そこだけは信じて欲しいな」
嘘偽りのない本音だ。
「雪久おじさんッ!!」
突然、鈴ちゃんが反転してこっちを向いたかと思うと、抱きついてきた。
僕のパジャマに顔を押しつけて鳴き声が漏れないようにしている。
体の中から愛情があふれ出てきて、つられるようにして涙が一つ、二つとこぼれ落ちた。これが父性なのだろうか?
「大丈夫、大丈夫だから。僕はずっと一緒にいるよ」
新しく芽生えた感情に軽く戸惑いつつも、背中を優しくポンポンと叩く。
彼女の心が落ち着くまで止めることはない。
時間にして十分ぐらいだろうか? 震えが止まったところで、密着していた体を少しだけ離す。
「少しは落ち着いた?」
「……うん。ありがとう」
目には涙が溜まっていて、少し鼻声だった。
「ちゃんと説明する」
すっと立ち上がると、鈴ちゃんはカーテンを開けた。
月明かりが部屋と鈴ちゃんを照らす。
可愛らしい耳と尻尾が生えていた。空気が澄んだように感じる。
「最初にたどり着いたご先祖様の中に、人ではない存在がいたみたい。お母さんと私はその血を引いている」
ふと、庭にあった朱い鳥居を思い出した。
あれは直系のご先祖様を祭ったものではないのだろうか。
稲荷伏見神社を思い出しただけの単純な発想だけど……。
「ずっと秘密にしてたことだから、お父さんは知らないと思う。ご先祖様の言いつけだったみたい」
同性愛者だとカミングアウトするのは、勇気がいる行為だ。それが「人ではありません」になったら、どれほどの勇気と、混乱が生まれるのだろうか。
愛しているからといった理由だけで伝えられるほど、簡単なことではない。
拒絶されることもありえるし、迫害される可能性もある。逆に愛した相手だからこそ、恐怖が勝ってしまい言えないかもしれない。
ご先祖様が言うなと代々伝えてきたのであれば、僕が想像できるようなことは過去にあったのではないだろうか。だからこそ、みんな忠告を受け入れて守ってきたのだと予想した。
追い詰められるまで隠していた気持ちが分かった気がする。
「火の玉もね、この姿になると使える。お母さんはもっと色々なことができたけど、教えてもらう前に……」
事故で亡くなってしまった、か。
生きていれば様々な技術を教わっていたのだろうか。
暗い表情を浮かべていたけど、すぐに薄っすらとした笑みに変わる。
どこか無理しているようにも見えた。
「アイツらのことは、よくわからない。ある日突然、この島に出てきた化け物、怪異、妖怪、そんな存在。これも詳しいことは教えてもらえなかった」
これも時間が足りなかったのか……。
でも、いつ出てきたのか、これだけは簡単に想像がつく。
神隠しと関係があるのだろう。
僕や宮子姉さんが想像していたような人が原因となった事件という考えは間違え。この島の多くの人が信じている
ように怪異が原因だったとしたら? 本当にご先祖様の力で解決したとしたら?
見え方が大きく変わってくる。
鈴ちゃんの祖父か曽祖父が事件解決に関わっている可能性は高いし、だからこそ生き残ったヤツらが狙っていそうだ。
警察に頼るにしても何て説明すればいいのか分からない。仮に理解ある人と出会えても、観光地として細々と収入を得ている島民に反対されるは間違いない。
襲われた事実を口にするだけで煙たがれるかも知れないから、相談だって人を選ぶべきだろう。
嫌われ者や腫れ物になってしまえば、何の後ろ盾もない僕らにとって、ここは安住の地ではなくなる。
今は、引っ越す決断は出来ない。
出来るだけ僕たちだけで解決しよう。
「質問があるんだ。アイツらは倒せるの?」
――殺せるのか。
それが問題だ。和解なんてことを絶対に望んではいけない。
僕から見れば鈴ちゃんは人の範囲だ。
でも、白装束やスライム状の生物は違う。根本的な部分が違うのだ。
祖先が違う。相容れない。異物として忌諱するべき存在。
二度の邂逅で感じたことだった。
「あのグニグニしたのは、私の火の玉で倒した。でも――」
「白装束のアイツはダメだった?」
「うん。当たる前に消えて逃げちゃった」
「そうだったんだ」
アイツをあの場で倒せなかったのは残念だけど、逃げる選択をするほど脅威を感じてくれたのであれば、それは朗報でもある。
当たりさえすれば、殺せる可能性があるからだ。
「また襲われるのか。常に受身は辛いね。こちらからも攻撃を仕掛けることが出来ればいいんだけど、せめて住処が分かれば……」
「もしかしたら、わかるかも」
「え?」
「大きくなってから読むようにって、お母さんに言われた本がある」
窓際から羽が生えたように飛ぶと、僕の頭を飛び越えてドアの前に着地する。
軽い足取りで部屋から出て行ってしまった。
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