第13話 歴史博物館-2

 宮子さん、いや……宮子姉さんに頭をなでられ続けている。


 子犬をかわいがるような雰囲気を出しているので、恋愛感情は一切ないだろう。僕はこの状況を受け入れると決めたので、無駄な抵抗しない。


 後で乱れた髪を直さないとなぁと考えていると、唐突に手が離れる。

 笑顔を見れば質問しなくても分かるけど、礼儀として聞いてみた。


「満足しましたか?」


「もう、最ッ高よ!!」


「それは良かった……けど、そろそろ話のほうをしてもらえませんか……?」


「話? なんだっけ?」


 あごに指を当てること数秒。

 思い出してくれたのか眉毛が、わずかに上がった。

 この人、演技ではなく、本当に忘れていたみたいだ。欲望に忠実すぎるし、人として大丈夫なのか心配になる。


 独身なのも出会いがないからではなく、性格が災いしているのではないだろうか。そんな妄想が脳裏をよぎった。


「……空白の期間を知りたいのよね?」


 せっかく話が元に戻ったんだ。

 脱線しないように、無駄口はたたかずうなずくだけにした。


「そうねぇ。弟君にはちゃんと話しましょうか。実は昔、この島には神隠しがよく起こっていたの」


「神、隠し、ですか……」


「そう、人が急にいなくなってしまって、二度と帰ってこない。もちろん死体だって見つからないわ。移住した頃は数年に一度といった感じだったらしいのだけど、1900年に入ると、急に頻度が上がったと記録が残っているわ」


「……どのぐらいですか?」


「一ヶ月に一度よ。それも多いときには一気に十人も消えたこともあるらしいの。夜は出歩かないようになどといった自衛はしたみたいだけど、結局無駄だった。昼間に起こった大量失踪事件で、いよいよ、どうにもならなくなったらしいわ」


 ゴクリと、無意識のうちに唾を飲み込んでしまった。


 何十万人が住んでいる都心の話ではない。数百人程度の場所で発生した事件だ。一年にして人口の数%が消えたと考えると、なんとも恐ろしい。


 田舎の閉ざされた世界だ。見知らぬ誰かではなく、知人・友人が立て続けに消えていき、次は自分の番かもしれない状況。当時、生きていた人たちの気持ちを想像して頭がクラクラしてきた。


 普通の精神をしていたら、その恐怖に耐えられない。

 僕なら絶対に逃げ出していた。


「インターネットどころか電話すら珍しい時代だったし、今とは常識は違うの。だから、彼らは神に頼ろうとした。でも、この島に土着の神は存在しない。だから生み出したのよ」


「…………守り神様」


「あ、知ってたのね? 勉強熱心で偉いわ。そう、初めてこの島に移り住んだ祖先を神として祭り上げたのよ。元から偉人として崇められていた存在だから、神というラベルがついただけで、特に大きな混乱はなかったみたい。唯一、大きな変化があったとしたら、墓地が豪華な建物になったぐらいかしらね」


 急に鼻の頭が接触するほど近づいてきた。

 甘い香りがして思考が鈍くなる。今度は別の意味で頭がクラクラする。


「でも、効果はてきめんで、神隠しはピタリと止まったみたい。それで、直系の子孫は今でも丁重に扱われている。ねぇ、この事実、どう思う?」


「どういう、ことですか?」


 宮子姉さん声が小さくなり、トーンが下がる。


「誘拐犯が誰かってことよ。あなたも島の外から来たんだし、幽霊や神が存在するなんて思ってもないでしょ?」


 あなたもって、もしかして宮子姉さんも生まれはこの島ではない? だから守り神様のことは信じていないし、神隠しを人が関わる誘拐事件だと判断しているってことなのか?


 ということは、この島に生まれた人たちは信仰深いのかな?

 もしそうなら、この場に僕ら以外は誰もいないとはいえ、確かに大声で話すことではないのは確かだ。


 守り神は存在しない。神隠しは普通の誘拐事件だと言い切ってしまえば、運が良くて村八分だろう。閉鎖された環境化では、長いものには巻かれるのが賢い生き方だ。


 でも、僕には全くなじみのない感覚でもある。この島に移り住んだというのに、鈴ちゃんの保護者だというのに、この話をもっと知りたいと思ってしまった。好奇心と少しの恐怖、それが僕の気持ちを後押しする。


「常識で考えれば、そうなりますね」


 砂漠で歩き疲れて喉が乾き水を求めるかのように、少しでも多い情報を手に入れたかった。それもこの島の思想に染まっていないものだ。


 だから、仲間だと思われるように意見を肯定した。


「そうよね。同じ考えで、姉さんは嬉しいわ。」


 いきなり抱きしめられた。興奮より前に驚きがあって、柔らかい感触を楽しむ余裕はなかった。


「また、お話しましょ。それと、海にある大岩には立ち寄らない方が良いわ。狙われてしまうわよ」


 また耳元でささやかれてから、身体が離れる。


 女性に慣れていないので気の利いた反応なんてできない。


 棒立ちのまま、何事もなかったかのように鈴ちゃんの方に歩いて行く、宮子姉さんを見送ることしかできなかった。


◆◆◆


 一人残され、手持ち無沙汰になった僕は、歴史博物館を出ると裏手に回る。眼下には海が広がっていて、遠目に黒い岩が見えた。


 歴史を感じさせるほど風化して、色あせた木製のベンチに座る。海を見たくなかったので下を向いたままだ。


 屋根がちょうど影になってくれて涼しい。


「神隠しかぁ。そんな大事件がこの島で起こっていたなんて信じられないなぁ……」


 この島には兄さんと遊ぶために何回もきていたけど、みんな親切で優しかった。ノンビリとした人が多くて、心が癒やされたことも少なくない。


 でも歴史を調べてみれば、いろいろな犠牲の上に成り立っていたことが分かる。


 普通、神隠しと言えば事故か犯罪であり、文字通りの意味で捉える人はいないだろう。


 でも僕は、白装束の存在に出会った。脳裏にもしかしたら、本当に神のような存在に隠されてしまったのかもしれないと、どうしても考えてしまう。


 荒唐無稽で科学を否定するような思考だけど、思い出すだけで悪寒が走ってしまい、完全に否定することは出来なかった。


 今ここでまた出会ってしまうのではないか、そんな風に思ってしまう。それほど強烈な体験だったし、数年程度じゃ忘れられないだろうことは簡単に予想できる。


「えッ…………」


 地面から視線を外したら、僕の近くに老人が立っていた。


 腰は曲がっていて常に頭を下げているようだ。杖をついてようやく歩ける様に見えるほど、老いが彼の命を蝕んでいるのが外から見ても分かる。もうすぐ死神の鎌が首を落としてしまうだろう。


 全身から死臭をまき散らしているので、怖くなった僕は距離を取ろうと思って立ち上がった。


「お前も神隠しのことを調べているのか?」


 見た目からは想像できないほど、力強い声だった。

 思わず足が止まってしまう。


「……」


 なんと返せば良いか分からず、言葉が出てこない。

 心音が高まり、耳障りだ。


「消えたヤツは皆、帰ってこなかった。ワシの祖父もそうじゃった。ある日突然消えて、戻ってこない。それだけじゃ。分かったなら帰るが良い」


 睨みつけられてられてから、老人はゆっくりと離れていく。


 呼び止めようとして無意識のうちにて手を伸ばしたけど空を切った。引き留めるような言葉はでない。結局、見送ることしか出来なかった。


「それだけじゃ、って……それって、何かあると言っているようなものじゃ……」


 宿題のついでに気分転換が出来ればと思ってきたけど、ますます不安と疑惑は膨れ上がっていき、心は安まらない。


 僕の目はなぜか黒い岩を見つめたまま視線を外すことが出来なかった。

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