第12話 歴史博物館-1
翌日からは、ごく一般的な日常を過ごすことになった。
朝ご飯を作って鈴ちゃんを見送ってから、仕事に取りかかる。
お昼過ぎに学校から帰ってくると、僕の隣で宿題をする。夕方になれば一緒に晩ご飯を作るといった流れ。
外に出ることはほとんどないから、白装束の存在に出会うこともない。平和な日々が続いている。
変化のないような生活かもしれないけど、実はそんななことはなくて、些細なことであればいくつもある。正式に僕と鈴ちゃんが同じ部屋で寝ることになったのも、その一つだ。
布団を二つ並べて手をつないで横になる。ちょっと前までは考えられないような生活をしていた。なんだか、子供の頃に戻ったみたいだと感じてしまう。
さて、そんな僕らにようやく休日が訪れた。
何をするか色々と悩んでいたけど、結局は、この島にある唯一の小さな歴史博物館にお邪魔すると決めた。
鈴ちゃんの「この島の成り立ちを調べる」という宿題に付き合うためだ。
麦わら帽子と白いワンピースを身につけ、肩からピンク色のショルダーバッグをかけていて、中には鉛筆や宿題の用紙等が詰め込まれている。靴はお気に入りの黒い子供用のパンプスをはいていて、隙はない。準備は万端だ。
僕はハーフパンツにアロハ柄のTシャツといったラフな格好だから、一緒に歩くとアンバランスかな? と、思ったけど、鈴ちゃんからは合格点をもらったので気にしないことにした。
手をつないで歩き出し、すでに顔なじみになった人たちと挨拶をしながら進んでいくと、周囲に建物がなくなっていく。
小さな丘の麓についたころには、短い草が生えているだけの殺風景な場所になっていた。
見上げると、小さな建物がある。木造の一軒家が多いのにコンクリートで作られた近代的なデザインなので、誰が見ても浮いていると思ってしまうだろう。
ここ数年、長くても十数年の内に建設されたのではないかと感じた。
◆◆◆
坂を登り切って歴史博物館の前に着いた。ここから島全体が見渡せるようになっていて、僕の家や小中一貫の学校、港、海水浴をした砂浜といったところまで様子がうかがえる。
その中には鈴ちゃんがダメといった大きな岩もあった。影になっているのか、それとも周辺が浅瀬なのか、あそこを中心に周囲が黒くなっているように見える。
気になる点は、それだけではない。上から見てはじめて気づいたんだけど、頂上部分は平たくなっていてた。
学校の校庭ほどの大きさだで、端に削り出した不格好な階段があるような気がするけど……遠すぎて、ここからじゃよく分からない。
好奇心がムクムクと湧き出てくるけど、警告されたときの表情が気になってしまい、一人で行こうという気は起きない。
「どうしたの?」
「ううん。何でもない。さ、行こうか」
鈴ちゃんの声で、今日やることを思い出した。
自動ドアが開き、中に入る。
入り口から最奥まで見えるほど展示エリアは小さく、農具や刀といった道具から書物、宝飾品などが並べられている。ワンフロアで完結しているので、目の前にある物が全てなのだろう。
僕ら以外に人は居ないのでゆっくり調べられるけど、そもそも展示物の量が少ないので、すぐに終わってしまいそうだ。
入館料は取っていないとのことなので、そのまま中に入る。
特に見たい物はないので、手前にある展示で足を止めた。
「宿題してくる。待ってて」
「分からないことがあれば質問してね」
「うん」
勉強熱心な鈴ちゃんは、一人で奥に進むと、展示物を眺めては宿題の用紙に色々と書き込んでいる。
しばらく時間がかかりそうだなと思ったので、さっきから気になっていた年表を見ることにした。
ガラス越しに置かれた原本と思われる書物は、ページが開かれた状態で飾られている。ボロボロで黄ばんでいて見るからに古そうだ。漢字ばかりだし、なにより達筆すぎて何が書いてあるのか読み取れない。
古文の成績が悪かった僕は、解読はさっさと諦めて、隣にある解説の文章を見ることにした。
「へー、もっと昔から人が住んでいると思ってた」
どうやら、この島には1700年頃に初めて人が上陸したようだ。すると、江戸時代中期ぐらいに描かれた書物なのかな。同じ日本語でも300年経てば、別の言語のように見えてしまうのは面白い。
飢饉で逃げ出した村民とも、島流しの罪人とも言われているらしいけど、そこら辺はハッキリしていないみたい。分かっていることとしては、30人前後の人が一斉に移り住んだことだけ。
原文にはその当時のことが書かれているそうで、以降の出来事については、他の書物をまとめたものがあった。
新しく移り住んだ場所がどのようなところなのか、興味を強く惹きつけられ、身を乗り出して解説文を読み進めていく。
その後も断続して移り住む人が来ていたけど、1900年頃にピタリと止まってしまい、1980年以降から観光地として姿を変えていくことになったらしい。
戦後になるまで人が住んでいることすら知られていない秘境扱いされてそうだから、当時はまだ知る人ぞ知る場所だったのは容易に想像がつく。
僕が乗ってきた定期船だって8年前にようやく作られたそうで、それまでは漁船でやりくりしていたみたいだから驚きだ。未開の地扱いされても文句は言えないほど、不便で、文明から切り離された場所だったみたい。
移住したいなんて奇特な人は居なかったはずだ。先祖代々、この島で生まれて死ぬ。新しい血はほとんど取り入れていなかったのだろう。
「すごく真剣に見ているようだけど、何か気になることでもあった?」
「――ッ!!」
誰も居ないと思って油断しきっていたので、声をかけられて心臓が飛び跳ねるほど驚いた。
ガラス越しに映し出された顔を覗き見る。隣人の豊島宮子さんだと分かって安心したけど、心臓は落ち着かないままだ。
「この島の歴史は興味深いことばかりですね。個人的には、空白の80年間が気になりました」
冷静を装いつつ振り返る。
宮子さんは制服と思われるグレーのスーツを着て微笑んでいた。
左胸には、デフォルメされた銛のワッペンがあり、この前挨拶したときに感じたズボラな印象は一切ない。デキるお姉さんって雰囲気が出ている。
「80年? ……入植者がこなくなって、観光地になるまでの期間のことね。確かに、この時期は年表だと何もなかったことになっているわ」
「何もなかったこと……?」
「気になる?」
宮子さんの言い方からすると、何かはあったんだろう。それこそ、年表には載せられない何かが。脳裏に白装束の存在がチラついて、蓋をしていた恐怖心が染み出てくる。
けど、今回は恐怖心より好奇心が上回った。
隠された物語を知る機会なんてめったにこないからね。
「はい」
興奮しているのを隠すために、意識して声を低くして答えた。
僕の返事に満足したのか、宮子さんの口元が僅かに上がる。
「そうねぇ、教えてあげても良いんだけど条件があるわ」
「条件、ですか?」
無条件でないということで反射的に身構えてしまった。
この話は仕事の範疇ではないということか? 求めてくるものなんだろう。お金か? それとも、あのおっさんの様に鈴ちゃんを狙っているのか?
思い返してみれば宮子さんは親しげに話していたけど、鈴ちゃんはやや警戒している用に見えた。
可能性としてはありえる。であれば、渡すことは出来ない。彼女は兄さんの忘れ形見であり、守ると決めたのだから。
もし、そんなことを要求してくるのであれば、さっさと帰ろう。付き合い方も考え直さなければいけない。
そんな覚悟をしていると想像すらしていない彼女は、腰に手を当てて自信に満ち溢れた表情で僕に言い放つ。
「宮子姉さんって呼ぶこと!!」
ん? えっと? 聞き間違えか? と、一瞬現実逃避したくなるほど、突拍子のないお願いだった。
次に、なんで呼び方にこだわるんだだろうと、疑問が浮かぶ。
一人っ子だから弟が欲しかったとかかな。ショタコンならまだ分かるけど、今更、こんな大きい弟ができても嬉しくないだろうに。
本当に変わった人だ。東京ならともかく、この狭い島では変人扱いされそうだ。
と、妄想が広がりかけたところで頭を振って中断する。
「えっと、それだけですか?」
宮子さんがどんな性格だろうが、今のところ実害はなさそうだから問題はない。ない、よね?
「そうよ! 大事なことなの!」
肩をつかまれると、ぐっと顔を近づけられた。鼻の頭が接触しそうなほどだ。
呼び方一つで、そこまで真剣になれるなんて一種の才能かもしれない。
「わ、分かりました。宮子……姉さん……」
言ってみて後悔した。宿題をする手を止めて僕のことを見ていたのだ。
かーっと顔が赤くなっていくのを感じる。
「よく出来ました! 私、あなたみたいな弟が欲しかったのよねッ!!」
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