第3話 お通夜が終わって
お通夜が終わり、無事に告別式も終了した。兄さんたちの遺骨は、離島にある唯一のお墓場に埋葬されている。そこは代々、美佳義姉さんの家系が眠っているらしい。
埋葬については少しもめていたみたいで、親戚の一部では母さんが住んでいる東京にという話も出ていたみたい。けど、鈴ちゃんがお墓参りできた方が良いと母さんが言って、現状に落ち着いた。
「しばらく、ここともお別れかぁ」
お葬式が終わると、フェリーに乗るため港に来ていた。会社への事情説明や引っ越しをしなければいけないため、一時的に東京に戻る予定だ。
周囲は南国らしい青い海が広がっていて、カモメの鳴き声が煩いぐらい聞こえる。晴天と言うこともあり、陽射しは強く、日焼けが気になってしまう。日焼け止めを塗っておけば良かったなぁ。
穏やかな風が潮の香りを運んでくるので、鈴ちゃんと一緒に海で遊びたくなるけど、後ろ髪引かれる思いで帰る決断をした。まぁ、これからこの島に住むのであれば、嫌になるほど行くことになるだろうから、焦ることはないかな。
「雪久おじさん……」
僕の前に立つ鈴ちゃんが不安げな顔をして見上げていた。離ればなれになることへの寂しさを感じているのだろう。
「大丈夫。すぐに戻ってくるよ。それまで、母さん……おばあちゃんと一緒に待っててね」
「今日は、一緒にお菓子でも作りましょ」
鈴ちゃんの横に立つ母さんが、安心させようと優しく微笑んだ。
「うん。今度はプリンを作りたい!」
子供とは不思議なもので、もう笑っている。感情の振り幅が大きいのは、人生の経験が浅く刺激になれていないからだろう。感受性が高いといえるかもしれない。子供の特権だ。年を重ねれば感情の揺れ幅は少なくなってしまうので、こうはいかない。
自分のことを振り返ってみるとよく分かる。就職してから笑うことが少なくなったなと感じることが多くなったの。あまり認めたくないけど、もう若くないのかもしれない。
「それじゃ、行ってくるね。なるべく早く戻るようにするから」
「必ず、戻ってきてね!!」
「雪久が早く引っ越せるように、鈴ちゃんの写真を毎日送るわ」
それは楽しみだ。頑張れそうな気がする。
キャリーバッグを引いてフェリーに乗り込むと、鈴ちゃんと母さんが見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
◆◆◆
東京に戻った翌日から出社して挨拶回りを終えると、上長にリモートワークの申請をする。長期の有給を取得した後だから少し気まずいけど、鈴ちゃんと一緒に生活するためだと思えば、そんな気持ちは障害にならない。むしろ、ちょうど良いスパイスになるぐらいだ。
社内ツールから申請に必要な情報をポチポチと入力して、最後に申請ボタンをクリック。このまま問題なく終われば良かったんだけど、予想していたとおり呼び出されてしまった。
どうやら新卒入社したばかり社員が、リモートワークを申請した前例がないのが理由らしい。そんなことで慌てるぐらいなら、勤続年数あたりで制限をかけておけば良いのに。
なんともお粗末な制度だなぁと思うけど、そんな制度に頼らなければいけない僕は、文句を言える立場じゃないんだけどね。
まぁ、そんな事情もあり、四人部屋の会議室で上長と一対一の面談することになった。
「申請は受け取ったけど、改めて話を聞かせてもらえないかな」
そう発言したのは、デキる女と名高い小早川さんだ。
僕より三年早く新卒入社した方で、肩まで伸びたセミロングの黒髪は、サラサラで艶があり、同性すら憧れてしまう髪質らしい。スクエアタイプの黒縁メガネが知的さとファッション性を両立していて、性格も温和。同期で最も人気の高い先輩で、何人か告白して玉砕したという噂を聞いたことがある。
「亡くなった兄の代わりに、兄夫婦の一人娘を育てます。まだ小さい彼女が、今以上の環境変化に耐えられるとは思えないので、リモートワークを申請しました」
「南の離島だったよね?」
「はい。詳細な場所は申請書に記載しています」
小早川さんは僕の目をじっと見つめる。
美人に見つめられるのは苦手だ。なんとなく気持ちを見透かされてしまうように感じるからだ。
いつもならすぐに目線をはずしてしまうんだけど、今回は逃げるようなことはしなかった。
「はぁ……やっぱり本気なんだ」
力を抜いて椅子の背もたれに寄りかかった。
どうやら僕の強い意志がちゃんと伝わったみたいだ。
安堵とともに迷惑をかけてしまうことに、少しだけ罪悪感を覚える。
「すみません」
「謝ることではないですよ」
そう言って、背もたれから離れると、机の上に手を置く。
人差し指を丸めて、やや下がり気味だったメガネを軽く持ち上げ、位置を直す。
「制度の利用は問題ない。事業部長の許可も下りるでしょう。ですが、リモートワークは評価が厳しくなる傾向にあるので、新卒の雪久君は大変な思いをする。それでも申請はするの?」
「はい。そう、約束しましたから」
脳裏に見送ってくれた鈴ちゃんの姿が思い浮かぶ。そして次に出てきた姿は、お通夜での泣き顔だ。あんな良い娘を一人ぼっちにするわけにはいかない。
兄さんの変わりに僕が鈴ちゃんを育てよう。
家族として寄り添い、傷を癒やそう。
それが僕の新しい人生の目標だ。
そして、いつか死んだときに自慢話をしてやるんだ。
優しく気づかいのできる魅力的な娘に育ったぞってね。
そのためのだったら、どんな苦労でも受け入れるつもりだ。
「残念、ランチを食べる相手が一人減っちゃったなぁ」
小早川さんがいつも被っている仕事の仮面が剥がれ、プライベートの、素の顔が出ていた。そのギャップにドキッと胸が高鳴る。
正気に戻るんだ。社内恋愛なんてリスクが多いだけで、リターンはそう多くない。
「声をかけてくる人は沢山いるじゃないですか」
話しながら過去の経験を思い出すと、ようやく気持ちが落ち着いた。
勘違いをするな、惨めな思いをするのは僕だぞ。
「そうだけど、気を使うから意外に面倒なんだよ。その点、源くんは話しやすいから楽だったんだよねー」
ほら、過去によくあったパターンだ。
弟みたいだから話しやすいって、同級生から何度も言われてたっけ。女性とは仲良くなりやすいんだけど、恋人にはならない。いい人どまり。それが僕への評価だ。
友達から見ると、羨ましいポジションに見えるようだけど、そんないいものじゃない。好きな人に全く相手にされないのだから。いつも見送る立場だ。この事実に気づくまでに僕は何度も痛い思いをしてきた。
小早川さんの反応を見る限り、社会に出ても変わりそうにないみたい。
彼女ができる日は、いつ来るのだろうか。もしかしたら一生独身ってパターンもありえるのかな。
「それにしても、子育てに仕事かぁ。パパだ」
「親子より、兄妹って感覚の方が強いですけどね」
「それでも、よく決断した。私個人としては応援してるよ。できることは少ないけど、何かあれば相談に乗るから」
「ありがとうございます」
周りが応援してくれる。一人じゃないんだと思えるだけで、心が軽くなったと感じる。どこか、ムリをしていたというか、不安を感じていたのだろう。
”若過ぎる。君が思うほど、子育ては甘くないぞ”
田川さんの言葉が蘇る。旅行にも行きたいし、恋愛だってしてみたい、夜通しでゲームもしたい、欲しいものだっていっぱいある。でも子育てをするのであれば、それは一旦諦めなければいけない。
僕の時間、お金は一人のものではなく、鈴ちゃんのために使うものだから。
若いお前に、それが我慢できるのか? と、田川さんの言葉が再び蘇る。
その答えは決まっている。
今の僕に迷いはなかった。
「早いけど話は終わり。パパになる前の最期のランチに行きましょうか」
「よろこんで。もしかして奢りですか?」
「そうねー。ま、いっか。今日は私の奢りにしてあげる」
さわやかな笑みを浮かべて、僕の肩を軽く叩いた。
将来への期待と不安を飲み込み、立ち上がる。
小早川さんの後を追って会議室を出た。
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