第5話 表裏

「あれ? どしたの?」

「…………」


 開いた口が塞がらなかった。

 初めての変顔が不発に終わるなんて……。


「な、なんでもないよ」

「あれ? あーちんさっき何かしてた? ねー何してたの? ねーねー」


 僕はすぐにいつものポーカーフェイスに戻して慌てて返答する。

「呼吸だよ(キリッ)」

「それはみんな、いつもやってるよおお!」

「だからこそ、忘れないようにだな——」


 ああ、落ち着く。おかえり僕の真顔。やっぱ楽な表情ってあるんだな。

 東雲がわーわー言っていることをきちんと受け止め(聞き流し)、話を切り出す。


「てか、体調どうだ?」

「全然大丈夫ー! いつも通りだよの可愛いキョウカだよ☆」


「お前、よく幼馴染の前でブリっ子できるな」

「まあ、あーちんの前だし?」


 僕は気を遣って触れなかったが、さっき東雲は虚ろな目をしていた。


 東雲のあんな暗い表情は初めてで、内心驚いていた。

 体調不良にしては重い空気が漂っていたが、何か抱え込んでいるのか?


「何か悩みがあったら聞くぞ、幼馴染トクベツ価格で!」

「幼馴染はお金なんて取りませんっ!」

「ははは」

「もうー」


 気楽で他愛のない会話——。

 こんなことって、当たり前に続くと思っていた。


 でも、もうそんなに長くはないんだよな。

 くそ……何でなんだよ。よりによって、僕が——。


「……-ちん! ……あーちん!」

「…………うん?」


「あーちんどうしたの? 急にぼうっとして」

「ああ、すまん。ちょっと疲れてて……」


「あー! そういえば、あーちんやるじゃん。午前中、人助けしてたんだよね!」

「う、うん。まあ携帯で救急車呼んだだけで……」


 これも本当は見て見ぬふりをするつもりだった。

 実のところ僕がいた証とか。何か爪痕を残したかったのかもしれない。


「まあ、それはそうと昼飯食おうぜ!」

「……教室に忘れてきた」


 部屋を汚したことがバレた飼い犬のように落ち込む東雲。


「大丈夫だって、俺の弁当半分やるよ」

「え? それはあーちんのだから悪いよお」

「いいから!」


 そう言って僕は、弁当の中身を半分ほど、がつがつと口に放り込んだ。


「あふぉふぁ、へんぶ、はふ」

「い、いいの?」

「ふぁびろん!」


 さすがの洞察力をもっている東雲だ。

 『後は全部やる、もちろん』を理解したようだ。

 この際、間接キスになるとかは、もうどうでもよくて。弁当と僕が使った箸を強引に渡した。


 するとベッドの布団にこぼすんじゃないかと思うほど、東雲は手際よく弁当の具材と白ご飯をさささと口に運ぶ。相当、腹減ってたんだな。


「お、おいしいいい!」

「まあまあ……」


 東雲は両頬を膨らませながら、もぐもぐと咀嚼そしゃくしている……。

 落ち着いて食えよ。


「お前、前世リスかよ」

「…………」


 東雲は少し考えて、頷いた……。


 カーテンの隙間から差し込む日差しは、笑い合う2人を温かく照らし続けていた。

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