第5話 雲と木の葉
一皮めくると玉葱が現れる。一ページ開くと日常が語られる。まだ、主人公は現れない。一行も飛ばすことは許されない。何一つ現れず過ぎ去ってしまう恐れがあるから。一皮めくると少し軽くなる。まだそれは現れない。曲がり角の向こう、また曲がり角が待っていて、すぐにどちらか一方を選択しなければならない。不確かな道が続き、いつまでも先を見通すことができない。一皮めくると変わらない一面が現れる。一粒含むと苦いだけ。まだ甘い側面にたどり着くことができない。一皮めくる仕草の中に呑み込まれて、目的さえも見失っていく。一皮めくると玉葱が現れる。核心を求めていたのはいつだったか。一つの道に足を踏み入れる。どこにもたどり着くことを許さない道は、ただ注意ばかりを呼びかける。
不審者に注意。そう言われて見る者は、すれ違う者すれ違う者、みんな怪しい側面を持っているようにも見える。どこにでもいるような顔を装いながら、バッグの中には危険な凶器を隠し持っているのかもしれない。
風に注意。飛び出しに注意。ひったくりに注意。落とし穴に注意。待ち伏せに注意。株価に注意。お歳暮に注意。策略に注意。考えすぎに注意。うぬぼれに注意。夜更かしに注意。早起きに注意。ぬかるみに注意。足下に注意。寝癖に注意。悪夢に注意。
突然、鱗雲は頭上に集まって巨大な一つのお化け雲になった。ふぐのお腹に入った空気が出たり入ったりするように、膨らんだり縮んだりする内に濃く染まって真っ黒になった。恐怖の中で身動き一つできずにずっと首を傾けて見上げていた。ついに強大な雲は鯨が最後の節を歌い上げる時のように一気に弾けて、空の中に溶けてしまった。けれども、どこから集められたのか、すぐにそれにそっくりな巨大な雲が、頭上に再び出現して空を黒く覆ったのだった。
「雲が弾けて消えた後だけど……、星が一つ、空に見えた。という方がよくなかった?」
「そういう形もあるかもね」
母は曖昧な共感を示した。
そう言っている間に、強大な雲は再び弾けて空に溶けた。
普通の雲。青い雲が夜に浮かんでいた。切れ目から、薄い月が姿を現した。
「ああ、月か」
月は雲に呑まれて闇が濃くなった。
「ああ、向こうに、星よ」
妄想に注意。独り相撲に注意。深追いに注意。人見知りに注意。紫外線に注意。食べ過ぎに注意。凸凹道に注意。急な上り坂に注意。まやかしに注意。幻想に注意。うまい話に注意。デタラメに注意。若者に注意。親父に注意。悪人に注意。いい人に注意。名言に注意。真実に注意。熊に注意。
点呼の森ではみんなで友達の数を数え合う声が響いていた。よし。友達よし。お前も友達と認めてよし。昨日会ったし、目と目が合ったし、興味は多少ずれていたが、何より気が合った。さあ、出発だ。空がまだ明るい内に、次の町へ飛び立とう。友達よし。抜かりなし。友達を確かめ合って、鳥たちはそれぞれの止まり木を離れ、西の空へと向かって翼を広げた。また別のサークルでは、友達を数える声が響いている。
「まだ機が熟していないようです」
「そうですか。では引き続き、機を見て森を見ておいてください」
「わかりました。そのようにします」
引き受けたものの、拭いきれない不確かさが残っていた。自分でよいのか。自分の機を見る能力に問題はないのか。森を見つめ続けていれば、自然と力は身につくものだろうか。先人たちも、自分と同じような不安を抱いて、森にいたのだろうか。
「木の葉は羽に似ているね」
「君は友達と行かなかったの?」
「でも、飛ぶことはできない」
「そうだろうけど」
「落ちたり散ったりするだけさ」
足下の警備が疎かになっているために、心ない落書きは後を絶たない。全部私が悪いんだ。ごめんねと語りかけながら、私はまな板に布巾をかける。ごめんね。怖かったね、汚かったね、でも、よく頑張ったね。もうあいつらの好きにはさせないから。友達を汚す奴は、誰であっても私が許さないんだ。私の手には奴らを成敗できるだけの武器がある。研ぐほどに光り輝くそれを、きみはいつも穏やかに受け止めてくれるから。
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