1-26
どこに行こうか迷った挙句、結局もと来た道を戻ってきた。
十和子は、死んでいる信徒が持っていたはさみを拝借して、ユキの着ていたコートを切り、包帯代わりにして使った。応急処置だが、何も無いよりはましだろう。
ユキは地べたに座りながら、大きなため息をついていた。
「無様だな。疑似神を追いかけておきながら返り討ちされるとは」
十和子はあたりを警戒し、周りに誰もいないことを確認する。当然上も確認した。そして警戒体制のまま、ユキに質問する。
「ねえ、結局あの、ムルってなんなの? 守星者は皆使えるみたいなこと言っていたけど」
「ムルは、世界が持っている疑似神への対抗手段だ。自分が受けた死を具現化させ、相手に押し付ける。押し付けられた相手は死ぬ」
「うーん。いまいちわからない」
「信徒はともかく、元々が感情の塊という実態をもたない物の集合体である疑似神は、普通の武器では斬られようが撃たれようが効果は薄い。ダメージは食らっても致命傷にはなりえない。だが、ムルは本来死を持たない物にも死を無理やり与えることが出来る。神をも殺すことが出来るというわけだ」
「は、はあ。つまり、疑似神にとどめを刺すにはムルを使わなければいけないってことだね」
ユキはうなずいた。
「だが、私はこの怪我の所為で、うまくムルを出すことが出来ない。十和子もムルを出せないのなら、現状奴を倒すことはできんな」
十和子も小さくうなずいた。ユキの怪我は相当ひどいように見える。そう簡単には治らないだろう。ならば、私がどうにかするしかない。
練習、いや、練習って言っても何をすればよいのだろう。手持無沙汰になった十和子は、ユキがいる方とは逆の塀に向かって、虚空にパンチをするように両腕を突きだしてみた。特に変化はなかった。次に、そのまま思いっきり力んでみた。何も出なかった。
「いでよ! ムル!!」
やっぱり何も出なかった。
「……」
「ああああ!!! は、はずかしー!」
ユキからの、何してんだこいつ的な冷たい目が耐えられない。
「別に掛け声は必要ない。まあ、何が必要か私に聞かれても困るが……。次にあの疑似神と会ったときには、使えてないと厳しいだろう」
しかも、さっきの感じを見るに、あの疑似神は積極的に私達を狙ってくるだろう。一人負傷しもう一人は使えないこの状態を、逃すはずがない。
「ユキ、ユキがムルを使えるようになった時のこととか覚えてないの?」
「覚えていない。大分前のことだからな」
「そっか」
しばらく無言の時間が続いた。十和子は一度頭を整理させようと大きく息を吸った。ムルは死そのもの。相手に押し付ける。やはり頭で考えてもいまいち摑めない。こういうのは一回できれば早いが、その一回がとんでもなく辛い。
ユキはずるすると体を横に倒し、あおむけになっていた。
「私は少し寝る。寝たら少しはムルも使えるくらいに回復するだろう。奴らが来たら蹴り起こせ」
それだけ言うと、ユキはそのまま寝てしまった。十和子は何をどうすればいいのか全く分からないまま、ムルを出す練習に励むしかなかった。
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