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 町をいくら探しても、笑顔の疑似神は見当たらなかった。あの黄色い体躯は目立つはずなのに。

 ユキは信徒が目に付き次第、殺して床に転がしていった。ただ淡々と。機械のように。


十和子はそんなユキの行動に少し疑問に思いながらも、止めることはしなかった。

 ユキが信徒殺しを一段落させると、あたりを軽く見渡した。

「ふう。信徒いるが疑似神は一向に見つからない、か。これはすでにどこかへ移動したとみるべきか。奴らからすればすでに十和子殺す第一目標は達成しているわけだからな」

 そうか。笑顔の疑似神にとってこの町にいる理由はないんだ。むしろ、守星者二人に存在がばれているのだから即刻ここから離れるほうが安全だ。

 だったらなおさら。なおさら早く見つけないと。ほっとけばどんどん被害が拡大する一方だ。私のような人をこれ以上出すわけにはいかない。


 笑顔の疑似神はどこにいるのだろう。思い出さないと。まだ探していない場所は。逃げるときに目立たない場所は。

「ほんとどこ行っちゃったんだろ……。こっちの方普段来てなかったからいまいち地理分かんないし」

「泣き言を言う暇はない。ギリギリまで探しつくすぞ」

「ケタケタ。その必要はありませんねぇ」

唐突に頭上から、独特の笑い声が聞こえた。見上げると。黄色い巨体が三階建てのアパートの屋上から、十和子とユキ目がけて飛び降りている所だった。当然、巨大なはさみはこちらに向けられている

「しまった……!」

 ユキがそういったときには遅かった。笑顔の疑似神は二人の間に小型のクレーターを作りながら着地をした。


 あまりの勢いに吹っ飛ばされかけたが。十和子はそれでも、ある程度余裕を見て後ろに飛びのくことが出来た。理由は簡単だ。笑顔の疑似神は十和子の方を注視していなかったからだ。当然と言えば当然である。疑似神にとって、この場で危険なのは新人ほやほやな守星者の十和子ではない。先ほどから信徒をバンバン殺し続けているユキのほうだ。

「!! 避けきれなかったか!」

「ユキ!!」

 ユキの肩口からお腹にかけて、バッサリと裂傷が走っていた。大分血も出ている。

「ケタケタ。よくも私の信徒たちを好き放題殺してくれましたねぇ! 怒ってますよ、私は。もう怒り狂って笑いが止まらなくなるくらいにはねぇ。ケタケタケタ。まあでも、復讐なんて私の趣味じゃあないのですね。久世十和子を笑顔にすることも諦めたわけじゃあないですし? せっかくなんでお二人とも笑顔になっていただきましょうか」

 十和子はゆっくり腰を落とし、笑顔の疑似神を見据えた。見据えながらも内心パニックになっていた。ユキが動けないとなると、私がどうにかしなくてはいけない。けど、何をどうすればいい。せっかく拾った命だったのに、このままじゃ、何も出来ずに終わってしまう……!

「十和子! ムルを使え!!」

「うん!……なにそれ」

 傷を抑えながら、死力を尽くして叫ぶユキに対して、十和子は困惑するしかなかった。ム……?


 そうしている間にも疑似神は二人に対して攻撃を仕掛けてくる。避けることしかできない十和子はもとより、ユキも思うように戦えなくなっていた。

「な、ん……。貴様、散々私の奴見ていただろ!!」

「え、あ、あの黒い水のこと?あれ私もできるの!!?」

「守星者なんだから当然だろう!!」

「わっかんないって! なにあれどうやって出すの!?」

「それは、あー、つまりだな、その、えーと、感覚、というか……」

「ユキ?」

「……どうやって出してるんだろうな」

「ユキ!!?」

 どうしようもなかった。だが他に手はない。こうしている間にも笑顔の疑似神は攻撃をし続ける。このままでは防戦一方だ。

「……わかった。出来るか分からないけど、やれるだけやってみるよ」

 十和子はそういうと、ゆっくり息を吐き、笑顔の疑似神と向かい合う。

 本当は嫌だけど。腹をくくるしかない。イメージしろ。うまくいくところを。

「全く、ちょこまかと。何も出来ない守星者風情が。いい加減気がついたらどうです? 頑張ったところで、神には勝てないと」

「そんなの嫌。絶対負けたくない。それにヌムとやらだって使ってみせるよ」

「ムルなムル」

 十和子は指をくいっと自分の方へ向け、笑顔の疑似神を誘った。

「ふむ、挑発ですか。あなたがいくらやったところで怖くもなんともありませんね」

 疑似神は、十和子の思惑通りに近づいてきた。そして、今まで以上のスピードで、突きを繰り出してくる。


 だがそれこそ、十和子の待っていた行動だった。そうするだろうと思っていた。ムルが黒い水みたいなものなら、奴は当然周りを警戒する。隙の大きい薙ぎ払いはリスクが大きい。さらに、あの疑似神本体はあまり動きが早くないので、その場で出せる攻撃が理想だ。ならば、一番現実的な攻撃方法は十和子に向けて一直線に突くことだ。


 だが突きなら、はさみの横幅分だけずれてしまえば攻撃はもう当たらない。そして、そのまま現役陸上部のトップスピードで相手の懐に入ってしまえば、相手ははさみを戻す暇もない。さらにあの巨大はさみは超近接戦闘に向いてない。

 十和子ははさみと触手をスレスレですり抜け、笑顔の疑似神の懐に入った。そしてそのまま、右足を思いっきり振り上げる。

「くらえ! 必殺ドロップヒーーーーール!!!!」

 十和子のかかとは笑顔の疑似神の体に張り付いている仮面の一つにクリティカルヒットをした。ヒビが入り、そのまま粉々に砕ける。

「……な、なんだと……!! 私の、笑顔の一つを割るなんて!!! ぐっ、痛い痛い痛い!!」

「よくわかんないけどよっしゃ! あの仮面、弱点なのね。丁度よく的みたいにあったから狙ってみたけど。とりあえず、今のうちに退散しよ、ユキ!」

「あ、ああわかった」

 何故かユキは困惑していたが、十和子の声で我に返ったようだ。体に無理やり力を入れ、走り出した。

「まずはその傷の処置をしないと。この辺確かコンビニ無いんだよな。というか、今お金持ってないんだった。ユキ、いくら持ってる?」

「0円」

「ウソでしょ」

 なんとか疑似神のもとから脱却したものの、状況は悪化するばかりだ。


 だが、気持ちばかり焦っても仕方が無い。あの感じからするに、あの疑似神はまた私達の元に現れるだろう。その時までに、ムルとやらを使えるようにしなくては。

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