1ー24
夜の町を走り続けていると、路地裏から仮面の人、つまり信徒たちが五人現れた。やはり巨大なはさみをもってこちらに向かってくる。
「気をつけろ。奴らは明確な殺意をもって攻撃してくる」
「うん。さっきまでと対して変わってないよ!」
十和子は信徒の一人が振り下ろしたはさみを、寸での所で避けた。ガキンっと音がしてコンクリートに巨大なヒビが入る。
なんて怪力だろう。これも信徒になったから成せる技なのか。
なのにこっちは守星者になったらしいのにそれらしい力が一向に出ない。なんかこう、もっとエフェクト盛り盛りな必殺技が放てても良いのに。
地面に刺さったはさみが軽々と引き抜かれ、今度は横なぎに払われる。
「危な!」
十和子は後ろに飛びのいて回避する。今度は、人の家のブロック塀が崩れた。十和子は心の中で、顔も知らぬその家の人にごめんなさいと必死で謝りながら、崩れたブロック塀からはさみを引き抜こうとする信徒に語りかけた。
「ねぇ、こんなのって間違っているよ。笑顔のために無理やり人を殺すなんて、よくないって。やめようよ」
信徒は、ゆっくりこちらを振り向くと、仮面越しでも分かるほどの殺意で十和子を威嚇してきた。
「ふん。守星者か……。世界の犬め。世の理を粛々と守るしか能の無い奴に何言ったって分かるはずがない」
「……えー」
十和子は唐突の罵倒に戸惑いながら、信徒と距離をとった。
十和子の目の前にいるのは一人、残りの四人はどうやらユキが対応してくれているようだ。せめてこの一人だけでもどうにかしないと、ただの足手まといになってしまう。でも、どうすればいいのだろう。やはり、私に出来ることは説得くらいしかない。
「ほら、そんな無理やり笑顔を作ったって楽しくないでしょ。やっぱ、笑うのってさ、心が楽しくないといけないと思うんだよね。はさみで切り裂いた所で楽しくなくない?」
「黙れ! 屁理屈をこねるな。それはただお前が笑顔を作りたくないだけの言い訳だろう。笑顔は素晴らしい。健康になるし幸福感をもたらすし他者からの印象もよくなる。だから人はもっと積極的に笑うべきなんだ。我々は笑顔の素晴らしさを全世界に伝えている。邪魔をするな!」
目の前の信徒ははさみを構えて突撃してきた。十和子は思わず目をつぶって頭を抱える。あ、避けないと、と十和子が思った瞬間、目の前からビジャッという勢いよく水が射出される音と、グシャッというなにかが叩きつけられるような音が鳴った。十和子が恐る恐る目を開けると、先ほど息を巻いていた信徒が水浸しになりながらブロック塀にもたれかり、動かなくなっていた。
「何をしている。いくら守星者と言えども体が破損しすぎれば死ぬぞ」
いつの間にか隣にユキが立っていた。その奥には四人の信徒が倒れている。いつの間にか、倒していたようだ。
「……」
十和子は無言で倒された信徒を見つめた。彼らは誰一人動かない。詩菜と同じように、彼らも……。
「どうした? 早く行くぞ」
ユキが急かしてくる。行かなきゃいけない、それはわかっている。それでも十和子は、疑問を提示せずにはいられなかった。
「殺すしか、ないの?」
「?」
「信徒が世界にとってどういう立場かって、まだうまく分からないけど、元々人間なのなら、殺さなくてもいいんじゃないの?」
きっと私は甘いんだろうな、と十和子は思った。誰かが、自分が殺されている現状を目の当たりにしても。解決方法が殺すしかないなんて信じたくないのだ。蒼ちゃんではないが、命は大切なものだ。だから、むやみやたらに殺すことはしたくない。
「何を言っている。我々の存在意義は疑似神及び信徒の殲滅。先ほど言ったろう。奴らは世界に害をもたらす。生かしておいて良いことなど無い。むしろ見つけ次第一匹残らず潰せ」
「う、うん」
やっぱりそうなのか。と十和子は自分の両手を見た。
先ほどの信徒も、十和子の言葉を一切聞き入れずにこちらを殺す気で戦ってきた。ならば、殺す気で対応するしかない。わかっている。わかってはいるのだけども。
この虚無感はなんだろう。
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