1ー23
蒼介の意識は途切れていなかった。
肉塊の中、唯一残った目玉一つであたりを見ていた。
十和子の意識が戻る瞬間も見ていた。白髪の少女を追いかけるところも見ていた。
もし、彼の口が動くなら、こう言っていただろう。いくな、と。
だが、今の彼に出来ることなど、この地面に這いつくばるのみ。
白髪の少女はかなり足が速かった。
十和子が軽く走っても追いつくまでに結構時間がかかってしまった。
「ま、まって、まってって」
「来たか」
白髪の少女は短く答えると、その場で待ってくれた。
そのあいだにスパートをかけ、すぐに追いつく。
「はぁ、はぁ……。えっと……。なんて呼べばいいの?」
「ユキ。ユキでいい」
名は体を表す、という言葉があるが、なるほど彼女ほどその言葉を体現している人は中々いないだろう。髪も肌も白いから、ユキ。わかりやすい。
「わかった。じゃあ、ユキ。正直私今の状況何も分かっていないんだけど、ユキは何を知っているの? あの黄色いゼリービーンズみたいなのはなんなの?」
ユキは困った様に顎に手を当て、しばらく考えているようだった。しばらくして顔を上げると、十和子の方を見ながら何かを諦めたように言った。
「こうなった以上、貴様も知る義務がある。説明するのは得意ではないが……。色々と長くなる。黄色い化け物を探しながらになるが、いいな」
言うが早いか、ユキは走り出していた。
十和子は拒否することもできず、疲れた体に再び鞭を打った。
「まず、地球には人間がたくさんいる。ここまではわかるか?」
さすがにわかる。と十和子は言いたかったが、無駄な体力を消費したくもない。十和子は黙ってうなずいた。
「人間は生きている間、様々な願いを抱くことになる。例えば、笑顔でいたいとか、死にたくないとか」
「……」
「そうした同じ願望を多くの人が抱くと、地球上のどこかで神が出来る」
「待って分からない」
うん分からない。なんだそれ。願いがあれば神様が出来るなんて聞いたことがない。十和子の頭は混乱を極めた。
「そうか、分からないか。そうだな、人の感情というのは、脆弱ながら力を持っている。気分がいいときは体調が良くなるし、逆も然り。願いも同じ。だが、数人程度では影響力はほとんどない。ここまではいいか?」
「まぁ、なんとか」
「だが、先ほどの笑顔でいたい、そういう人生にしたいというのは多くの人が心の奥底で思っていることだ。さらに同じ願いは一所に集まる性質がある。つまり、願った人の体を飛び出し、同じ願いを吸収し、塩の結晶のようにどんどん大きくなっていく。そのうち、人の目にも見えるようになり、知恵を持ったり、言葉を喋ったり、強い力を持つようになる」
「それが、神様?」
「そうだ」
ユキは力強く頷いた。そういえば、あの黄色いゼリービーンズは、自分を神だと名乗っていた。その言葉は偽りではなかったということか。
「こうしてできた神は、人々の願いを叶えるために活動を開始する。あの黄色い化け物もそうだ。奴はあくまで、人々の切な願いを叶えてあげる、そんな風に思っている」
「でも、だからと言って殺すなんて……」
「そこが奴の化け物たる所以だ。神は、その願いこそが最優先。例えば、笑顔笑顔言っている黄色い化け物でいえば、笑顔以外の事は何一つ重要ではない。笑顔でいたいという願いさえ叶えられるのなら、命なんて、どうでもいい。逆に、人を笑顔にするためにはなんでもする。そういう存在だ」
つまり、はさみで切り裂くという暴挙に出ているのは、それが一番手っ取り早いからか。他に笑顔にする方法はあったのだろうに。
「我々は奴のような存在を、偽物の神様として疑似(ぎじ)神(かみ)と呼んでいるがな。ここまではわかったな」
「まぁ。一応」
先ほどから町を走り回ってはいるが、その疑似神は見つからない。ユキの話はまだ続いた。
「疑似神の目的は、世界の理に干渉し、自分が持つ願いを理の中にぶち込むことだ。黄色い化け物、いや、これからは笑顔の疑似神と呼ぼうか。奴が世界の理に触れたら……そうだな、おそらく、全人類の表情が笑顔一種類だけになるだろうな」
「な、そんなことが本当に出来るの!?」
「出来る。その話は一旦置いておこう。とにかく奴らは世界が起こしたバグであり、世の理から外れた物。早めに潰さなければ取り返しがつかなくなる。ここまではいいか?」
「色々つっこみたいこともあるけど、とりあえず続けて」
自分の知らない世界であることは十分にわかった。もういいや。
「そうか。そして、疑似神がやることはそれだけではない。奴らは自分の思想に同調した人間を引き込み、自分の配下とする。この引き込まれた人間を信徒と呼ぶ。信徒も疑似神同様、この世界の理からはずれた存在となる」
「引き込む……」
「そう。自分の理想を世に広めるために、信徒を利用する。厄介なのは、信徒共は本気で疑似神を救世主だと思っていることだな。さらに、疑似神は信徒となった人間に自分の力を与える。笑顔の疑似神の信徒は、一生笑顔だし、不老不死の疑似神の信徒は死ななくなる」
「……」
「疑似神というのは人の欲望の数だけ生まれる。だが、先ほども言ったが疑似神とはガンのようなもの。本来生まれてはいけないものだ。だから世界は、疑似神に対抗しゆる手段、所謂免疫細胞のようなものを生み出した。それが私達だ」
「私、たち?」
「貴様もだぞ、えっと……」
「十和子」
「十和子。貴様は一度死んだはずだ。ああ、間違いなく死んでいた。しかし、この世界によって死の概念を捻じ曲げられ、この世に舞い戻った」
「それって、私生きてるの? 死んでいるの?」
「どちらでもない。疑似神が不意に湧いて出たバグなら、我々は世界が意図的に作ったバグだ。世の理が通用しない疑似神は、世に生きる普通の人間の攻撃はほぼ通用しない。同じく世の理から外れた者でないとな」
「はぁ」
「我々のような、疑似神を潰すものたちのことを守星者、と呼ぶ」
守星者。いつの間にやら守星者か。物騒なことになったもんだ。
十和子はゆっくりと空を見上げた。いつも通りの空。そしてそのまま、ユキが言っていたことを頭の中で整理する。疑似神、世界の理、信徒、守星者……。
「つまり、疑似神って奴がいて、信徒使って色々ヤバいことしてるから、がんばって倒してねってこと? 合ってる?」
「大体合ってる」
笑顔の疑似神。笑顔でありたいという願いから発生した神様。これ以上、誰かが悲しい思いをする前に、止めないと。
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