1-22

「さてと」

 白髪の少女は、アスファルトの上にぐちゃぐちゃにぶちまけられた、人間だったものを見下ろしながらつぶやいた。


 白髪の少女は動かなくなった十和子と詩菜を一瞥すると、すぐに興味を失ったようで、さっさとどこかへ歩きだそうとする。

 その時、十和子の指がピクンと動いた。次は腕、その次は肩。そうやって体が徐々に動いていき――、最終的にはゆっくりと上半身を起き上がらせた。

「?」

 十和子は理解できずにあたりをキョロキョロ見渡す。その後、自分の体を確認した。


十和子の着ている服には血がたっぷり染み込んでいた。あの時刺されたのは間違いないようだ。では、あの地球みたいな物はなんだったんだろう。ここは天国だろうか。それにしても現実っぽい。


 目の前には白髪の少女がいて、ジッとこちらを見ていた。目があった、と思うと、ツカツカとこちらに近づき、十和子の前でしゃがんだ。

「なるほど、貴様も目が覚めてしまったか……」

「な、何が?」

 白髪少女は十和子の肩をポンポンと叩くともう一度立ち上がり、十和子に対し手を差し伸べてきた。十和子はそれを摑んで立ち上がり、服のほこりを払う。

「えっと、私確か、詩菜と会って、それで安心してたらいきなり……ってきゃぁぁぁぁ!!」


 十和子が現状の整理をするより前に、目の前の惨劇が目に入った。呼吸している様子が一切ない、笑顔の仮面をした詩菜と、その近くでもはや人の原型をとどめていない肉の塊。あまりのショッキングな絵面に十和子は思わず胃液を吐いてしまった。

「? どうした。何をしている」

 白髪の少女が不思議そうにこちらを覗いてきた。何か言おうとしてもうまく言葉にならない。

「な、なん……で、こんな…ことに……」

「なぜって、人類の敵だからだ。さっきも言った」

「そんな! だからって」

 だからって殺すことない、そう言おうとした。けれども言えなかった。目が覚めてから時間が経ち、十和子は少しずつ何があったか理解しつつあった。私の大切な友人の詩菜は、私をはさみで刺したのだ。間違いなく。今はなぜか私の体はピンピンしているが、その事実は揺らぎようもない。他に手はなかったのかとも思うけど、詩菜がこんな凄惨な事件の片棒を担いでしまっていたのなら、黄色いゼリービーンズのような人知を超えた世界に足を突っ込んでいたのなら。他に止めようはない、のかもしれない。


 十和子が何も言えずにいると、白髪の少女は十和子の手を振り払った。そして

「いいか。貴様は私と同じになった。あの化け物どもを止めるだけの力を手に入れたはずだ。私と共に戦うというなら連れて行くが……。その様子じゃ無理だな」

 と、それだけ言い放つと夜の町の中へ駆けて行った。


 十和子は一人残された。近くには親友の死体と、隣人の死体モドキらしきものが転がっている。

 本当は今この瞬間、部屋で目が覚めてほしい、今日の夜のことは全部夢だったってことにしたい。十和子は自分の頬をつねった。いたい。

 やっぱり現実なのか。だとしても、今すぐ家に帰って布団をかぶって寝たい。今日の事は全部忘れたい。


 けれど、と、十和子は詩菜の方を見た。凄惨な連続殺人事件が起きていたのは事実だ。それに詩菜が関わっていたことも。あの黄色いゼリービーンズの言い訳は、私には到底理解できない。けれど、人を殺してまで無理やり笑顔を作るなんて間違っているということはわかる。あの白髪少女は、私に化け物を止める力があると言った。実感はわかないけど……。なら、せいぜいこの拾った命、使わせてもらおう。

 十和子は詩菜に近づき、笑顔の仮面を外した。そして、苦しそうに開いたままの瞼をそっと閉じた。

「ごめん詩菜。どうして詩菜がこんなことしようとしたのか、私には分からない。分からなくてごめん。本当に。私にはどうしても、あの黄色いゼリービーンズが間違っているとしか思えないんだ。だから、止めるね」

 さらに、十和子は死体モドキに近づき、その場でしゃがんだ。

「蒼ちゃん、だよね。ごめんね、蒼ちゃんのこと、最後まで信じきれなかった。私をずっと守ろうとくれてたのにね。ありがとう。本当にありがとう」

 それだけ言うと、十和子は立ち上がり、白髪の少女が向かったほうへと駆けて行った。

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