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「あらあらあらあら。あなたは十和子がさっき言っていた死なない隣人さんですね。お初にお目にかかります。十和子の友人の田上詩菜と申します」
「十和子の友人!? てめぇはその友人に何してるか分かっているのかよ!」
「ええ。友人として、出来ることをしただけです」
田上と名乗った女は澄ました顔で言い放った。
「き、さま……!」
「まあ。本当に怖い顔するんですね。人生で、一度も笑ったことないみたい」
田上は手を口に当て、くすくすと笑った。
「十和子ちゃんの両親は火事で死んでしまった。それは仕方がないこと。けど、そのせいで十和子ちゃんが笑えなくなってしまったら、十和子ちゃんが不幸になっちゃうでしょ。そうならないために笑顔にしてあげただけですよ」
駄目だ会話が通じない。いや、もとより会話をしようなんて考えが間違っていたのだろう。感情のままに飛び出してしまったが、ボロボロの蒼介に出来ることはなかった。
「好き勝手言いやがって……!」
「好き勝手? それはこちらのセリフです」
田上は、蒼介の方にはさみを突き刺しながら言った。もはや痛みなど感じないが、とても気分が悪い。
田上ははさみをグリグリと回しながら言葉を続けた。
「十和子ちゃんの周りを好き勝手うろチョロして私達の邪魔をして。十和子ちゃんから聞きましたよ、大けがしても死なないって。そんなのがそばにいたら普通に考えて気持ち悪いじゃないですか」
グリグリ、グリグリ。はさみはいつの間にか地面に到達していたが、まだ田上ははさみを回していた。
「こんな化け物がそばにいたなんて十和子ちゃんかわいそー。笑えなくなっちゃうのもある意味当然というもの。我が神様はあなたをも笑顔にしようと画策していましたが、私は、親友の笑顔を奪う一因であるあなたに対してそこまで甘くなれません。なので、目の前から消えてくださいね」
田上は一度はさみを引き抜き、そのまま蒼介の頭上めがけてはさみを振り下ろした。その瞬間、田上の足元から黒い水があふれ出し、そのまま田上を飲み込んだ。
しばらくして、黒い水が引き、中から田上が出てきた。彼女は紐の切れた操り人形のように膝から崩れ落ち、そのまま動かなくなった。中に入れば一瞬で息苦しくなる魔性の水。すでに田上は、水死したのだろう。
そして、道の奥から水を操る主である、白髪の女がゆっくりとあらわれた。十和子を無視してこちらに近づくと、田上を軽く蹴ってもう動かないことを確認している。そして、蒼介に対しても見下ろしながら一発蹴りを入れてきた。
「ふむ。あそこまでやればしばらくは動けないと踏んでいたのだがな。ちと甘かったか。まさか移動しているとは。だが、早めに見つかって良かった」
白髪の女は表情を変えず、紡がれた言葉も淡々としたものだった。それゆえに、蒼介は腹が立って仕方が無かった。
「お前、言いたいのはそれだけか」
「?何がだ?」
蒼介の怒気をはらんだ言葉に、白髪の女はただただ困惑した表情をしていた。
「お前は!! そこで無残な状態で死んでいる人を見て何も思わないのかよ!! お前が黄色い化け物の討伐を優先していれば! あいつは死ななかったかもしれないんだぞ!!」
「なんだ、そんなことか」
「な、に……」
白髪の女は十和子を一瞥すると、すぐさま蒼介に目線を戻した。警戒しているらしい。
「私の役割はあくまで貴様らのような化け物を潰すこと。あの場には化け物は二匹いた。両方とも優先度が高かった。ので、先に潰せそうな方から対処した。あの場で黄色い方を追いかけていたら貴様はタクシーでも使って遠くに逃げていただろう。黄色い方は一気に長距離を移動できないことは今までの調べで分かっている。つまり貴様を先に潰し、黄色い方を後回しにするという判断は正しかった」
「それは、十和子の前で同じことが言えんのか」
「言える」
ああもう。会話の通じない奴らばかりだ。誰も人のことなど考えていない。自分の行いが正しいと信じて、それで誰が被害をこうむっているとも知らないで。
「喋りすぎたな。では、私は黄色い方も潰さねばならんから、貴様はミンチにでもなっていろ」
大量の黒い水が蒼介を襲う。それに対抗するだけの手段はなく、蒼介はその暴力を甘んじて受けるほかなかった。
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