1-20

 ズルっズルっ。

蒼介は、暗い路地裏を這っていた。


左腕は捥がれた。下半身もどこかへいった。動く度に内臓が体から零れ落ちる。

それでも、行かないと。俺が十和子を守らなければ。その意思だけで、残った右腕を動かし、少しずつ前に進んでいた。


 あの白髪の女には当然のごとく勝てるはずがなかった。だから、出来る限り急いで逃げ出してきたのだが、それでも時間がかかってしまった。変幻自在な水の様な武器、あれは反則だ。形を変えてどこまでも追いかけてきてこちらを潰してくる。

 なんとか走って走って逃げて逃げて駆けずり回って、体の半分も残っていない状態になってやっと、白髪の女がもう追いかけてこなくなった。


 流される前の場所に行ってみたが既に十和子はいなかった。ならば、駅の方へ向かったのだろうか。誰かに保護されているのなら良いが、それを確認する手段がない以上、まだ逃げ回っていることも想定しておかなければ。

 蒼介は、流される前の場所付近から、捜索を開始した。本当は名前を呼びかけて行きたいところだが、また白髪の女に見つかる可能性がある以上、素早く静かに行動しなければ。

 何かヒントになるものでもないかと、あまり期待しないながらも蒼介はあちこち確認して回った。足がない以上、余計な時間はかけたくない。


 十分くらい経っただろうか、捜索開始地点から少し離れたところで、蒼介は妙な物を聞いた。この淋しい夜には似つかわしくない、楽しそうな女性の歌だった。

 蒼介は一瞬、十和子かと思ったが、すぐに頭の中で否定した。そもそも声が違うし、この環境で歌えるほどイカれた女でもない。


 では、この歌はなんだろう。十和子のものでないと確信しつつも、万が一のことも考え、蒼介はこっそり歌の聞こえる方へ近づき、道の角からこっそり覗いた。

 そこにいたのは、女だ。十和子と同じくらいの年らしき女。だが、黄色い化け物と同じ仮面をしている所為で詳しいことは分からない。


 その女が地面にしゃがんで、本当に、本当に楽しそうに歌を歌っていた。

 ああ、そんなことより。その女の足元に転がっているのは。女がはさみを突き立てているのは。

「と、わこ――」

 その女は、あろうことか十和子の顔をはさみで切り裂いていた。十和子はぐったりとして動かず、地面には尋常じゃない量の血が流れだしていた。素人でも分かるだろう。十和子はすでに……。

「あ、あ――。」

 そんな。それだけは、それだけはあってはいけなかったのに。 誰も死なせないと心に誓ったはずなのに! 

「あああああああああああああああああ!!!!!!」

 蒼介は、かすれた声にありったけの怒りを込めて叫んだ。口から大量の血の塊が噴き出す。それもお構いなしに道の角から出て、ズルズルと二人に近づく。

 十和子を切り裂く女は蒼介に気付かず、まだ楽しそうに歌っていた。

「十和子ちゃんは~笑顔が素敵な女の子~~♪ 君の笑顔をずっとずぅっと見ていたい~~♪ だから、君が笑顔でいられるように~♪ 私はなんだってできるのよ~~♪」

「歌を止めろクソ女ぁ!!!!」

 歌がピタリと止まった。仮面の女は蒼介に気が付いたようで、ゆっくりこちらを向いた。


仮面の女は十和子の顔を一撫ですると、腰を上げ、はさみを軽く振りながら蒼介の方へ近づき、とても楽しそうに笑った。

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