1-19

 気がついたら、光の一切ない空間にいた。


 今、何が起きているんだろう。十和子は両手で体のあちこちを触り、どこか異常がないか調べた。そこで初めて自分が目を閉じていることに気が付いた。

ゆっくりと目を開ける。


 そこは、目を開ける前と大差ない、暗澹とした空間だった。ただ一点を除いて。

 十和子の目の前にある、青く光る巨大な球体。写真等では散々見たことがあったけれど、直接見たことはなく、また、直接見る事態になるとも思わなかった物。それは、

「ち、地球だ……」

 十和子はそう呟いた、つもりだったが、声にはならなかった。


 ということは、ここは宇宙なのか、とあたりを見渡したが、周りに星らしきものは一切ない。わけのわからない空間という事しかわからない。

 十和子はしばらくその地球を眺めていたが、特に何が起こるわけでもないので、意を決して地球に近づいてみることにした。


 体を動かそうとして、十和子は自分の体が浮いていることに気が付いた。水の中にいる感覚と似ている。だが、息は出来る。やはり、妙な場所だ。

十和子は体をじたばたと動かし、地球の方へ手を伸ばした。すると、何故か指先にヒンヤリとしたガラスのような物に触れた感覚があった。


 あれ、地球って触れるような物だっけ? と十和子が思ったのもつかの間。地球に触れた指先付近が強く光り輝き始めた。

十和子は慌てて手を引っ込めたが、光はどんどん強くなり、そして、その中心からテープのようなものが飛び出し、十和子の周りをグルグルと回り始めた。

 そのテープにはよく見ると、幼いころの十和子が幼稚園の入園式が映っていた。その隣には幼稚園で鬼ごっこをしている様子、その次はお弁当の時間。さながら映画フィルムのように十和子の軌跡を映し出していた。


 これ、走馬灯というやつだろうか、と、十和子は思った。死ぬ間際に見ると言われる、思い出の数々。これを見るという事は、つまり私は――。

走馬灯は止まらない。どんどん時代は今に近づいていく。次は部活の合宿のとき。次は全焼した家を見た瞬間。その次はお葬式。その次は久々に学校へ行ったとき。その次は……。


 その走馬灯はいきなり断ち切られた。突如現れた黒い巨大なはさみによって。そのはさみの持ち主も、はさみと同じく影のように真っ黒になっていたが、シルエットだけでも分かる。それは、あなたは。

「詩菜……。どうして」

 詩菜の影は何も言わなかった。ただただこちらを見つめていた。


 地球から切り離された走馬灯は、一瞬力を失ったかに見えた。が、すぐにまた、十和子の周りをグルグル回り始めた。グルグル回って、どんどん速さが上がって、ねじれて、そのうち、先端と先端がくっつき一つの輪となった。


 その輪は、所謂『メビウスの輪』と同じ状態になっていた。一枚の帯状の紙を、180°ねじって輪にする。そうすると表も裏も無くなる。この輪をはさみでセンターラインを切っていくと、輪が二つに分かれず一つの大きな輪になるというものだ。原理はよくわからないが。


 そのメビウスの輪状の走馬灯はしばらくグルグル回ったあと、急に縮小しはじめ、十和子の体の中へ入っていった。十和子は走馬灯が貫通していった体の部分を触ったが、別に何ともなっていない。あのまま、どんどん小さくなっていったのなら、今は十和子の心臓付近でグルグルしているのだろうか。


 十和子が茫然としていると、目の前の地球から何も映っていない走馬灯が大量に飛び出した。それは、十和子の胴、腕、足、そして詩菜の影に巻き付き、そのまま地球の方へ引き寄せ始めた。

「――――!!!!」

 十和子は声にならない悲鳴を上げた。ぶつかる、と思った瞬間、世界は青い光に塗りつぶされた。

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