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十和子は路地をトボトボと歩いていた。
笑顔の仮面をした人々、神を名乗る黄色いゼリービーンズ、黒い水を操る白髪の少女、そして致命傷を負っても死なない隣人。自分が知っていた世界とは何もかも違いすぎて。いっそのことパラレルワールドに飛ばされたと言われた方がまだ納得できる。
警察に行く気も失せている。最初に見たときから薄々思っていたが、あれは、いや、あれらは人間がどうこう出来るものではない。というか、警察に行ったところで信じてもらえない。間違いなく、精神の病気を疑われるだろう。
とはいえ家も安全じゃない。どこにも安全な場所なんてない。目的もなく、ただ適当に道を彷徨っていた。
戻りたい。学校がつまらないと、日常が退屈だと親に愚痴っていた頃に戻りたい。朝になったら当たり前に学校に行って、友達としゃべって、テキトーに授業を聞いて、部活やって、夜になったら当然そこにある家に帰る。それだけでよかったのに。
こんな、神がどうとかの世界なんて、望んではいなかったのに。
「うぅ……うぅぅ」
涙が止まらない。誰かに慰めてほしい。もう大丈夫だよって、言ってほしい。
「十和子ちゃん? 十和子ちゃんじゃない。大丈夫?」
急に前方から聞き覚えのある声がした。優しく柔らかいその声は、聞くだけで心が安らぐその声は、
「詩菜!! よ゛がっだ~。うっうっ」
「もう、まだ色々と本調子じゃないんでしょう。こんな夜遅く出歩いているなんて、ダメじゃない」
「うっう゛え゛え゛え゛ん。お゛ね゛がい゛、ばな゛じをぎいで~」
「はいはい。とりあえず、ハンカチ貸すから使って」
十和子は友人に会えた安心感により、大きな声を上げて泣き始めた。顔を涙と鼻水でグシャグシャにしつつ縋ってくる十和子を、詩菜は拒絶することなく背中をさすってくれた。
十和子は詩菜に、これまであったことを話した。頭がおかしいと思われるかもしれないと、少しは思ったが、そのぐらいでは口は止まらなかった。十和子が感じていた恐怖、孤独感、絶望は一人で消化できるレベルをとうに超えていた。
幸い、詩菜は優しく微笑んだままうんうんと頷いて聞いてくれた。それだけで、十和子は負の感情から少しずつ解放されていく気がする。
十和子が一通り話し終えた後、詩菜は十和子の頭を撫でながら言った。
「そっか、それは本当に怖かったね。よく頑張ったね、十和子ちゃん」
「うん……って、そうだ、別に問題が解決したわけじゃないんだった。ここも危ないかも。人のいるところに逃げよう!」
十和子は詩菜の手を摑み、大通りへ行こうと走り出す。しかし、詩菜はその場から動こうとしなかった。
「? どうした、詩菜、早く行こう?」
詩菜は逆に、十和子の腕を自分の方へ引っ張った。思わず詩菜の方へよろける十和子。そして、詩菜は十和子を思いっきり抱きしめた。
「ごめんねぇ。そんなことになっていたなんて、気が付かなくて。辛かったよね。でも、もう大丈夫だから。私がいるからね。私が何とかするから」
「えっと……、詩菜? 私の話聞いてる。今こんなことしている場合じゃなくてね」
「大丈夫、大丈夫だよ。どんなに苦しくても、辛くても、私が絶対に笑顔にしてあげるからぁ!!」
まず、腹部に熱く鈍い感覚があった。手足の感覚が次第に無くなる。喉から鉄の味がせりあがってくる。頭がぼんやりする。目がかすむ。自分が地面にちゃんと立っているかどうかもあやふやになってくる。
「しい、な……?」
十和子は、ドサッと地面に崩れ落ちた。最期の最後、十和子の目に映ったのは、血のべっとりついた大きなはさみを持ち、顔に白くて細い三日月型の穴が目と口の部分に開いた、笑顔が掘られた仮面をつけた詩菜の姿だった。
詩菜は、動かなくなった十和子の髪を愛おしそうに撫でながら、子をあやすような声で言った。
「笑えないくらいに辛いことが続いて苦しかったでしょう。でも、安心していいよ。これからは笑顔で過ごせるから。私がそうするから。だって――」
十和子ちゃんは笑っていた方がずっといいよ。
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