1-15
十和子と蒼介は、小さな交差点で人の家の塀に持たれながら一息ついていた。
依然として危険な状態に変わりはないが、一旦休憩しないと体が持たない。幸い周りに仮面の人はいないようだ。
ありがとう――。そう、言いかけたとき、十和子は蒼介が右手に持っている黒い棒のような物に気が付いた。
「蒼ちゃん、その、棒は何?」
聞かれた蒼介は息を整え、その棒を十和子の目の前にかざしながら言った。
「ああ、これ。警棒型のスタンガン。なかなかに強力だけど殺傷力はない。さっき痺れさせた奴もまたそのうち目を覚ます」
「へー。って、なんでそんなもの持っているの」
「……。護身用」
護身用にごついスタンガン持っているなんて、蒼ちゃんの心配性は天井知らずだなと、十和子は思った。だが、今回のような異常事態ではとても頼もしい代物だ。あの黄色いゼリービーンズに電気が効くかは微妙だが、少なくとも周りの人たちには効いたのだから。丸腰よりはずっといい。
ただでさえ相手はあんなに大きなはさみを持っているのだから。あんな、ちょっと触れただけで切れてしまいそうな鋭いはさみが。そういえば、蒼ちゃんは飛んできたはさみでスマホごと手をぶった切られていたが大丈夫なのだろうか。
さてと、と言いながら蒼介が壁から背中を離し、十和子に左手を差し出してくる。
「そろそろ行くか。走れるか?」
当然、と言いながらその手を摑もうとして――。十和子ははたと気づいた。……気づいてしまった。
蒼介が差し出した腕。その服の裾。さっきは気が付かなかったが、よく見ると結構血がついている。そういえば、はさみが飛んできた時蒼介がスマホを持っていたのは左手じゃなかったか。あの時、スマホと一緒に手もバッサリ切られたようで痛がっていたし、血もボタボタ垂れていたから裾に血がついていること自体は不思議じゃない。
でも、それなら、どうして――。どうして手に傷がない!! 蒼介の手はあまりにも普通で、きれいな手だ。ありえない。なんで。傷はどこに消えた、いつ治った!!
「そ、う……ちゃ……」
「? 大丈夫か? 走るのは辛い? 」
蒼介は首を傾げながら、心配そうな声で聞いてきた。ああ、この人は自分が異常であることがわかっていない。傷がないことを疑問にすら思っていないようだ。
十和子は、どうしても蒼介の手を握ることが出来なかった。怖くなったからだ。今まで自分の知っていた『蒼ちゃん』という人物の輪郭がぼやけて見えなくなった。代わりにいる目の前の人物は、得体の知れない別の人。そんな錯覚に陥った。
「いや……もう、いや……! 誰か、たすけて……」
目の前で、唐突に頭を抱え取り乱す十和子に対し、蒼介も困惑したようだ。なだめるためか背中をさすろうと手を伸ばしてきたが、十和子は勢いよく振り払った。
蒼介は、頭を掻きながら言った。
「十和子、とにかくここから離れないと。いつまでもいたら……」
そのとき、十和子の後ろから、巨大なはさみの切っ先が十和子の背中めがけて襲い掛かった。切っ先はすぐそこに迫っている。蒼介が止める暇も、気付いた十和子が避ける余裕もない。夜の町に、ずぶり、と肉を裂く鈍い音だけが微かに響いた。
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