1-14

 そのころ、十和子は交番の方へ向かって走って、は、いなかった。

交番は確か駅の近くにあったはず。仮になかったとしても駅前の大通りに出れれば人も多く歩いているだろうから、携帯を借りるなりすればいいだだろう。と、考えていたが、駅へ向かう道に行こうとするたび仮面の人が行く手をふさぐため、思うように進めていない。むしろ、閑静な場所へと徐々に追いやられている気がする。


 いい加減、足に疲労感を感じる。早く誰か見つけないと、と気持ちばかりが焦る。こうしている間にもあの、白髪の少女は、蒼ちゃんは――。

 十和子は頭を振った。駄目だ駄目だ。変なことを考えては駄目。今は自分がやるべきことだけを考えないと。とにかく人を見つけて警察を呼ぶんだ。決意を新たに、十和子は足に力を込める。


 もうすぐで駅に着ける。そう希望を持ちながら、細い道を右に曲がる。しかし、そこにも仮面の人がいた。やっぱり、とスピードを殺さないように来た道をもう一度駆ける。


 だが、後ろにもすでに仮面の人が待ち構えていた。横に道はない。挟み撃ちにあってしまった。

 十和子は一度立ち止まり、息を切らしながら考える。こうなった以上、自分が出せる最大速度で仮面の人の脇をすり抜けるしかない。仮面の人たちはその場から動くことはないが、大きなはさみを構えているため危険なことに変わりはない。出来る事なら避けたかった。けども……。


 十和子はもう一度足に力を入れようとする。だが、うまく入らない。行かないといけないことはわかっているのに、足が震える。一歩踏み出すその勇気が出ない。このままでは、本当に、本当に皆死んでしまうのに!!


 ぐずぐずしていたら、援軍が来てしまうだろう。そうしたら、本当に手がなくなってしまう。その前に、その前に何としても先に進まないと……! 

 十和子はよろよろになりながら、道をふさぐ二人の仮面の人を見る。駅へ向かう道にいるのは小柄な女性、反対側にいるのは中肉中背の男性のようだ。なんとなくだが、女性側の方が捕まらない確率が高い気がする。それが駅側だったのは不幸中の幸いだ。


 よし、走ろう。十和子が意を決して足を前に出そうとしたとき、仮面の女性の後ろの闇から、ぐにゃり、と黄色い塊が姿を現した。

「やっと、やっと見つけた。見つけましたよ久世十和子。何故逃げるのです。ねぇ」

「――あ、」


 声が出ない。なんて間の悪い。いや、それよりも、このゼリービーンズがここにいるという事は、蒼ちゃんは、まさか――。


 とにかく今は逃げるしかない。反対側の、仮面の男性がいる方へ駆け抜ける。男性ははさみを水平に構え、十和子を迎え打とうとしていた。十和子は、スピードに乗ったまままっすぐ走り、体がはさみの射程ギリギリのところで地面に手を付き体を低くして、攻撃を回避する。頭の上で、じゃきん、という金属音が響いた。


 十和子はそのままクラウチングスタートのような体制をとり、そのまま加速する。大きなはさみを持っているためか、仮面の人たちは素早く動けないらしい。先ほどの仮面の男性は、すぐ追いかけてこなくなった。


 よし、躱せた! 十和子はそのままの勢いで走っていく。が、喜んでばかりもいられない。こちらは来た道を戻る方向、つまり、駅から離れていく道だ。どこかで曲がらないと、現状は良くならない。確か、この先に小さな交差点があったはず。先ほどは駅へ行く道に仮面の人間がいたためにスル―してしまったが、つべこべ言っていられない。たとえ誰がいたとしても、なんとしても抜けなければだめだ。


 だが、交差点までたどり着いたとき、十和子は絶望の淵に落とされた。仮面の人が増えている。それぞれの道に二人ずつ、駅へ行く道に関しては三人もの仮面の人が待ち構えていた。


 さすがに、ここを抜けるのは無理か。だが、だからと言って後ろに下がることは出来ない。二人しかいない道のどちらかに行くしかない。

十和子は、覚悟を決めて正面の道へ向かい走り出した。奇跡でもなんでもいい。どうか、捕まりませんように――。


 その時、十和子は目の前の仮面の人の様子がおかしいことに気が付いた。二人いるうちの一人が体をのけ反らせ、小刻みに震え苦しんでいるような……。もう一人の方も、相方の異変に驚いているようで、十和子の方は見ていなかった。

 十和子が驚いてその様子を見ていると、やがて震えていた方が力尽きたようにその場で崩れ落ちた。その後ろにいたのは……。

「蒼ちゃん!! 生きていたんだね!」

 十和子は思わず歓喜の声を上げた。すぐ横にいた仮面の人が慌てて蒼介を切ろうとするが、それより先に蒼介が顔面に痛烈なパンチをお見舞いした。バキッと何かが折れたような音を立てて、そのまま後ろに倒れてしまった。


 蒼介は十和子に左手を差し出しながら、言った。

「行くぞ」

 十和子は強く頷くとその左手を摑み、ともに走り出す。

 一人で走っていた時は、逃げきれないんじゃないかと、弱気にもなっていた。でも、隣に蒼介がいてくれるだけで勇気が出る。なんとかなるんじゃないかと思えてくる。それが走る力になる。

 でも――。何故だろう。心に少し違和感を覚えてしまうのは。

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