1-13
だが、化け物はひたすらケタケタ笑うばかりで攻撃を仕掛けてこない。仮面の所為で表情も読めず、蒼介はただひたすら困惑した。
「お前……ほんとなんなの」
「ケタケタ。いや、あまりにも悲しくてつい笑いが止まらなくなってしまいました。だって、これだけ言ってもあなたはニコリともしないなんて! よほど笑顔が嫌い……? いや」
化け物は触手を振りながら、ついに窓を乗り越え、蒼介の部屋に無理やり入ってきた。思わず蒼介は後ずさりをし、はさみが刺さっている壁に背中がついてしまった。
化け物は演説でもしているかのような大仰な声色で言葉を続けた。
「いや、これはそう、あなたはまだ笑顔の持つ力の偉大さを知らないとみた!! なんと憐れか!! これは私たちが笑顔の素晴らしさを教えるほかありませんね!! そうですよね皆さん!!」
皆さん……? と蒼介が疑問を投げかける暇もなく、化け物と同じ笑顔の仮面をつけた集団が部屋の中になだれ込んできた。顔が見えないため正確なことは分からないが、老若男女バラバラな人々が、少なくとも十数人はいる。彼らは統率のとれた動きで蒼介を取り押さえ、壁に押し付ける形で身動きをとれなくさせる。当然、蒼介も抵抗を試みるが、一人対十数人では結果は火を見るより明らかだ。
化け物は、はさみに触手をかけながら言った。
「彼らはですね、つまるところ私の『信徒』というものです。皆私の考えに共感し、世界を笑顔で埋め尽くしたいと考えている。だから私は彼らに人に笑顔を刻むための力(はさみ)を施した。彼らはいずれ、その力で全人類を笑顔にします。素敵でしょ」
蒼介は、化け物がついにはさみを壁から引き抜くのを目の端でとらえていた。化け物はさみを何度も開いたり閉じたりしながら、どこか歪んだところが無いかを確かめているようだった。
「さて、随分な寄り道になってしまいましたが、これも一興というもの。何より、笑顔が増えると思えば何の問題もない。それこそが! 我々の使命なのだから!!」
横で仮面共がうんうんと頷いている。こいつら、本気でこのクソ神を信じているのか、と蒼介は驚愕の意を隠せなかった。
化け物ははさみのチェックが終わったのか、再びゆっくりと近づき、はさみの峰でポンポンと憤怒の表情をしている蒼介の頬を叩いた。
「あなたが笑顔になった所をじっくり見ていたい気持ちも多分にあるのですが、残念なことに時間がありません。我々はこの後、久世十和子の所へと向かわなければならないのでね。手早く素敵に笑顔にしてあげますよ」
大層素敵な物であるらしいその笑顔の仮面に唾でも吐いてやろうか、などと蒼介は思いめぐらせていたが、ふと、言葉に違和感を感じた。何か、おかしい。何故こいつは、十和子を付け狙った。いや、そもそも何故十和子の名前や最近辛いことがあったことまで知っている!! 神だから? 化け物だから? いや違う、それにしては俺のことはほとんど知らない風だった。
ということは、ずっと十和子をストーキングでもしていたのか。いや、それもおかしい。もしずっと十和子の事を見ていたのなら、こいつらの考え的に火事があった直後に殺しにかかりそうなものだ。二週間も経ってから動き出す理由がない。
襲撃が今日になったのには理由があるはずだ。今日、あいつは、十和子は誰と会った? 誰と話した? 誰が火事の事を知っていた?
そこまで考えて、蒼介はハッと気づいた。今日から。十和子は今日、火事の後初めて学校に――。
「!!!」
そこまで気がついても。
蒼介には十和子に忠告する術もなく。
化け物が振り下ろす巨大なはさみが、無慈悲に蒼介の顔を引き裂いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます