1-11

 数秒の沈黙があった。ゼリービーンズは二人の反応を待っているらしい。胸を張ったポーズのまま動かない。


 少なくとも十和子の脳は自衛のために考えることを放棄していた。カミ、紙、髪、KAMI……。かみか。かみってなんだっけ。ぼんやりとゼリービーンズを眺めながら、そんなことをのんびり考えていた。やがて、氷塊が少しずつ溶けるように事態が把握でき始めると、今度はありったけの声で叫んだ。

「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!か、かみぃぃぃぃぃぃぃ!!?」

「ふっざけんな!! てめぇみたいな神がいてたまるか!!!」

 蒼介もほぼ同タイミングで叫んだ。言いたいことがうまく言葉に出来ないのか、地団太を踏んでいる。

「驚愕、動転……。ふむ、想定していた反応と違う。あなた方は、神の目の前にいること、そして、神であると知れたことに歓喜し、笑顔になるはずだったのですがね。まあいいでしょう。続けます」

 神と名乗るゼリービーンズは触手で器用に顎のあたりを掻いた後、再び空を仰いで演説を始めた。

「そう、神。笑顔の神……とでもいいましょうか。笑顔は正義!! 笑顔でいると、幸せになれる。笑顔であれば、周りの人も笑顔になる。笑顔であれば、心が穏やかになる。人々は皆が笑顔であることを望んでいる!! 私は神として世界中を笑顔にする義務があるのです!!!!」


 神ゼリービーンズは足もないくせに器用にその場で一回転し、触手を前に差し伸べるようなポーズをとった。どうやら決め場だったらしい。だが、反応に困る。

最初に口を開いたのは蒼介だった。

「へぇ。で、笑顔を世界中にするって具体的にどうするわけ? 少なくとも俺はあんたに家を壊されて怒り心頭なわけだけど」

「人間が簡単に笑顔になれないことくらい分かっています。怒り、悲しみ、その他もろもろの感情が人を笑顔から遠ざける。ならば、」

 にゅるんっと触手が蒼介の脇をかすめた。そして、先ほどからずっと床に刺さっていた巨大なはさみに触手を巻きつけ、簡単に引き抜く。

 神ゼリービーンズは触手ではさみをもてあそびながら言った。

「こちらで笑顔を作ってしまえばいいだけのこと。口角が上がるよう口を引き裂き、目じりが垂れるよう目を引き裂き。そうすれば例え心の中が悲しみに暮れていても笑顔でいることが出来る。簡単なことでしょう?」


 神ゼリービーンズは素早くはさみの刃先を十和子に向け、ニタリと笑った笑顔の仮面を張り付けたまま言葉を放つ。

「さあ、久世十和子。私はあなたが今悲しみの底にいることを知っている。うまく笑顔になれないことを知っている!! だが、私が来たからにはもう大丈夫。悲しい顔など二度としなくて済むよう、引き裂いてあげるのだから!!!」

 はさみが少し開き、そのまま十和子の顔に刺さりそうになった瞬間、蒼介が肩で十和子を玄関の方へ突き飛ばした。はさみはシャキリと切れ味のよさそうな音を立てて空を切った。


 だが、神ゼリービーンズはさして気にしていない様子で、さらに触手を伸ばし十和子を切り裂こうとしてくる。二発目は、蒼介がはさみの峰の部分を摑んで軌道をずらし、はさみを壁にめり込ませた。

 「十和子!! こいつはまじでヤバい。お前警察に行って事情を話してこい!」

「こ、これ警察案件なの!? 警察で対応できるもんなの?」

「他に手はねーだろ!! とにかく走れ!!!」

 蒼介の怒号のような叫びを合図に、十和子は踵を返して走り出した。捕まったら間違いなく死ぬ。その恐怖だけを胸に抱いて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る