1-7

 十和子はとぼとぼ帰路に着いていた。

担任や保険医と話しあった結果、心のためにも午後はきちんと休んだ方がいいという方向に落ち着いた。今住んでいるアパートに知己がいるのも決め手になったようだ。

自分の中ではとっくに整理がついたと思ったのに。もう平気だと思ったのに。もう戻ってこない現実があることに気付く度、打ちのめされそうになる。いつまでこんな日々が続くのだろうと思うと苦しくなる。それでも今は耐えるしかない。


 このまま家に帰っても何もすることがない、というか夕ご飯や毛布を買っておかないとさすがに今日という日を乗り越えられる気がしない。一度駅前のデパートによって必要なものを買い足さなくてはいけないだろう。幸い、遺産や叔母からのカンパのおかげでへたな使い方をしなければ当分生活には困らないくらいのお金はある。


 そんなことを思いながら駅の方へ歩いていくと、大通りに白い机が置いてあり、その上に大量の花束が置いてあった。献花台、というやつだろうか。よく見ると、お線香から煙が上がっていた。ちらほら数珠やハンカチをもった人も見られる。その多くが嗚咽を漏らしていた。


 飾られている小さな写真には十和子と同じくらいかそれより下の少年がぎこちなく笑っている。

 そういえば、昨日見た連続猟奇殺人事件の現場はこのあたりだった気がする。つまりあの少年は殺されてしまったということなのだろう。


 何故だろう、と、十和子は思った。人が死ぬのは、いなくなるのはそれだけでつらい事なのに何故殺せてしまうのだろう。どれだけ考えても答えなんか出てこなかった。


 亡くなった少年と面識があったわけではないが、十和子は何となくお線香をあげた。どうか安らかにお眠りください。そうありったけの思いを込めて手を合わせる。祈ることで何が変わるわけでもないが、今の自分に出来ることは他に無い。


 数秒したのち、十和子は神妙な顔でその場を離れた。こんな悲惨な事件は、この世から無くなってほしい、心からそう思った。


 しばらく歩いていると、不意に誰かに肩を叩かれた。驚いて後ろを振り返ると目の前に一人の少女が立っていた。

 十和子より少し年上くらいのその少女は全体的に色素が薄く、とりわけ腰下まである長い髪の毛は一本残らず真っ白だった。髪の間から覗く目はこちらが委縮するほど鋭い。表情はとても硬く、何を思っているか一切読み取れない。真っ黒なロングコートに身を包み、どこか恐怖心すら煽ってくるようだ。


 十和子が少し動揺していると、目の前の少女が薄く口を開いた。

「……貴様は、事件で殺された少年の知り合いか?」

 初対面の人間を貴様呼ばわりとはどうなんだろう。ぞんざいな口の利き方に面を食らってしまったが、十和子は質問には答えることにした。

「いえ、特にそういうわけではなくて、何となく合掌しただけなんです。痛ましい事件ですから」

「なら、事件について何か知っていることはないか?」

「いえ、とくには……」

「そうか」

 白髪の少女は、一言だけ呟くとその場から去ろうした。明らかにおかしい、そう思った十和子は「ちょっと、」と引き留めた。

「あの、あなたは一体何者なんですか? 警察というわけでもなさそうだし」

「別に。ただ個人的に事件を追っているだけだ」

「えっと、探偵さん?」

「違う」

 なら、被害者の誰かの知り合いで、復讐のために犯人を追っている、とかだろうか。止めるべきかもしれないが、見ず知らずの人間が勝手に口を出すのもはばかられる気がした。


 何か言うべきか、何を言うのが正しいのか思案している間に、白髪の少女はさっさと献花台のほうへ歩きだしてしまった。殺人犯の情報を集めるのだろうか。気になる。が、気になってもしょうがない。十和子は早く事件が解決されることを願いながら帰路に着いた。

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