1-6
「大丈夫? 十和子ちゃん」
ぐったりしている十和子に、詩菜が声をかけた。
なんとか午前中の授業が終了した。先生方が気を使ってくれ、全ての科目が丁寧な復習付きだったが、元々そんなに勉強が得意でない十和子は詩菜の補助があってなんとか内容についていけるレベルだった。
そもそも時間割が国語、理科、数学、英語って時点で生徒の脳みそを沸騰させるつもりだとしか思えないこの時間割考えた奴出てこいや、と、腹の中では思いながら、
「うん、久々だったからちょっと疲れただけ」
と、極めてにこやかに返した。
「そっか。……うん。ちょっと安心した」
「何が?」
十和子が軽く首を傾げると、詩菜はいつもの笑顔を十和子に向けた。
「だって、とても悲惨なことがあったから、凄くふさぎ込んでしまっていたらどうしようって思ってたの。友達として、何が出来ることがあるのかなって」
「それは……」
「だけど」
詩菜は十和子の頭をなでた。それは、とても優しいぬくもりを持つ手だった。いつもそうだ、詩菜は何か辛いことがあると頭を撫でてくる。それは恥ずかしくもあり、同時にうれしくもある。
「今日会ったら、いつもの十和子ちゃんで安心した。ちゃんと笑っているし。十和子ちゃんは笑っていた方がずっといいよ」
十和子は少し照れくさくなり、笑ってごまかした。
「何それ。私はいつも私だよ」
詩菜は何も言わずに微笑んでいた。数秒の沈黙があった後、いきなり背中から何かにのしかかられた衝撃があった。
「十和っち! 詩菜っち! 二人だけで何の話をしてんのさー。この留依ちゃんが一人ハブられて寂しい思いをしてるんだぞー!」
留依が十和子の背中にしがみ付いている。首に腕が入ってちょっと苦しい。
「る、留依、は、離し」
「そんなことよりお二人さん!」
留依が急に腕を離した。十和子は衝撃で机に頭をゴッチンコする。
留依は手に持っていた保温性の高そうなランチバックを二人の前に勢いよく差し出した。
「四時間もわけわからん授業を聞かされたせいでお腹がペコペコだ。はやくお昼ご飯にしよう」
「えっと、留依ちゃんは授業の内容、わかっとこ、ね」
詩菜が心配そうな眼差しで留依を見つめる。
「ま、テストの点さえなんとかなりゃなんとかなるって。で、十和子はお昼どうするの?」
「あー。購買で買ってくる」
十和子が席を立ち、財布を鞄から取り出すと、留依も十和子の隣に立った。
「あ、あたしも行くー。ついてくー。」
詩菜が机を三つくっつけながら、あきれ顔になった。
「もう。留依ちゃんにはお弁当があるじゃない。」
「いやいや、育ち盛りにはそれっぽっちのお弁当ではまるで足りないのだ。まだまだ身長もおっぱいも大きくなるよあたしは」
二人の会話はその後も続いていたが、十和子には何となく遠くで話しているように聞こえた。
お弁当、お弁当か……。私もついこの間までは当たり前のように作ってもらっていたっけ。ピンク色の、二段のお弁当箱で上の段におかずがあって、大体私の好きなから揚げとプチトマトは入っていた。下の段はご飯で、のり弁のときと、のりたまのときがあった。母はあまり料理が得意ではなかったけれど、それでも私が飽きないよう工夫をしてくれていた。たまに小さなタッパーで果物が入っていたのがうれしかった。中学生のころから使っていた、煮物の汁がしみた後の残る巾着型のお弁当袋をずっと使っていて、いい加減買い換えなくちゃと思いつつ使い続けていたなぁ。
でも今は、お弁当箱も、袋も、全部灰になってしまった。もう食べれない。もう二度と。
「と、十和子ちゃん、涙が……」
いつの間にか泣いていたようだ。止めようと思うがうまく止まらない。声も出ない。
「ごめ゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛! 軽率におっぱいの話してごめ゛ん゛ん゛ん゛!!」
隣で留依も泣き出している。違う。留依のせいではないのに。
「とにかく一回座って、はい、深呼吸」
詩菜が十和子の背中をさすり、席に座らせてくれた。なんとかゆっくり呼吸をする。
誰かが先生を呼んできたようだ。先生もこちらに何かを話しかけてくれているが、何も答えられない。
誰かが渡してくれたハンカチで涙を拭っても栓を抜いたように溢れてくる。止めなきゃと思えば思うほど苦しくなる。
結局、先生に連れられて一旦保健室に行くことになった。十和子は背中で、誰かが「十和子……」とつぶやくのが聞こえた。
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