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  まさか自分が、パンを咥えながら「ちこくちこく~」と言いつつ通学路ダッシュする女子高校生になるとは思わなかった。曲がり角で転校してきたイケメンとぶつかるイベントなどは特に起きなかったが。

 十和子は、朝ごはんにとコンビニで買ったコッペパンを頬張りながら、始業のチャイムが鳴る前になんとか学校にたどり着いた。口の中の水分が急激に減っていくの感じつつなんとか飲み込み、校門をくぐる。

 周りと違いジャージを着ている十和子は、どうしても目立ってしまう。他の生徒から奇異の目を向けられたが、先生からは何も言われなかった。担任や学年主任がきちんと連絡を回してくれたようだ。

 教室のドアを開ける。当たり前だがそこには二週間前と変わらない雑然とした光景が広がっていた。それだけで十和子は少し安心する。

 すでにほぼそろっていたクラスメイトたちは、十和子をチラッと見ただけで、話しかけてこようとはしなかった。数名を除いて。

「あー十和子! 良かった。もう学校来ないのかと思ってたー!」

 そう言いながら前髪をくじらさんのように結わえた、小柄な少女が十和子に抱き着いてきた。彼女は中学時代からの友人、高畑留依だった。子猫のような目で、真っ直ぐ十和子を見つめてくる。

「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」

「本当だよ! 今日来るっていうから今か今かと待ってたのに全然来ないんだもん」

「あー、それは、コンビニで飲み物を買うときに爽健○茶にするか十○茶にするか迷って」

「なにさそれ。そんな理由だったの!?」

 留依が十和子の肩をぺしぺし叩く。この天真爛漫な言葉と態度。前と変わらないノリだった。

 そんな感じでじゃれ合っていると、もう一人、十和子の前にやってきて留依の腕を摑む。「ほら、留依ちゃん。十和子ちゃんが席行けなくて困っているから、ね」

そういいながら、二人に向かって優しく微笑んだ。

田上詩菜。常に周りからマイナスイオンが出ていると噂されるほどの癒し系の少女。目の覚めるほどの美人というわけではないが、いつもにこにこしており男子の人気もかなり高い。肩上で切りそろえられた細い髪がサラサラと流れる。

「えー。十和っち困ってないよ、ねぇ」

不満げな留依がほっぺを膨らませる。十和子はそのほっぺを突きつつちょっとだけ笑った。「あはは。まあそんなに困ってない。でもそろそろ先生来るから支度しなきゃ」

留依が少し不満げに道を譲る。十和子は詩菜と共に教室の窓際まで行った。

「ごめんね十和子ちゃん。留依ちゃんね、昨日先生から十和子が明日学校に来るってきいて、いつもより30分以上も前に学校着いたらしくて。ずっと会いたがっていたから。今朝もずっと時計を気にしてて」

「へぇ、いつも遅刻ギリギリなのにね。ちょっとうれしい」

日常生活の大部分がガラッと変わってしまった中で、変わらない場所があること、待っててくれた人がいること。これだけで自分の心がかなり救われている。やっぱり学校に来てよかったと、十和子は二週間ぶりに席に着きながら思った。

「教科書とか無いだろうから私のを見ていいよ。分からない所があったら聞いてね」

隣の席の詩菜がほっとする笑顔で言ってくれる。十和子が軽く頷くと、丁度担任の先生が教室に入ってきてホームルームが始まった。

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