1-3

 部屋に入った十和子は、持っていたバックとキャリーケースを部屋の隅に放り投げると、そのまま畳の上で仰向けに寝っころがった。思いのほか体がだるい。今までの疲れがどっと出たようだ。何をする気も起きない。帰ってくる道中は、家についたら掃除や洗濯をしようと思っていたのに。


 元々家具付きの賃貸として貸し出されていたものであったし、2週間前までは父や母がメンテナンスをしてくれていたおかげで身一つで転がり込んでもなんとかなる最低限の家具は一式揃っていた。だが、やはり少し埃っぽい。普段の自分なら耐え切れず、軽く掃き掃除でもしたものだが、今はさすがにやる気が出ない。もう少し叔母さんの家に厄介になっておくんだったかなと、十和子は早くも後悔し始めた。


 なんとなく視界に天井のシミが目に入った。別にみたいわけでもないが何となく目で追ってしまう。前からボロかったけれど最近さらにボロくなったなぁ、というか、こんなことしている場合じゃないんだけどなぁと思いながらも、起きる気もなかった。


 どれくらい時間が経ったのだろうか。しばらくしてピンポーンと聞き慣れないインターホンの音が鳴った。それからしばらくしてドンドンとドアをたたく音と蒼介の声がかすかに聞こえてきた。おーい。生きてるか―。そんなことを言っている気がする。


 はぁ……と、ため息をつきながら十和子はのそのそと起き上った。心配をして見に来たのか。蒼介の世話好きにも困ったものだ。小さい頃はよく遊んでもらっていたが、その時から世話好きの心配性で、ちょっと転んだだけで泣きながら絆創膏をベタベタに張り付けられた。

などと、ぼんやりと過去の事を思い出しながら玄関口に向かう。重いドア開けると思った通りに蒼介が立っていた。

「何か用……? ってか、外、暗!」

「そりゃ、日が長くなったとはいえ、とっくに七時回ってんだ。当然だろ」

 七時……。気が付かないうちに眠っていたのだろうか。板張りの床の上に長時間転がっていたらしい。その証拠に体の節々が痛い。

 十和子が軽くうろたえていると、蒼介が十和子に右手に持っていた白い器を差し出した。

「えっと…これは?」

「肉じゃが。作ったから。少しは栄養あるもん食わねえと。てか他に食い物あるのか」

「あ……ええっと」

 返答に詰まってしまった。蒼介の目にまた心配が映っていく。

「なんもねえなら俺の部屋に白米もあるけど。食うか?」

「い、いやいやへーきへーき。肉じゃがもらえるだけで本当ありがたいし」

「いや、けど……」

「おいしくいただくから。また明日ね」

 強引に言い切ってドアを閉める。器からは良い匂いと共に白い湯気がもくもくと出ている。肉やジャガイモの他、ニンジン、玉ねぎ、糸こんにゃく、グリーンピース、椎茸、インゲンや豆腐、ウズラの茹で卵やさつま揚げまで入って肉じゃがというよりはなんでも煮と言ったほうが正しい感じだが、おいしそうだ。

よくよく考えればちょっとお腹すいてるかも、と感じた十和子はそのまま床の上に座って、座って――。

「そういえば、箸、ないじゃん」

 そういった細々したところまで気が回っていなかった。さすがに食器類は置いていない。蒼介の部屋まで行けば箸くらい借りられるだろうが、手間だし、何より関節キスだとかそういったことに敏感な年頃でもある。

「汁物だし、箸なしでもなんとか……。ジャガイモがネックだけど、うん。いける。ゆっくりいけば。へーきへーき」

 十和子は器の端に口をつけ、ゆっくりと傾けた。

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