◆228. 将来 2/3


菖蒲あやめちゃん。ミルクティー、もっと飲む?」


「うん。ありがとう、慶次けいじくん」


 梅花見うめはなみの会――大きな公園の一角にある庭園に来ている。お茶会といえばここ、な公園だ。お茶会の時季になると月一、二回は来る。

 梅、桜だけでなく、秋になれば紅葉も楽しめる。お茶会のための施設もバッチリ。室内と庭園を会場としているので、急な雨にも対応可能だ。


 お茶会といえば、主催者の屋敷で、その家の奥様――とも限らないけど――が頑張るイメージだったが、ちょっと違った。お茶会のほとんどは、ホテル、レストラン、公園、イベントホールなど場所を借りて、プランナーを雇い、作り上げる立食パーティーだ。

 もちろん、イメージどおりのお茶会もあるし、奥様が人気のプランナーを押さえたり、プランナーと話し合ったりと頑張っていることに変わりはない。


「お砂糖は?」


「さっき入れすぎちゃったから大丈夫」


 丸いテーブルをいつもの四人で囲んでいる。正面に慶次、左側に一加いちか、右側に一護いちごが座っている。


 いつの間にか、新しいティーポットを給仕人から受け取っていた慶次は、私だけでなく、一加、一護のカップもミルクティーで満たしてくれた。


 一口飲み、ほっと息を吐く。


 今日はぽかぽかいい天気。とはいえ、風はまだ冷たい。ミルクティーが体をあたためてくれる。


(……きれい……)


 白色、赤っぽい色、ピンク色の梅の花が咲きこぼれている。あれほど雪が降り、まだたくさん残っているのに満開だ。三月に咲くのが使命とばかりに、今年もしっかりと咲いている。


 このテーブルは、梅の花を見るのになかなかいい位置にある。


 私たちがいつも陣取る場所といえば、目立たない、会場の端っこ。理由はもちろん、慶次目当て――慶次ファンの女の子から逃れるため。


 なのになぜ、このテーブルを選んだか。


 ……寒かったからだ。


 端っこのテーブルは日当たりが悪く、周りに雪も残っていた。


 それでも、以前の私だったら、寒くても目立たない場所がいいと、しぶったかもしれない。


 去年の春のお茶会から、視線にさらされてきた。一加と一護と、一緒にいたから。二人は双子だ。美少女と美少年の、目を引く双子。


 今の二人を見ていると、とてもそうは見えないが、二人は大人が苦手だった。お茶会には大人もたくさんいる。二人がお茶会に慣れるまでは一緒にいようと頑張った。

 一護が恋人を探しに、一加がそれについていくようになり、もう一緒にいなくても大丈夫だと思えた。なのに、一護の恋人探しの時間以外、離れて過ごすことは許されなかった。


 なんというか……鍛えられた。今日のような場合は仕方がないと、素直に受け入れられるくらいには。


しげる、風邪ひかなかった?」


 慶次は、一護、私、一加とぐるっと順番に目を合わせた。


 先月、三泊四日でお泊り会をした。慶次、茂だけでなく、小夜さよ悠子ゆうこも泊まった。理恵りえと三人、楽しそうにキャッキャウフフしていた。


 三日目。雪合戦をした。子どもだけで。暇そうにしていたてつも誘ったが断られた。


 その雪合戦で、茂の投げた雪玉が、私の顔に命中した。衝撃と痛みで涙が出た。わざとではないことはわかっていたが、一加と一護が怒って、茂を雪に埋めた。砂風呂みたいに。雪遊びを終わりにしたころには、みんな汗と雪で全身ぐしょぐしょになっていたが、茂は特にひどかった。


「ひいてない! ひけばよかったのに! 女の子の顔に当てるなんて、サイッテー」


 一加は、むー、と頬をふくらませた。


「ひかなかったね。さすが、茂」


 一護は含みのある言い方をした。


「私たちもひいてないよ。慶次くんは?」


「僕も大丈夫だったよ。みんな、ひかなくてよかった。お泊り会、いろいろあって楽しかったね!」


 慶次は思い返したのか、ふふっ、と笑みをこぼした。


 そう、いろいろあった。


(四日目は帰る日だったから何も……まあ、お喋りしたでしょ。三日目は雪合戦。その前は……)


 お泊り会、二日目。慶次と一護と茂は、父と律穂りつほに体術の稽古をつけてもらった。慶次は、剣術の稽古も。

 体力の限界まで……遊ばれていた。ちゃんとした稽古だったが、父と律穂が楽しそうだったので、そう見えた。


 シャワーを浴びたあと、ゲームをすることになっていた。勉強部屋で一加と待っていたが、なかなか来ない。客間へ様子を見に行くと……三人とも眠っていた。


 一護と茂は同じベッドで。二人ともベッドに対して、横向きに寝ていた。座っていて、横になったのか、ひざから下はベッドから下りていた。慶次は足もベッドに上がっていたが、布団の中には入っていなかった。誰からともなく眠ってしまったようだった。


 ぐっすりで、ちょっと頬を突いても起きなくて、可愛らしかった。それじゃ、と油性ペンを取ってきて、いざ、というところで起きてしまった。落書きできず、残念だった。


 そして、一日目。

 一番心に残っているのはこの日だ――。



 慶次が着いて、昼食をとって、勉強部屋に移動しているとき。一加に、ちょっと来て、と手を引かれ、なぜか私の部屋に。


「一護が三人だけで話がしたいって。剣術とか、体術のことで聞きたいことがあるって言ってたでしょ? だから、ワタシたちはここで待ちます」


「え? なんで? なんで一緒にいちゃいけないの?」


 思ったことを口にしただけ。でも、一加は責められたと感じたのか、本当のことを教えてくれた。


「実はね、剣術の話だけじゃなくて、えっちな本の話もしてるんだよ。っていうか、ワタシはそっちがメインだと思ってる! 夜になってからすればいいのにね。すぐにしたいんだって。待てないんだって。男の子って、えっちだよね」


 一護と茂が、えっちな本を隠し持っていたなんて知らなかった。大地だいち黒羽くろはからもらっていたなんて。


 一加が、えっちな本を読むことや所持に関して理解があってよかった。見ちゃダメッ! 捨ててよ! と言われてしまったら、一護と茂が不憫だ。手に入れられて、嬉しかっただろうから。



(――私も見たい)


 一加は見つけたときに、パラパラと中身を見たそうだ。私も見たい、読みたい。どんな本か、すごく気になる。


(なんでダメなの? も〜、小夜さんにも誰にも言わないって言ってるのに!)


 折を見て、是非とも借りよう! と思っていたら、次の日――二日目の稽古の前、茂に呼び出された。


『エロ本のことは、母ちゃんにはナイショだ!』と。


 内緒にするから私にも見せて、とお願いしたが断られた。一護はうなずいてくれたのに。


(茂くんのおでこに『カシテ』って落書きしたかった!)


 そして、夜。

 甘酸っぱい出来事と、切ない出来事が――。



 夕食をとり、お風呂に入ったあと、応接間で遊んでいた。


 そろそろ眠る時間。一護が私の頬におやすみのキスをすると、一加が驚くことを言った。


「今日はみんなにおやすみのキスしてよ!」


『ショウとおやすみのキスしていいのは、ワタシと一護だけ!』だったら、わかる。


 しかも、一護まで「今日だけ、いいんじゃない?」と賛同。


 二人の意図はよくわからなかったが、頷いた。


「一加がするならね。一加がしたら、私もするよ」


 ――なんて素晴らしい思いつき!


 慶次も茂も、一加におやすみのキスをしてもらえる。一加と私からなら、やはり最初は一加――好きな子からがいい。それに、私が先にしてしまうと、『する』と言っておいて『やっぱり、やだ』と手のひらを返されるかもしれない。


 一瞬――たった数秒でベストな条件を出せたことに、内心興奮していた。


 一加は条件をのんだ。まずは、そのとき隣にいた慶次に。次に、茂に。


 慶次は、してもらえると思っていなかったのか、目をぱちくりとさせた。

 茂は、茹でダコのように真っ赤になっていた。


 一加がしたので、私からもおやすみのキスをした。茂、慶次の順番で。一加の感触を消さないよう、一加がしたほうとは反対側の頬に。


 一護におやすみのキスのお返しをうながされた慶次は、私にだけしてくれた。私だけだったのは、「ワタシはパス!」と、一加が断ったから。


 一加なしでは意味がない。なんとかしようとしたが、あわてた様子の慶次に、「菖蒲ちゃんだけでも」と言われ、私だけしてもらった。



(――も〜、ニヤニヤしないようにするの大変だった〜)


 好きな女の子に、おやすみのキスをしてもらう慶次と茂。思わず顔がゆるんでしまう甘酸っぱい出来事。


(二人とも、お返しすればよかったのに。……まあ、仕方ないか)


 一護が慶次にだけお返しをすすめたのは、茂は絶対にしないからだろう。


 慶次があわてて、『一加もじゃないと嫌』と言おうとした私をさえぎったのは、


『一加ちゃんからおやすみのキスをしてもらえただけで充分。一加ちゃんがいらないなら、お返ししないよ。ムリヤリして嫌われたくないから、菖蒲ちゃん、やめて』


ということだったんだと思う。


(……ただ……切ないことも……)


 この一件で、あることに気づいてしまった。


 三角関係の相関図に変化があったことに。


 一加は私の出した条件に、少し不満をらしただけで、あっさりと了承した。私が迷うか断ると踏んでいて、最初から『ワタシもするから』とつけ加えるつもりだったのではないだろうか。


 一加の意図――目的は、慶次か茂におやすみのキスをすること。私のキスはカモフラージュ。一護は、知っていたか察したかで、一加に合わせた。


 一加がキスしたかったのは、慶次か、茂か。


 その答えは、お返しのキスが教えてくれた。一加は、慶次からのお返しをキッパリ断った。好きな子からのキスなら、してもらったはずだ。


 それはつまり、一加の矢印の向きが、慶次から茂に変わったということ。


(まあ、二人は恋人じゃないし。想いを伝え合ってたわけでもないし。一加の慶次くんへの想いも、好きかも? って感じだったし。それが変わったってだけ……だけど……)


 チラッ、チラッ、と一加と慶次を盗み見る。二人は美味しそうにクッキーを頬張っている。


(……慶次くんは失恋か……。茂くんにとっては嬉しいことだから、拍手したいんだけど……)


 あちらを立てればこちらが立たず。


(……また変わるかもしれないし……)


 一加に心変わりを尋ねるのは、もう少し経ってからにしよう。しばらくは騒がずに、見守ることにする。


 ふーっ、と息を吐き、クッキーを一枚頬張った。

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