第3章 ⑦ 本邸 13歳、14歳

◆227. 将来 1/3


 最近、将来のことを考えている。


 あと三ヶ月ほどで十四歳。そろそろ男爵家の一人娘としてうんぬん――というわけではなく、当てのようなものが外れるという、きっかけがあって。なんとなく外れそうな予感はあったから、外れたことに驚きはしなかったけど。


 十二月と一月――学園の冬休み。黒羽くろはは帰ってこなかった。


 今年の冬は、大雪おおゆきとし――五年周期でやってくる雪の多い冬だった。十二月上旬の降雪量から、帰省を取りやめ学園で過ごすようにと、父が判断した。


 この判断は正しかった。帰ってこなくて大正解だった。


 例にれないどころか記録的で、通行止めになってしまった道もいつもより多かったと新聞に載っていたし、ラジオでも言っていた。父やてつたちも、いつもより大変、と困っていた。私としては、比較できる――覚えている大雪の年は前回の一回くらいなので、そうなんだ? そうかも? といったところだったけど。


 黒羽が次に帰ってくるのは、夏。

 春――四月ではない。


 黒羽は学園を卒業しても、家……湖月こげつ邸に帰ってこない。王都あたりで就職するそうだ。


 王都あたり――。正確な場所は知らない。何になるのかも知らない。教えてもらえなかった。


 人づてではなく、直接たずねた結果だ。


 父が黒羽に電話をかけたときに、かわってもらって話をした。電話に出たのは私だけではない。一加いちか一護いちご、徹たちもだ。帰省できない黒羽に、誕生日おめでとう、成人おめでとう、と言うために。


 お祝いの言葉だけ。卒業後のことを聞くつもりはなかった。私には言いたくないかもしれないと思って。


 でも、「今後のことなんですけど」と仕事の話を振ってもらえて、嬉しくてつい、「どこで?」「なんになるの?」と尋ねてしまった。返ってきた答えは、「それはちょっと」「それもちょっと」だった。


 湖月邸ここには私がいる。厄介な私が。だから、『たぶん』とは思っていた。けど、『それでも』とも思っていた。ほんの少し期待して、どこで? と尋ねた。なんになるの? もそうだ。


 ――帰ってこないの? ……わかってたけど。


 やっぱりそうなんだ、と悲しく、寂しくなった。でも、黒羽が決めたこと。


「教えてくれないの? イジワル! 残りの学園生活、楽しんでね。春からの新しい生活、応援してる!」と、明るく振る舞い、一加にかわった。


 私は――


 黒羽が湖月家を継ぐのだと思っていた。


 私のことが好きだから。結婚したいと思っているだろうから。そういうことではない。


 父だ。


 父は、黒羽を養子にする、跡継ぎにと考えている、と思っていた。そういう話をちらっとも聞いたことはない……けど、私はそう感じていた。感じることがあった。


 たとえば、黒羽が招待状をもらっていたお茶会。初めのころは父の剣術部、騎士時代のつながりが多かった。父の友人、知り合いが、湖月下の黒羽を招待してくれていたから。それが、学園に入学する一年前くらいには、それ以外と半々になっていた。

 父がほかでも招待してもらえるよう、手配したのではないかと思った。黒羽はお茶会で目立っていたから、見かけた人が招待してくれただけのかもしれない。たまたま、意味なんてないのかもしれない。でも、私には父が将来を見越しているように思えた。


 黒羽が学園で恋をしたと知っても、みなと瑛太えいたに私が黒羽にどう思われているかを突きつけられても、その考えは完全には消えなかった。黒羽からの手紙は父にはずっと届いていたし――報告込みだから当たり前だけど――、湊と瑛太も父には悪い印象を持っていないようだったから。


 でも、黒羽は湖月家以外の仕事――離れた場所での仕事を選んだ。


 私の中では決定していた、湖月家の跡継ぎの席が空いてしまった。


 父は、私の好きにしていい、と言ってくれている。家のことは考えなくていい。考えるにしても、学園でいろいろと学んでからでいい。まだまだ隠居するつもりはない、と。

 恋人、結婚相手についても、王族でも華族かぞくでも平民でもいい、大切なのは人柄、と昔から変わらない。


 なりたいもの。やりたいこと。今のところ、特にない。ただ、家を継ぐ継がないに関わらず、三年くらいは地元ではないどこかで働いてみたいとは思っている。父のように。

 ……父の場合は帰らないつもりだったから、状況はちょっと――いや、かなり違う。一緒にしてはいけないかもしれない。


 父は三つ下の弟と二人兄弟。でも、跡継ぎは弟だった。


 徹から聞いた話をまとめると、父の両親は弟を溺愛していた。父は表情が乏しく、弟は豊かだったから。父が顔と肩に火傷を負ったことが決定打となって、跡継ぎは弟に。

 父は、周りの勧めもあり騎士になった。しかし、騎士になって二年が過ぎようとしたころ、両親が亡くなり、騎士を辞め実家に戻ることに。まだ学生だった弟の代わり――弟が卒業するまでの名代みょうだいとして。

 一年後。卒業した弟は、家を継ぐことを拒否して旅に出た。なので、そのまま父が継いだ。



 ――ゴクッ


 砂糖をたっぷり入れたミルクティーを一口飲む。少し冷めてしまっていた。


(このミルクティーのように私の考えは、ぬるーくて、あまーい……)


 黒羽も私と同じ考えで、外で数年間働いてから帰ってくるつもりだったらいいな――などと、この期におよんでまだ期待している。


 父が黒羽をどうしたかったのか、本当のところも知らないのに。


(……好きにしていい、だよね、きっと。お父様は黒羽にもそう言ってたんだろうな)


 ゴクゴクとミルクティーを飲み干す。


(……これで終わった……んだよね?)


 湖月邸に帰ってきて、父のもとで働くのなら、私の存在は大問題。だがしかし、関係のない場所でなら、たいした問題にはならない……はずだ。帰省してきたとしても、学生のときより日数は減るだろうから、顔を合わせる時間もぐんと減る。


『黒羽に好きな人と自由に思う存分、ラブラブ、イチャイチャしてもらおう作戦』を続ける必要はなくなった――といえると思う。


 もしも、黒羽が私と同じ考えで、数年後に帰ってくるつもりだったとしても問題ない。あと二年で、私は学園に入学する。卒業後、三年は帰ってこないつもりだ。黒羽が一年後に帰ってくるということでなければ、あと八年は、たまに会うくらいの関係。


 八年――。もし、その間に、私に恋人ができなかったとしても、それだけ経てばさすがに『厄介者』は返上できているだろう。


(うーん……。それでも、結婚には厄介……邪魔かな?)


 恋人との結婚。湖月家に女性を入れるとなると邪魔になるかもしれない。一人娘の私が残っていたら、気を使って結婚できないかもしれない。


(私だって、八年あったら恋人の一人や二人くらい……できててほしいけど……。二十一、二歳まで恋人できない……ってあるなあ。ありえるな〜)


 カップの底の溶けきらなかった砂糖の粒が、いやに目につく。


(家には帰らない、結婚するまで外で働くってことにしておけば、大丈夫かな? 大丈夫だよね?)


 黒羽が父のもとで働くことになったときは、黒羽が結婚するまでそう言い張ろう。


(……いや、夢見よう! まだ十三歳だよ。きっと、素敵な恋人ができる……はず!)


 できない方向で想像してしまったが、学園で恋人ができるかもしれない。卒業後にできるかもしれない。なんだったら、明日にでも突然の出会いがあるかもしれない。


 恋人どころか、結婚している可能性だってある。湖月ではなくなっている――名字が変わっているかもしれない。


(……名字、か。黒羽、名字どうするのかな?)


 孤児院にいるときは仮の名字、湖月家に引き取られてからは湖月下こげつしたで通してきた。


 黒羽は、赤ちゃん――生後五ヶ月くらいのときに、カゴに入れられて、孤児院の敷地内に置き去りにされていた。カゴもおくるみも、どこにでもあるようなもので、メモ書きやお守り、生まれに関するようなものは何一つなかった。


 だから、黒羽の本当の名字はわからない。名前も、誕生日もわからない。


 黒羽の名付け親は、実親ではなく、当時の院長だ。誕生日は、カゴの底の穴をふさぐために敷かれていた新聞紙から。その新聞紙の日付が十二月十二日で、その日付からの月齢と発育がだいたい合っていたことから、その日を誕生日としたそうだ。


 学園を卒業したら、湖月下も卒業できる――そのまま使うこともできるけど――。成人しているので、自分だけで名字をつけることが可能だ。王族、伯爵以上の華族かぞくと同じ名字をつけることはできないが、基本自由だ。


(黒羽が名字決めるとき、一緒にいたかったな……)


 名字をどうするか悩む黒羽に、あれもいい、これもいい、と余計に悩ませるようなことを言いたかった。

 名字だけじゃない。本当は、卒業後についても、あれこれ言いたかった。


 これからを話す黒羽を、そばで見ていたかった。

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