226. 好きな、人/やつ/子 3/3(慶次)


 お風呂に入ったあと、トランプをしながらお喋りしていた。菖蒲あやめちゃんの部屋でも、勉強部屋でもなく、応接間で。夜でお客様が来ることもないし――来ることもあるけど――、五人全員がゆったりソファーに座って遊ぶのにはここがいいからって。


 解散して眠るように、と理恵りえさんに言われていた時間に差しかかった。


「ショウ」


 一護いちごが菖蒲ちゃんの頬にキスをした。おやすみのキス、と。


 数時間前に、胸に引っかかったこと。それを思いだした瞬間だった――。



 一月。一護から、話したいことがある、と電話がかかってきた。僕の家の近くまでしげると来てくれる――菖蒲ちゃんは外出禁止中で、一加いちかちゃんとお留守番――、とのことだった。

 四日後。会える日と、湖月こげつ邸に泊まりに行く日程を伝えた。


 泊まりは、菖蒲ちゃんとの約束だ。

 一護からの電話のときに、菖蒲ちゃんともお喋りした。黒羽くろはさん、兄様にいさま大雪おおゆきとしの話から、五年前、一週間くらい湖月邸の別邸に泊まった話に。


「懐かしいな。また泊まりに行ってもいいか、お父様に聞いてみる」


 どうかな? とは聞かずに一方的に決めた。菖蒲ちゃんだけだったら、泊まりに行きたいとは言えないけど、一護に茂もいる。菖蒲ちゃんは、私も聞いてみる、と話に乗ってくれた。


 一護は、


「なら、話は泊まりに来たときに。そっちに行くのは、また今度にするよ」


 行きたくて、うらやましがっている人がいる。電話の向こうで可笑おかしそうに言った。


 そして、今日――三泊四日のお泊り会初日。湖月邸に着いて、二時間後。一護の『話したいこと』の内容が明らかになった。


 電話があってから今日までの間、予想していた。


 話ってなんだろ? 菖蒲ちゃんのことなら、一加ちゃんが何か言うだろうし。一護自身のことだよね? 一護に好きな子か、恋人ができた? お茶会で、女の子と楽しそうに喋ってたし。でも、雪なのに、こっちまで来て? そうまでして教えてくれるって、嬉しいけど。……もしかして、僕が菖蒲ちゃんを好きだって一加ちゃんに聞いた? それで、悪いと思って、一護の好きな子を僕にも? ……それともまさか、茂の話? 茂と一加ちゃんの間に何かあった?


 だいたい当たっていた。


 話を聞いて、共同戦線の不明だった部分がわかった。一加ちゃんが一護から目を離せなかった理由。教えてもらえなかった解除の条件。


「一加はボクのために慶次の気持ちを利用した」


 一護は謝ってくれた。


 菖蒲ちゃんとのお喋りを妨害されたりするのはちょっと――かなり嫌だったけど、共同戦線関係なく邪魔すると言われていた。

「ちゃんと見張っててよ!」そう怒られたりしたけど、菖蒲ちゃんが男の子に話しかけたこと、かけられたこと――僕の知らなかったことを教えてもらえた。


 利用されたなんて思っていない。利用していたというなら、僕もだ。お互い様だ。


 僕の胸に広がったのは、怒りや不満ではなく、感動のようなものだった。


 一加ちゃんと一護は、姉弟きょうだい思いだと菖蒲ちゃんから聞いていたし、仲良しなのは知っている。けど、あまりそういうふうには見えない。特に一加ちゃんを見ていると、弟思い? と首をかしげたくなることもある。そんな一加ちゃんの、弟思いを感じることができたから。


「僕たちって、似てるね」


 一護は、え? と驚いた。


 僕が自分の気持ちに気づいたのは兄様に指摘されて。一護は自分で、僕は指摘されて。その差はあるけれど、姉、兄が先に気づいていたという点は同じ。

 僕の説明を聞いた一護は、「そうだね!」と真顔で僕の手を両手でガシッと握りしめた。


 菖蒲ちゃんに関するルールを決めた。


 自分たち以外の情報は共有する、と。


 共同戦線を張るから、もとより情報共有はするつもり。大事なのは、自分たちを除くってところ。菖蒲ちゃんとこんなことをした――という報告は、お互いにする必要はないってことだ。

 ただし、告白したときと心変わりしたときは、報告することにした。告白は、したあと、結果が出てから。恋人になったか、フラレたかを。心変わりしたときは、気持ちが変わった、とだけ報告する。新しく好きになった子のことは言わなくてもいい。



(――問題なんてないって、思ってたけど……)


 一護の話を途中でさえぎるのは悪いと思い、気になったけどそのままにしてしまったことがあった。忘れていた。


(こういうこと……おやすみのキス……とかのことを、言ってたんだ……)


 今までどおり――。


『今までどおりやらせてもらう』

『今までどおり過ごそう』


 一護はそんなことを言っていた。モヤッとするものがあった。


 菖蒲ちゃんと一護はとっても仲良しだ。ふれあうことも多い。

 それを見ても、いいな、と思うくらいだった。好きな女の子の手や腕や髪に、男の子がふれているのに。それくらいしか感じずにいた。


 姉弟だと思っていたから。


 一護にとって、菖蒲ちゃんは一加ちゃんと同じだと聞いていたから。菖蒲ちゃんも、三つ子にしてもらえたと喜んでいたから。


 でも、もう、そうは見れない。一護は僕と同じ気持ちだと知ってしまったから。


(……したくないけど、嫉妬……しちゃうな)


 ちょっと落ち込む感じ。久しぶりだ。黒羽さんと最後に会ったとき以来。


「慶次くん」


 菖蒲ちゃんの隣にいた一加ちゃんが、いつの間にか僕の隣に。コソッと話しかけられた。


「なに?」


 一加ちゃんのほうを向かず――菖蒲ちゃんと一護に視線を向けたまま返した。


「お詫びってわけじゃないけど。今回だけだよ。一護が言うから」


「…………え?」


 早口で言われたのと、菖蒲ちゃんたちに気を取られていたのとで反応が遅れた。


(どういうこと?)


 一加ちゃんに顔を向ける。一加ちゃんは菖蒲ちゃんのほうを向いていた。


「今日はみんなにおやすみのキスしてよ!」


「ええっ!?」


 一加ちゃんの言葉に驚いて、大きな声が出てしまった。


「そうだね。せっかくだし。今日だけ、いいんじゃない?」


 一護が同調する。


(せっかくって、何がせっかく? ……う、嬉しいけど……)


 菖蒲ちゃんに目を向ける。


(こ……とわるよね?)


 期待してはいけない。ガッカリするだけだから。


「……みんなに?」


 菖蒲ちゃんは、僕たちをグルッと見まわした。


「……いいけど」


(いいの!?)


「一加がするならね。一加がしたら、私もするよ」


「ええ〜。ワタシも〜?」


「私だけはイヤ。なんか恥ずかしい。一加がしないなら、私もしない」


「えー。おじさんにするくせに。……まあ、しょうがないかあ」


 肩に重みを感じた。次の瞬間、頬にやわらかい感触。


 一加ちゃんが立ち上がるのと同時に、一護が茂の背後にまわり込む。一護は、茂の両肩に手を置いて体重をかけた。


「な、なんだよ!」


「みんな、って言っただろ」


「はあっ!? いいっ! 俺はいいっ! おいっ! 一護、やめろっ! どけっ!」


「茂、動くと口にしちゃうかもしれないよ」


 ガチッ――と、茂は固まった。そのすきに一加ちゃんは頬にふれた。


「ショウも今のうちに」


 一護が菖蒲ちゃんに声をかける。


「茂くん、ごめんね」


 菖蒲ちゃんは、一加ちゃんと反対側の頬にキスをした。


 茂はブスッとふくれっ面に。けど、顔――耳まで真っ赤で、照れているとまるわかりで、可笑しくて吹き出してしまった。にらまれたので、顔をそむける。


「慶次くん、いい?」


 菖蒲ちゃんが僕の正面に。


「う、うん」


 うつむき、唇を結んだ。


 頬に菖蒲ちゃんの……唇の……感触。


 カアッと顔が熱くなった。


「慶次、お返しは?」


「えっ?」


 一護に顔を向ける。


「ショウにも、おやすみのキス、してあげたら?」


「えっ? 僕……から……?」


 思わず菖蒲ちゃんの頬に目を向ける。


「……えっと、一加と……私にもしてくれる?」


「ワタシはパス! ショウだけしてもらいなよ」


「えっ!? 一加もじゃないと――」

「あ、菖蒲ちゃんっ!」


 このままだと、チャンスを失う。そう感じて、あわてて菖蒲ちゃんの言葉をさえぎった。


「菖蒲ちゃんだけでも……お返し、して、いい?」


 驚いた顔で、パチパチとまばたきをしている菖蒲ちゃんに、もう一度、いい? と聞いた。


「……うん。それじゃ、お願いします」


 差し出された頬に、ゆっくりとふれた。


「ありがとう、慶次くん」


 にこっと微笑んだ菖蒲ちゃんに、こちらこそ、と平静を装って返す。


(やったー! 嬉しいっ!)


 頭の中でバンザイした。



 このあと、男だけで集まって、エロ本を見たり、えっちな話をしたりした。そういう予定だったわけじゃなくて、流れで。

 共同戦線の話をしている最中。一加ちゃんは菖蒲ちゃんを引き止めるために、一護と茂がエロ本を隠し持っていることを菖蒲ちゃんにバラし、えっちな話もしていることにしていた。そのことを一加ちゃんが一護に報告。そして一護が僕たちに。茂は、「母ちゃんにバレる!」と、しばらくうろたえていた。


 二日目は、なんと湖月様に稽古をつけてもらえた。湖月様が剣を持つ姿を見たのは初めてだった。お父様も、大地だいちさんも、敵わない強さ。すっごく強いとしか言いようがなかった。律穂りつほさんもすっごく強かった。

 三日目は、雪合戦をした。茂が投げた雪玉が、菖蒲ちゃんの顔面に当たってしまい、茂の味方だった一加ちゃんと一護が手のひらを返し、茂は雪に埋まった。

 四日目は、昼食まで――迎えの馬車が来るまでの短い時間だったけど、みんなでいっぱいお喋りした。


 菖蒲ちゃんに、頬にキスしてもらえた。菖蒲ちゃんの頬に、キスすることができた。一護と茂と、好きな子の話とえっちな話をしたからか、さらにすっごく仲良くなれた。


 最高のお泊り会だった。

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