225. 好きな、人/やつ/子 2/3(茂)


 今日から四日間、湖月こげつ邸で過ごす。昼だけじゃなく、夜も。


 慶次けいじが泊まりに来ることになったから、俺もってなった。つーか、最初から俺もってことになってた。なんなら母ちゃんと悠子ゆうこさんもってなって、みんなで泊まることに。


 俺たちだけじゃなくて、母ちゃんたちも楽しそうだ。いつもよりよく喋ってるし、なんかそわそわしてる。夜に高い酒を飲むとか言ってたから、それでかもしれない。


 もとは、『慶次の家の近くまで、乗合馬車を乗りついで行ってみよう』って話だった。言いだしっぺは一護いちごだ。


 近くまで行くから会おう――。一護が慶次に誘いの電話をかけた。そこにショウもいて、お泊り会の話になって……。お泊り会を二月に、出かけるのは春になってから、になった。


 それならそれでいい。けど、ちょっと残念だ。雪のなか遠出するのを楽しみにしてたから。



(――ぜってぇ、勝つ)


 到着した慶次を客間――俺と一緒の部屋――に案内して、そのあとみんなで昼メシを食った。茶を飲みながらちょっと休憩して、それじゃあ遊ぶかって、勉強部屋に移動してきた。


 てつさんがリバーシのセットを二つ買ってくれた。全部で三つになったから、誰か一人が二人同時に相手にするとかすれば、五人同時に遊べるようになった。

 その誰かを、まずは慶次にやらせる。慶次が一番強いから、俺たちで勝手に決めた。慶次と対戦する相手は、慶次が来る前にジャンケンで決めておいた。俺と一護だ。


 慶次にはほとんど勝ったことがない。二人同時なら、いつもより勝つチャンスがあるはずだ。


「まあ、座ってよ」


 部屋に入るなり一護に言われた。慶次が椅子に座る。


しげるも」


「あ? なんでだよ」


 リバーシは三つとも、まだ箱の中だ。


「いいから、座って」


 俺が箱を引き寄せながら座ると、「まずは話がしたい」と、一護が立ったまま続けた。


(……ちげぇだろ)


 慶次に二人同時のことをバラすのは、リバーシの盤と石、椅子を並べて、二つの盤の中間に置いた椅子に、慶次を座らせてからのはずだ。


「電話で言ってたこと?」


 慶次が聞くと、一護はうなずいた。 


(電話? ……んだよ、俺には関係ねー話かよ)


 手もとに顔を向け、箱のフタを開けた。


「二人が一加いちかと張ってた共同戦線のことなんだけど……」


 共同戦線――。勝手に仲間にされた。関係あるけど、関係ない。ショウが誰と友だちになろうと、俺には関係ない。


(好きにさせてやれよ。過保護なんだよ。……まあ、変なやつとつるませたくねぇってのは、わかるけど……)


 フタを逆さにしてテーブルに置き、そこに箱の下の部分を重ねる。


(一加のやつ、ショウと一護にはナイショって言ってたのに話したんだな。……そういや、何やってんだ?)


 箱から盤を取り出しながら、ドアに顔を向ける。ショウと一加が、なかなか部屋に入ってこない。俺たちの後ろを歩いてた。少し離れてたけど、数秒の距離だ。


「……共同戦線は、ボクのためだったんだ。ボクがショウのこと好きだか――」

「はあっ!?」


 ガシャンッ!!


 持ち上げてた盤を落としてしまった。箱にスッポリ、元どおりに収まった。


 一護と慶次が、同時に俺のほうを向く。


「なんで、茂が驚くの? ボクのこと、一加から聞いて知ってたでしょ?」


「そうなの?」


「そ……だけど……。ショウに聞かれるぞ。いいのかよ」


 廊下にいる二人に聞こえないよう、声をかなり落とした。


「ショウと一加は、ショウの部屋。ボクが呼びに行くまで、ここには来ないよ。ショウが来ようとしても、一加が止めることになってるから大丈夫」


「ショウ……も、だけど……」


 チラッと慶次を見る。


(一護は慶次の好きなやつ知らねーのかよ!? 一加はそこはバラしてねーのか!?)


「とりあえず、ボクの話を聞いてよ」


 そう言われて、慶次が一護のほうを向いて座り直した。俺も一護のほうを向いた。



「――というわけ。それで、恥ずかしいんだけど、十一月くらい……ショウが友だちを作ろうとしてるのを見てて、恋だってことに気づいて。十二月の初めのころに、一加にそのことがバレて。十二月の終わりに、共同戦線のことと、慶次がショウを好きだってことを聞いた」


「えっ!?」


 今度は慶次が大きな声を出した。


「……え、あ……、そうなんだ。話があるって聞いて、なんとなく……そうなのかな? って思ってたけど……」


 慶次はうつむきかけた顔を上げた。


「……僕のを聞いたから、僕にも教えてくれたってこと? だよね?」


「まあ、そんな感じ。……慶次。そういうことなんだけど、これからも友だちでいてくれる?」


「も、もちろんだよ! これからも、ずっとだよ!」


 慶次は立ち上がり、困ったような笑顔の一護に右手を差し出した。慶次の手をジッと見つめた一護は、その目を顔に向けた。


「……同じ人を好きだと、いろいろあるかもしれないよ? 今までどおりのボクたちで……大丈夫かな?」


「そうだね。きっといろいろあるよね。でも、嫉妬とかはしょうがないよ。それで、もしかしたら喧嘩しちゃうこともあるかもしれないけど。……それでも、大丈夫だよ!」


「……ありがとう、慶次。嬉しいよ」


 一護はにこっと笑い、慶次の手を握った。


「慶次の言葉に甘えて、今までどおりやらせてもらうね。慶次も、ボクも、ショウが好き。でも、遠慮しないで、今までどおり過ごそうね。大丈夫でよかった。生活を変えるのは大変だから」


 握手してた手が離れる。


「……えっと?」


 慶次は首をちょっとかたむけた。


「座って」


「う、うん……」


 慶次が座ると、今まで立ってた一護も座った。


「で、共同戦線なんだけど、継続でもいいかな? ……一加は解除するって言ってたから、張り直すって感じかな? これからはボクも一緒に見張……見守るね。ショウが変な人と友だちにならないように。ショウは危なっかしいから、四人で見守ろう。……それと、これはショウだけじゃなくて、一加にもナイショで。つまり、ここにいる三人だけの秘密で……」


 慶次を見て話してた一護と目が合う。


「一加のことも見張――見守って」


「一加ちゃんも?」


「そう、一加も。一加に仕返しがしたいとかじゃなくて。……ボクたちだけじゃ、申し訳ないから」


 一護はそう言いながら、慶次を見て、また俺を見た。慶次は、ああ〜、と頷きながら俺のほうを向いて、にこっと笑った。


「やっぱり、そうなんだ! 茂は、一加ちゃんのことが好きなんだね!」


「はあっ!?」


 テーブルにバンッと手をついて立ち上がる。


「なに言ってんだよっ! バカじゃねーのっ!」


「茂、うるさい。テーブルが壊れる」


「へ、変なこと言うからだろ! ……お、俺は、別に好きじゃねぇっ。……嫌いって、意味じゃねーからな。友だちだからな」


「まあ、そういうことにしておいてあげるよ」


 一護は、フッ、と鼻で笑った。


「一加ちゃん、かわいいもんね。好きになるの、わかるよ」


 慶次はにこにこしている。


「だからっ!! ちげぇっ!!」


 一護は顔をしかめ、慶次は目を丸くして、のけぞった。また大きな声を出してしまった。


 ドカッと椅子に座り、「くそっ!」と吐き捨てる。


(てきとーなこと言いやがって! ……てきとー……)


 ガリガリと後頭部をかく。


 二人の言うとおり、俺は一加が好き――なんだと思う。


 ショウの話よりも、一加の話のほうが気になるし、ドキッとする。今の話もそうだ。ショウが好きなんだろ? と話を振られても、こんなに大きな声は出さなかった。……と思う。


 ただ、恋かどうかはわからない。


 二択だから。同じ年齢としの女友だちは、ショウと一加しかいない。


(あと三人くらいいれば……な。まあ、いたとして、一番好きだったとしても、言わねーけど)


 一護と慶次を横目で見る。ショウの話をしてる。好きなやつを教え合って、平気な顔――慶次はちょっと照れてるけど――で話をする。俺にはできそうもない。


(……いや、ちげぇ。教え合ってねーな。……一加のせいじゃねーか! ホント、ひでぇ)


 右手に目を向ける。グーパーと、握って開く。


『……うっ、うっ。茂くん、茂くん。ど、どうしよ……。ショウが、ショウがいなくなっちゃったら、どうしよう……』


 ショウが迷子になった日のことを思いだす。一加の手首を掴んで帰った。途中からは、手をつないだ。

 泣く一加の手を引くことと、大丈夫だ、と言うことしかできなかった。ほかにどうすればよかったのか。今になってもわからない。


「――んだよ」


 視線を感じ、顔を向ける。


「今、一加のこと考えてたでしょ?」


 一護がニヤリと口の端を上げた。


「はっ!? はあっ!?」


「ふっ、あはは。そんな反応したら、そうだって言ってるのと一緒だよ」


 慶次は、テーブルに倒れ込むように、半分伏せて笑ってる。


「うっ、うるせぇ! お前ら、話が終わったなら、さっさとショウと一加、呼んでこいよ!」


「まだ、終わってない。今、この時間、なんの話をしてたか、口裏合わせないと」


「だったら、はやくしろよ! 遊べねーだろ」


「はあ〜、しょうがないなあ。ショウに何を話してたか聞かれたら、『剣術のこと』『体術のこと』『秘密』『いろいろ』の四つで通すこと」


「んだよ、それ。そんなんでいーのかよ」


「ショウには、慶次に剣術のことで聞きたいことがあるって言ってあるから。……それに、これなら茂でも簡単でしょ?」


「はあ?」


 じゃあそういうことで、と一護は慶次を連れて、部屋を出ていった。


「……俺でもって。バカにしやがって……」


 リバーシ三つと椅子を五つ並べ、四人が来るのを待った。


 せっかくの勝てるチャンス。一護と慶次の意味ありげなニヤニヤが、うざくて、気が散って、ボロ負けした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る