224. 好きな、人/やつ/子 1/3(一護)
「……はあ……」
廊下にある電話機の前でため息をつく。話す内容を頭の中で何回か繰り返していた。今、伝えることは一つだけだけだ。でも、ついそのあとのことまで考えてしまう。
(……なんでこうなったかなあ。ボクのためだったっていうのは、わかってるんだけど――)
「――ヒィアッ!?」
突然、頬に刺激を受け、変な声を出してしまった。
「あははっ! なに今の!」
「ショウ〜」
刺激の正体はショウの手だった。すっごく冷たい。いつの間にか後ろにいた。全然気づかなかった。
「だって、電話
してやったという笑顔で、首をかしげている。
(……かわいい)
ショウの両手を掴んで、ボクの顔を
「冷たい。……その格好で外に出たの?」
「ちょっとだけだし。面倒くさくって」
外は雪が降っているのに、コートも手袋も身につけていない。鼻の頭と頬が、ちょっと赤い。髪や服に雪がついている。とけたところが、キラキラ光っている。
「風邪ひくよ」
「大丈夫」
そう言いながらも、寒そうに肩をすぼめている。ボクはもうショウの手を掴んでいない。添えるようにふれているだけ。なのに、手を引っ込めることなく、自主的にボクの頬で暖を取っている。
ショウは
一人で、だ。
二週間前の十二月二十七日。ショウが迷子になった日からちょうど一ヶ月経った日のおやつの時間。
ショウは一人で自由に動けるようになった。外出禁止令は解けていないから、家の中と庭だけ。
「……なんで、まだ電話してないの? やっぱり、伯爵家にかけるのは緊張しちゃう?」
「ううん。……まあ、するにはするけど、ショウに何回もかけさせられてるし。
頬をつままれた。軽くなので、本当は痛くない。
「この電話は、私がお願いしたんじゃないでしょ! ……でも、早くかけて。私も
ショウは、ボクの頬をむにむにと
ため息のような深呼吸を一回する。受話器を取り、ダイヤルをまわした――。
「一護に言っておかねばならぬことがあります」
「フッ、ならぬって。……なに?」
ショウの監視が解け、ボクが許された日の夜。おやすみのキスのあと、ショウは旦那様の部屋に向かった。一加とボクは自分の部屋に。
自分のベッドで眠るのは一ヶ月ぶりだ、と思いながら部屋に入った。なぜか、おやすみ、と分かれたはずの一加がついてきて、『ならぬ』発言。
「今までナイショにしてたことがあるんだけど――」
一加は、胸を張り、腰に両手をあてて、偉そうに話し始めた。
「…………な……」
呆然とした。
共同戦線なんて張っていたことには、もちろん驚いた――けど、そこじゃない!
「なんで、慶次がショウのこと好きとか、ボクに言っちゃうんだよ!」
「大丈夫。
「そういうことじゃない」
「大丈夫。茂くんは、一護がショウのこと好きだってことも知ってるから」
「はあ!?」
「公平に対処しました」
一加は
「……なんだよ、それ」
「だいたい、なんで言っちゃうのって。ワタシが言わなくったって、一護だってわかってたでしょ? 慶次くんが誰を好きかなんて。わかりやすいもん。……ショウは気づいてないみたいだけど。まあ、一護の気持ちにも気づいてないし。鈍感だよね〜」
茂の気持ちに全然気づいていない一加には、ショウも言われたくないと思う。
「……ボクが勝手に『たぶん、好きなんだろうな』って思ってるのと、知ってる一加が言っちゃうのでは違うだろ」
「で、どうする?」
「どうするって?」
「慶次くんにどこまでホントのこと話す?」
「ホントのことって……」
「慶次くんは、自分のためでもあるけど、知らずに一護の恋を助けてたわけでしょ? このまま共同戦線解除して、『はい、終わり』って、しちゃっていいの?」
「それは……、そんなの……」
(――決まってるじゃないか……)
「…………
ショウに電話をかわった。受話器のコードを指に巻きつけながらお喋りしている。
キラキラ光るショウの髪を、ハンカチでポンポンと押さえるように拭く。ショウはボクを見て、やわらかく目を細めた――。
「会って、話したいことがある」
そう慶次に伝え、都合のいい日を
茂と一緒に会いに行く。茂にも聞いてほしいから、ついてきてもらう。一人より二人のほうが出かけやすい、というのもある。
友だちとはいえ、平民のボクたちが伯爵邸にお邪魔するのは気が引ける――呼ばれたならまだしも、ボクから行くとはとても言えない――から、近くのどこかで待ち合わせする。
今年は
とはいえ、今年は特に雪が多い――らしい。大雪の年の大雪だ。
雪がとけてから、春になってから、って言われるかもな。春のお茶会で、予定を立てることになるかもな。
今月も来月も会うのは難しい――。
半分断られるつもりで、電話をかけた。
なら、冬が終わるのを待って、約束を取りつければいい? それではダメだ。今の時点で『話したいことがある』――話す意思があることを示しておきたかった。
この電話は、そのための電話だ。春になるころにかけて、一加から聞いたあと、二ヶ月間も放置していたと思われたくない。本当はすぐにかけたかった。けど、年末年始を避けて、今日になった。
慶次は「電話じゃ……」とこぼし、黙った。何も言わずに待っていると、「一週間以内に折り返す、でいい?」と、詳しくは聞かずに応じてくれた。
(――電話で話すことも考えたけど……。やっぱり、顔を見てじゃないと……)
「…………うん? あ、いいね! ……ふふ、懐かしいね。……うん! 聞いてみて。……うん、私も聞いてみる。…………うん。うん、またね! はい、一護」
ショウから受話器を受け取る。短い挨拶を交わして、電話を切った。
「慶次くんね、もしかしたら泊まりにくるかもしれないよ」
「え? 泊まり?」
「慶次くんと慶一様が、別邸に泊まりで遊びにきたことがあるって知ってるよね? それって、五年前、大雪の年だったの。それで、懐かしいねって。『できれば泊まりでお父様に相談してみる』って言ってた」
「へえ」
それはいい。ゆっくり話せる。ショウがいるけど、一加になんとかしてもらえば三人になれる。おやすみと分かれたあとに集まって話すでもいい。
「……ところで、慶次くんと話したいことって何? ただの遊ぶ約束じゃないの?」
聞かれると思っていた。用意しておいた答えを言う。
「剣術について聞きたいことが、ちょっとあって」
「お父様じゃダメなの?」
「年が近い人に聞きたくて」
「……なるほど? ……どんな質問?」
「いろいろだよ」
「そのいろいろを聞いてるの。……あーあ、遊びに行くの、いいなあ。私も行きたい」
「……じゃあ、はい。してくれたら、外出禁止が解けるまで待ってあげるよ」
目を閉じ、人差し指で、トントン、と口を示す。
ペチンッ!
「――ッ!」
「待たなくていいです」
「フフッ。まあ、もう電話しちゃったしね。……行こっか」
ショウの手を引いて歩き出す。
「え? そっち?」
「髪を乾かすから。勉強部屋の前に、ショウの部屋」
「暖房で乾くよ」
「ダメ。ちゃんとドライヤーで乾かす」
「ちょっと濡れただけだよ。大丈夫」
「ダメ。風邪ひく」
「も〜。風邪じゃなくて髪にさわりたいだけでしょ? 本当、この髪好きだよね〜」
ショウはボクの好きな人。そして、慶次の好きな人でもある。友だちには真っ直ぐでいたい。会って話をするまでは、ショウと距離を置いたほうがいいのかもしれない。
けど、それとこれとは別だ。ショウの髪にふれるのは、ボクの趣味でもある。それに、慶次に遠慮するつもりはない。
(……でも、ケジメは必要か……)
慶次が泊まりにきて、話をするまでの約三週間。ショウと一緒に眠るのだけはやめた。
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