第3章 ⑥ 本邸 13歳

 203. キラキラした気持ち 1/2(一加)


 ワタシと一護いちごには、宝ものがある。それぞれの宝ものもあるし、二人で一つの宝ものもある。


『ウサギのぬいぐるみ』は、二人で一つの宝もの。


 旦那様が孤児院で、ワタシたちに話しかけるときに使っていたぬいぐるみ。「お世話になります」って伝えたときに、「欲しいならあげよう」とくれた。


 ワタシたちは二人だから、もう一つ買ってくれようとしたけど、一つでいい、ワタシたちに話しかけてくれたそれだから欲しい、と言って断った。


 湖月こげつ邸に来て二年半経った今でも、『ウサギのぬいぐるみ』――『旦那様ウサギ』は、とても大切な宝もの。


 二人で一つだから、交互に部屋に飾っている。



(――こんな宝ものを持ってたなんて……)


 ワタシと一護は、さっきまでショウの部屋にいた。ショウとおやすみのキスをして戻ってきて、ワタシの部屋の前で、ワタシたちのおやすみのキスをして解散した。


 一護は、部屋に入ろうとしてやめて、トイレに向かった。

 ワタシは部屋に入ったけど、一昨日から一護が持っている『旦那様ウサギ』をワタシの部屋に、と急に思って、一護の部屋に取りに来た。


『旦那様ウサギ』は、枕もとに飾ってあった。手に取ろうとして、枕の下に本が置いてあることに気がついた。


 本屋さんで表紙を見たことはある。端っこのほうにあって、ワタシたちみたいな子どもが見ていると、大人に変な目で見られるから、チラッとだけ。

 お茶会で、その本を持っている持っていないの話をしている子たちがいて、隠して持っている子がいることは知っていた。


(まさか一護がそのうちの一人だったなんて……)


 それぞれの宝ものについては、お互い把握していない。前は、同じにするため、揃えるために、確認し合っていたけど、今はしていない。だから、知っているものもあれば、知らないものも当然ある。


(…………う〜〜ん、んんん……。なんか……気持ちわる〜い。こんなの見てて、楽しいの? 刺繍ししゅうの本のほうが、全然楽しいけど)


 ガチャッ、とドアが開いたと同時に、「うわっ」と一護が驚きの声を上げた。


「なんでボクの部屋にいるの?」


「ウサギさん、取りに来ただけ。……ねえ、この本、どうしたの?」


 エッチな本を両手で持ち、表紙側を一護に向けて、突き出すように差し出した。


「ああっ! なんでっ!? ――うぐっ」


 一護は大きな声を出した。夜なのにうるさい。自分でもまずいと思ったらしく、両手で口をふさいだ。


「……い、一加いちか、部屋あさったの!?」


 普通の声で大丈夫なのに、小さな声になった。


「なにそれ、感じ悪い。ウサギさんを取りに来たって言ったでしょ。この本は、枕の下にあったの。ちょっと見えてたの」


「枕の下? なんでそんなところに……」


「知らないよ」


「……あ、しげるだな〜。っていうか、茂しかいない。……ちゃんと片付けろよな」


「茂くんの本なの?」


「え? い、いや……えっと〜…………はあ〜、まあ、いっか。茂が悪い。……ボクと茂のだよ。どっちのとかない」


「お小遣い出し合って買ったの? 勇気あるね」


「買ってない。もらったの」


「誰に?」


「ナイショ」


「ふーん。てつさんに聞いてみよ」


 そう言って、一護から顔をそむけた。目だけで、チラリと様子を見る。一護は、口をイーッとしたような、変な顔をしている。


「……はあ。聞かなくていいよ。だいたいわかるだろ?」


「……おじさん、黒羽くろは慶次けいじくんあたり?」


「なんで慶次?」


「お兄さんいるから」


「なるほど。剣術で年上の知り合いもいるみたいだし、持ってるかもね。……でも、慶次はハズレ。あとは、まあ、当たってるよ」


「この本、楽しい?」


 ベッドに座り、本を横に置いてパラパラとめくる。


「楽しいとかじゃないけど」


 本を挟んで、一護もベッドに座った。


「見てて、嫌な気分になったりしない? ワタシは見てると気持ち悪いんだけど――」


 ――グシャッ。


 めくっていたページの上から、一護が手を置いた。何ページか潰れてしまった。破けてしまったかもしれない。


(アザが……)


「……見るなよ」


 一護の低く震えた声にハッとして、顔を上げる。


 眉間にシワを寄せ、泣きそうな顔。ワタシのことを心配している。


「……怖い、の気持ち悪いじゃないよ。普通に……、なんていうか……見た感じが気持ち悪いとか、そっちの。全部じゃなくて、たまに気持ち悪いページがあるっていうか……わかるでしょ? そういう気持ち悪い」


「……そう。……そうかもね」


 一護が手をどかしたので、本をひざの上に置く。


「よかったね」


 よれたページを手でのばしながら言った。やっぱり少しだけ破けてしまっている。


「何が?」


「その手のアザ」


「よくないよ」


 一護の手のこうには、アザができている。体術の稽古中に、ぶつけてしまってできたアザだ。茂くんと一緒に習い始めた。先生はもちろん、旦那様と律穂りつほさん。


「体術なんて痛いこと、一護がすすんでやるようになるは思わなかったよ」


「……そうだね」


「それと、この本も」


「え? この本?」


「ワタシたち、ちょっと普通じゃないでしょ? エッチなことはされなかったけど。裸にされて、見られたわけだし」


「裸を見られるのも、エッチなことでしょ」


「そうだけど、さわられたりするエッチなことはされてないってこと。……あのときは、あの人たちを親だって思ってたし、普通のことだって思ってたけど……」


「……うん」


「こういう本、見るのも耐えられないって、燃やしたくなっちゃってても、おかしくないでしょ? でも、普通の男の子みたいに、一護がエッチな本見て楽しいなら、よかったなって」


「……一加は、この本見て、ホントに大丈夫? 気分は? 無理してない?」


「ワタシ? ぜーんぜん平気。おじさんにお尻さわられても、平気だったし」


 おじさん――大地だいちさんだったから平気だっただけで、知らないおじさんには、さわられるどころか、近くにいられるだけでも嫌。前みたいに、大人の男の人に対して、無条件に恐怖を感じるってことはなくなったけど、嫌なものは嫌。

 大人じゃなくても、男の人じゃなくても、仲良くない人は嫌。


 でも、それは普通のことだと思うから言わない。


「それはちょっと違うんじゃ……。あと、おじさんじゃなくて、大地さん」


「ショウにいやらしいことするから、おじさんでいいよ。……エッチな本みたいなことは、そのときになってみないとわかんないけど。きっと、大丈夫」


 本を閉じ、はい、と一護に手渡す。立ち上がり、ベッドから離れると、「ウサギさん、忘れてる」と腕を掴まれた。


「今日はいいや。ショウと一緒に寝る。……行く?」


「……行かない」


 一護の手が離れる。


「ふーん、あっそう。それじゃ、ワタシ一人でショウに甘えてこよーっと」


 自分の部屋に戻り、枕と毛布を持って、ショウの部屋に一人で向かった。

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