202. 頑張ってたの? 3/3(慶次)


「い、今の聞こえた?」


 しげるは、「あ〜」と言いながらうなずいた。


「聞こえてないわけないよね……。一加いちかちゃん、言わないって約束だったのに」


「ごめーん」


 一加ちゃんは舌を出した。


 言い方と態度はあれだけど、謝ってくれた。一応、悪いとは思っているらしい。


「でも、旦那様には言わないって約束だから。茂くんにだし。約束破ってない。うんうん」


 やっぱり悪いと思っていないかもしれない。はあ、と思わずため息が出た。


 茂のほうを向いて、姿勢を正し、目を合わせる。


「その〜……、茂」


「……んだよ」


「前にちょっと話したことあるけど、一目惚れはしてないって言ってたけど…………ライバルだったりする?」


「はあ? んなわけねーだろ」


「そ、そう? 本当に? もし、ライバルだったとしても仲良くしようね」


「だから、ちげぇよ。……でも、まあ、もし同じやつを好きだったとしても……友だちは、友だちだろ」


 茂は目をそらした。照れているように見える。


「そうだよね! 嫉妬はしちゃっても、友だちは友だち」


 優しい空気に包まれたような気がした――が、一加ちゃんの声で引き戻される。


「ちょっと! なに、話は終わったみたいになってるの! まだ、全然解決してないんですけど!」


 ずっと立ったままだった一加ちゃんが、いつの間にか仁王立ちになっている。頬もふくれている。


「俺、関係ねぇし」


「かっ、関係あるよ! 茂はもう関係ある! だって、僕の好きな人、知っちゃったんだから――」


 一加ちゃんとの『共同戦線』のことを、茂に話した。茂はお茶会に出席しないので、菖蒲あやめちゃんを見張ることはできない。

 でも、仲間になってほしかった。僕の話を聞いてほしい。


「――で、菖蒲ちゃんの誕生日だから、最後にもう一回菖蒲ちゃんと話したいって言ったのに。一加ちゃん電話切っちゃって……」


「……一加、ひどすぎんだろ」


 茂は呆れている。話を聞いてもらえたうえに、欲しかった反応。胸がスッとする。


「手がすべったんですぅ。受話器がちょうど置く所に落ちちゃったんですぅ」


「マジでひでぇ……」


 コンコン――ドアがノックされた。


「あ〜、まだ話終わってないのに〜」


 一加ちゃんは、しかめっ面で呟いた。



てつさん、戻ってきてたよ。外で荷物運びやってたんだって」


 菖蒲ちゃんは笑いながらそう言って、一護いちごがジュースをついだコップをみんなに配った。


 紹介の話はあのまま終わり――ちょっと期待したけど、そう思い通りにはならない。


「……あのね、慶次けいじくん。さっきの話なんだけど……」


「う、うん」


 チラッと一加ちゃんを見る。


(うわー。すごい目してる。どうしよう……)


「おい、ショウ」


「なに? 茂くん」


「まずは自分で話しかけろよ。何人か頑張ってみて、ダメだったら慶次に頼めよ。いっつも課題で俺に言うだろ。まずは自分で解けって」


「……そうだよね。私もそう思った。今季、頑張ってみようと思って、頑張ってたんだけど。うまくいかなくて、つい頼っちゃった。まだ三回しかお茶会出てないし。一回も話しかけてないし。もっと自分で頑張ってみる。……だから、慶次くん。さっきの話、忘れて。…………慶次くん? どうしたの?」


「あ……いや、えっと〜」


 菖蒲ちゃんの言ったことに疑問を感じて、反応するのが遅れてしまった。


「……菖蒲ちゃん、頑張ってたの?」


「頑張ってたよ? 誰か良さそうな人がいれば話しかけようと思って」


「ウソ! 全然わかんなかった」

「ボクも……」


 一加ちゃんも一護も驚いている。


 菖蒲ちゃんは人差し指をあごをあて、「えー? そお?」と首をかしげたが、「あ、でも」と真っ直ぐに戻した。


「わからなくていいのか。自然ってことだもんね。不自然にふらふらしてたら、変な人になっちゃう」


「……菖蒲ちゃん。ちなみに、良さそうな人ってどんな人? 女の子、だよね?」


「えっ!? えっと〜……。気の合いそうな……優しそうな人? 女の子でも、男の子でも、どっちでもいいかな〜?」


「見た目でってこと?」


「……まあ、まずは見た目……っていうか雰囲気? さすがにそれだけじゃ、どんな子かわからないから……だから、お菓子食べたりしながら、お喋りしてるの聞いてるの。一回だけだと不安だから、何回か様子見てから話しかけるつもり。……でも、同じ人を見つけるのがめんど――難しかったり、同じ人かどうかも微妙だったりで……」


「……そんなんで、いつできんだよ。サッと話しかけて、ダメなら終わりにすりゃいーだろ。バカじゃねーの」


「茂くん、ひどいっ! 一回話しかけちゃったら、会うたびに話さないとならなくなっちゃうでしょ。お茶会だけじゃなくて、どこかで会うかもしれないんだよ。……慎重にならないと。知り合い増えたら、増えた分だけ大変になる。顔と名前、覚えられるかどうか。……それに、仲良くなれたらいいけど、なれなかったら……」


 菖蒲ちゃんは、はーっ、と長いため息をついた。


「そんなんでよく慶次と友だちになれたな」


「慶次くんのときは、いろいろとよかったんだよ。もう絶対に話しかけないと、っていう状況だったでしょ。二人っきりで、周りに人がいなかったから、最初にゆっくりお喋りできたし。出席するお茶会がほとんど一緒だから、よく会ったし。慶次くんから話しかけてきてくれたし」


 指折り数えていた菖蒲ちゃんは、それに、と僕に顔を向け、


「慶次くんが、気さくで話しやすくて、いい人だったから。すごくいい出会いだったの」


と、微笑んだ。


「私が出席するのは、お父様の知り合いのお茶会が多いから、お父様たちが知り合いっていう可能性は高いけど。お父様たちが仲良しの友だちだったっていうのもすごいよね」


「……慶次くん、顔」


 一加ちゃんに指摘された。ニヤニヤしている自覚はある。


「僕も菖蒲ちゃんとの出会いは、すっごくよかったよ。偶然あそこで会わなくても、お父様に紹介されてたと思うけど。……でも、あそこで会ってお喋りしたから、こうして一緒に遊んだり……ううん、菖蒲ちゃんとは、どう出会っても友だちになれたと思うな」


 菖蒲ちゃんは、そっか、と目を見開いた。


「お父様たち一緒にいたし。きっと紹介されたね! ってことは、友だちになるのは決まってた――友だちになる運命だったんだね」


「うん!」


 一加ちゃんに「友だちだからね、友だち」と小さな声で横槍を入れられたけど気にならなかった。


 この『友だち』はムッとしない、嬉しい響きだった。



「助けてくれて、ありがとう」


 今だ、と思い、茂にこそっとお礼を言った。


 そろそろ迎えの馬車の時間。庭に出てきた。

 菖蒲ちゃんと一加ちゃんと一護は、栗の一番おいしい食べ方について話している。おやつに食べたモンブランの話から発展した。


「はあ?」


「紹介の話。菖蒲ちゃんに自分で話しかけるようにって、助けてくれた」


「あれは助けになってねーだろ。結局、紹介しなくていいって、引っ込める話だったしな」


「そんなことないよ。僕、なんて返すか、すごく迷ってたんだよ」


「ふーん。そうかよ」


「次は、茂の好きなお菓子を持ってくるよ。何がいい?」


「別にいらねーよ」


「仲間になった記念に」


「……めんどくせーことに巻き込みやがって」


「菖蒲ちゃんに男の子が近づかないように、見とくだけだよ」


「見とく必要ねぇだろ。あれじゃ、友だちできねーよ。お茶会でできねーのに、買い物とかでできるかっつーの」


「もしも、もしものときのために、だよ。あと、今日みたいなことがあったときは、また助けてくれると嬉しいな」


「めんどくせぇ」


「信じてないわけじゃないんだけど……さ。本当に菖蒲ちゃんは違うの? 一目惚れの話……してから、一年? 経ってるし。あのときは、そういう好きじゃないって言ってたけど……今は? 本当に好きになったりしてない?」


「しつけぇ。ショウは友だちだ」


「じゃあ、誰が好きなの? 僕の好きな子教えたんだから、茂のも教えてよ。僕の知ってる子? ……いち――」

「はああ!? いねーよっ!」


 茂は大きな声を出した。


 その声に、どうかしたの? と、菖蒲ちゃんたちが集まってきてしまい、この話はここで終わってしまった。


 馬車に乗り込んだ僕に、みんなが、またね、と手を振るなか、頭の後ろで手を組んだ茂が「チョコ食いてぇ」と言ったので、「了解」と返した。


 馬車に揺られながら考える。


(……茂と共通で知ってる女の子って、菖蒲ちゃんと一加ちゃんしかいないから、一加ちゃんって言っただけなんだけど。大きな声……しかも反応早かった。……菖蒲ちゃんのときと全然違う……ってことは……)


 菖蒲ちゃんは友だち、は本当。好きな子はいない、は嘘。そうとしか思えない。


(一加ちゃん、かなりかわいいし、わかる。……今度聞き出そう。『いねぇ』『ちげぇ』って、怒り出しそうだけど)


 茂と一加ちゃんが恋人になったらどんなふうだろう、と想像する。


 ついで、あくまでついでに、僕と菖蒲ちゃんが恋人になったら、という想像もする。


「想像、ただの想像だから! …………ふふ……」


 あっという間に、家に着いた。

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