195. 〔181-190〕 5/5 ― 複雑な気持ち(文博)
「おはようございます」
僕の気持ちがそう見せただけかもしれない。
「お嬢様に言いたいこと言えた?」
出発まであと一時間。支度を済ませると、お茶とお菓子が用意された応接間に通された。
昨夜、鍵を見つけたあと、中川内たちの部屋に行った。二人は戻ってきていた。
眠る空気になるまで四人で過ごした。三人で話をする機会はなかった。
作ろうと思えば作れた。解散後、黒羽は自室。僕は一人だった。
僕がこっそり、中川内たちの部屋に行けば、三人で話をすることはできた。
自分の予想が外れていたからかもしれない。そういう気分になれず、おとなしくベッドで目を閉じた。
「言えなかったの?」
答えない二人に、もう一度同じ質問をする。眠たいのか、朝食の時からダルそうだ。
「もしかして、待ち合わせに来なかった?」
「……来たよ」
中川内がボソッと呟く。
「話をする前に、逃げられちゃった?」
「……話せたよ」
今度は沢見がボソッと呟いた。
「それにしては、なんだか浮かない顔だね。言ってやった! ってガッツポーズでもするのかと思ってたんだけど」
「…………言い過ぎた……ような気がする」
中川内はそう言うと、ため息をついた。
「俺たちはさ、ご令嬢は怒るか泣く、たぶん泣くだろうなって思ってたんだよ。泣いちゃって、話ができなくなるかもなって。それをどう言って聞かせるかを考えてたんだけど。……泣きそうにはなってたけど、泣かなかった……」
「お嬢様……怒ったんだよね。私は厄介な人じゃない、邪魔してないって。その怒り方が想像してたのと、また違ってて。あんなふうに……言い返してくるとは思ってなくて……」
「
「それを言うなら、
「え、瑛太が、大きな声出すなって言ったから。気持ちを抑えようと思うと、ああなっちゃうんだよ。あと、俺、華族だし。っぽいじゃないから」
「お姉様が継いで、湊は騎士になるんだろ」
「今はまだ継いでないし、俺も家から抜けてない」
「つまり、言いたいことは言えたけど、言い過ぎて……後味が悪いってこと?」
僕がそう訊くと、二人は歯切れ悪く
「……お嬢様と黒羽の観察、どうだった? 印象変わった? 変わらなかった?」
「変わったよ。俺たちが思ってたようなわがままご令嬢じゃないんだなって。
「褒めた? ……黒羽は? 黒羽はどうだった?」
「え? ああ、あ~、ご令嬢を、はっきり断れないんだなって」
「断る?」
えっと、と沢見が口を開く。
「お嬢様はわがままで、恋人を作るなんて許さないって束縛してるのかと思ってたんだけど。実はそうじゃなくて、お嬢様は黒羽のことが好きで、いや、最初から好きなんだろうなとは思ってたよ? 黒羽はかっこいいし。……俺たちが思ってたよりも、純粋だったっていうか。黒羽は、黒羽のことが好きなお嬢様に、気を使ってたんだなって」
「好かれてるから、気を使うって? どんな女の子の誘いも、バッサリ切り捨てる黒羽が?」
「いくら黒羽でも、湖月家のご令嬢には……、湖月家のご令嬢だからこそ、気を使うんだろ」
中川内はコップを手に取った。ストローを口にしようとしてやめ、言葉を続けた。
「……俺たちと話したこと、誰にも言わないって。本当に誰にも言ってないみたいだし。黒羽のこと縛ってなきゃ、いい子なんだよな。……いっそ、告げ口でもしてくれたら、嘘つきだって気が楽に――」
「湊! それはひどいよ……」
「そうだな……。ごめん」
「……これでよかったんだよ。お嬢様、これからは気をつけるって言ってし。誰かに言われて……言われなきゃ、気づけないことってあるよ。これで黒羽も、きっと前より自由にできる。……悪者になったっていい、悪者になろうって決めただろ? 言い過ぎたって思うくらいが、ちょうどいい……」
はず――と、沢見は小さな声で付け足した。
「そう……だよな! ……あ~、でも、やっぱり傷のことは言わないほうがよかったかな~?」
中川内は両手で頭を抱えた。
沢見は「言ってよかったんだって」と、中川内に笑いかけるように言い、コップを手に取った。シロップをたっぷり入れたミルクティーをゴクゴクと飲む沢見の眉間には、シワが寄っていた。
「町本と、そろそろお別れか~!」
「ウチにも来てほしかったな~」
ガタゴトと揺れる馬車の中。中川内と沢見は、すっかり調子を取り戻していた。
黒羽の手前、そう振る舞っているだけ――というわけではない。嘘がつけない二人だ。
二人の復活には、黒羽の一言がある――。
応接間に戻ってきた黒羽は、とても嬉しそうだった。明らかに上機嫌。
「何かいいことでもあったの?」と訊いた。答えは「いえ、特に」だった。
はぐらかした、ということは、お嬢様と何かあったんだろうな、と思った。だが、その考えはすぐに打ち消した。
お嬢様は黒羽の好きな人ではない。
出発の時間になり、湖月家の方々に挨拶を済ませ、一番に馬車に乗り込んだ。
馬車の中から、外の様子を見ていた。
黒羽はお嬢様の顔――髪かもしれない――に手を伸ばした。お嬢様は、
中川内、沢見、最後に黒羽が乗り込み、馬車は走り出した。
どう見ても、厄介な人とは思えない。お嬢様は黒羽の恋愛対象ではないのかもしれないが、大切な、妹のような存在ではあるはず。やはり上機嫌だったのは、お嬢様と何かあったからでは?
黒羽たちのお喋りを聞きながら、そんなことをボーッと考えていると、中川内がギョッとする言葉を口にした。
「黒羽は好きな人と、どんな感じなんだ? 厄介な人は、なんとかなったのか?」
全く違う話をしていた。脈絡のない、よりにもよってなぜ今それを訊く? という質問。
沢見は「バッ――」と思わず声を出し、あわあわしながら「町本の知らない話をするなよ」と、僕を気遣うフリをした。
中川内は笑顔で固まっていた。口をついて出てしまった。考え過ぎて、ずっと考えていて、口からこぼれてしまったのだと思う。
中川内はひきつった笑顔で、沢見と僕は息を殺して――実際、止めていたかも――、黒羽の反応を待った。
黒羽は、ふふっ、と笑い、
「すごくいい感じですよ。厄介な人は……大丈夫だと思います。警戒は続けますけど」
と、満面の笑みを浮かべた。
中川内と沢見は顔を見合わせた。二人とも、顔がパッと明るくなった。黒羽に笑顔を向け、「そっか」「よかったね」と嬉しそうに言った。
(――二人の行動が、『いい感じ』『大丈夫』に繋がったとは限らないと思うんだけど。……まあ、せっかくの卒業旅行だし。落ち込んだままよりは、いいのか)
地元まで一本で行ける駅馬車の停留所で降ろしてもらい、三人と別れた。
無事、実家にたどり着き、僕の卒業旅行は終了した。
夏休み明け。第四図書館に行くと、黒羽がいつもの場所で本を読んでいた。
「久しぶり」
「久しぶりですね。あのあと、大丈夫でした?」
「何事もなく、実家に帰れたよ。親がウチにも遊びに来てってさ。お礼贈ったけど、湖月家からも贈られてきちゃったし」
「……それなら冬休み、
「それは食堂が潰れそう……なんてね。父さんも母さんも、喜ぶよ。たくさん食べる人、好きだから。弟たちも、すげーって驚いて喜ぶと思う」
「今度、旦那様と律穂さんに話してみますね」
「うん、よろしく。……それ、『超絶コミュ症シリーズ』の最新刊? よく借りられたね」
「朝一で駆け込みましたから。最後の一冊でしたけど。……そうだ、文博。オススメ本、教えてください」
「どんなやつ?」
「恋愛小説。条件はいつもの。できれば、告白に定評のあるものを」
「……告白するの?」
黒羽は何も言わずに、にこっと微笑んだ。
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