193. 〔181-190〕 3/5 ― 計画の手綱 (文博)


「いつも一緒にいる二人の、いいところってどこ?」


と、黒羽くろはいたことがある。


 黒羽は「嘘がつけないところ」と答えた。嘘をつかない、ではなく、嘘がつけない。「バカってこと?」と返すと、「違います。文博ふみひろは意外と口が悪いですね」と少し呆れたような顔をした。


 それと、と言葉を続けた黒羽は、


「恋愛に積極的なところもいいですね」


と、ふっと口元をゆるませた。



(――いいところっていうか、残念なところに見えるけど)


 中川内なかがわうち沢見さわみは、嘘がつけないがために、ピンチにおちいっている。


 湖月こげつ邸まであと少し。ふいに黒羽に釘を刺された。


「三人ともいいですか? 菖蒲あやめ様――お嬢様は人見知りなので、絶対に話しかけないように。用があるときは、必ず私を通してください。ないと思いますけど」


 僕は「わかったよ」と返した。


 中川内たちも適当にうかずいておけばよいものを、「えっ??」「なんで??」と少々大きな声で聞き返した。


 学園から湖月邸まで、馬車で一日半かかる。昨日学園を出発し、昨夜は宿に泊まった。黒羽がいない時に、それとなくお嬢様の件を訊いてみたが、いまだにどう接触するか悩んでいるようだった。


 そろそろ到着だ。一日目は様子を見ると言っていたが、二人の頭の中は、接触のこと――お嬢様のことでいっぱいだったのだろう。

 動揺が、顔と声と動きに出てしまった。


(挙動不審のよいお手本だね……)


 黒羽はいぶかしげに口を開いた。


「……二人とも、菖蒲様に手を出そうなんて考えてないですよね? ナンパなんてやめてくださいよ。お嬢様なんですからね。華族かぞくのお嬢様なんですよ。……まあ、みなとも華族ですけど。でも、ダメです。旦那様は、菖蒲様のことになると怖いですから。怖いのは顔だけじゃないですから。絶対に、声かけないでくださいよ。約束してください」


 黒羽は再度、しかもしっかりと釘を刺しにきた。


 中川内たちは口ごもっている。


「お嬢様と同い年の湖月下こげつしたがいるんだよね? 二人だっけ? 三人だっけ?」


 黒羽にたずねる。追い込まれている二人への助け舟だ。


 中途半端な参加を受け入れてくれた恩返し、というよりは、あとで参加条件を欠くかもしれない――欠く予定なので、その贖罪しょくざいを先にしておく。


 黒羽は二人から目を離し、隣に座る僕に顔を向けた。


「同い年の子が三人いますけど、湖月下は二人です。双子なので、見ればわかりますよ。もう一人は、使用人の息子さんです」


「そうだった。双子は、男の子と女の子だったね」


 黒羽は、そうです、と言いながら、ハッとしたような顔をした。正面に座る中川内と沢見のほうを向き、にこっと微笑む。


「双子の女の子にだったら、声かけてもいいですよ。ただし、下付きとはいえ、とても大事にされてますからね。旦那様にも、使用人のみんなにも。声をかけるときは、紳士的に、ですよ」


「さ、さすがに、ダチの家でナンパはしないよ。なあ、瑛太えいた!」


「うんうん。そうだよ、湊の言う通り! しないしない。……確か、その子ってかわ……」


 中川内に顔を向け頷いていた沢見は、チラッと黒羽に目を向けた。黒羽は、ええ、と頷く。


「一般的に見て、かわいいですよ。しかも、ロングでサラサラのストレートですから。瑛太のタイプです」


「やった!」


「いいなー、瑛太。その子が年上だったらなあ。三歳から五歳くらい年上のオネーサマとお友だちになりたい!」


「湊は変わってますよね。ほかのお姉さん持ちは、年下のほうがいいって言ってるのに」


 黒羽が心配そうな、不憫ふびんそうな顔で言うと、「湊はシスコンだから」と沢見も同じような顔をした。


「違う! お姉様とオネーサマは、別なんだよ! あ~、オネーサマの胸で癒されたい」


「えー! 俺は、俺の胸で癒してあげたいけど」


 胸の大きさが、胸板が、と癒しの胸について、中川内と沢見は語り始めた。黒羽は、そうですね、そうですか? と相づちを打っているだけだが、楽しそうだ。


(助け舟は成功……と)


 お嬢様の話に戻ることなく、胸の話で盛り上がっているうちに、湖月邸に到着した。


 馬車から降りると、女の子二人と男の子二人が出迎えてくれた。


 涼しげな水色のワンピースを着た、ポニーテールの女の子。

 その女の子の両隣、一歩下がった位置には、白のシャツ、黒のズボンに、青のエプロンをつけた、そっくりな男の子と女の子が立っている。

 さらにその後ろ、少し離れた所に、見るからに見物に来た、というふうな男の子。

 どの子が誰か、すぐにわかった。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


 お嬢様は、にこっと微笑んだ。


 人見知り、と聞いていたからかもしれないが、緊張しているように見える。僕たちのことを見ているようで見ていない。


 良かった、と思った。


 中川内と沢見のにらむような視線に気づいていない。馬車から降りたばかり、眩しさゆえ、と思っているのかもしれない。


「自己紹介は中で……あの、暑いので。……どうぞ」


 お嬢様が玄関に向かって歩き出す。使用人の息子さんは、お嬢様と一緒に歩き出した。双子は僕たちにほうに来て、お荷物をお持ちます、と手を差し出してきた。

 中川内と沢見は、大丈夫、と断り、お嬢様についていく。僕も断ると、双子は顔を見合わせ、お嬢様のもとへ駆けていった。


 その様子を眺めていたため、中川内たちとの距離が開いた。置いてけぼりになる、と歩き出し、少し進んだところでふと立ち止まり、振り返った。


 黒羽は一歩も動いておらず、同じ位置に立ったままだった。ジッと一箇所を見つめていた。



「今じゃないか?」


 中川内が、沢見に向かって言った。


 湖月家は、僕たちのために二人部屋を二つ用意してくれていた。中川内と沢見、黒羽と僕、と割り当てた。黒羽は、最後の夜――三日目の夜は自室で眠るそうだ。


 夕飯と風呂をいただき、中川内たちの部屋に集まった。中川内と沢見はベッドに、黒羽と僕は一人掛けのソファーのような椅子にそれぞれ座り、


「湖月家って、黒羽から聞いてた通り、庶民的なんだな。俺んちと同じで落ち着く」

「湖月様に会えるのは、明日の夜か、明後日になりそうだね」

律穂りつほさんの雰囲気と食いっぷりがやばい」

てつさんは絶対、理恵りえさんの尻に敷かれてる」

悠子ゆうこさんとは七歳差かー。全然いい。恋人いるのかな?」

小夜さよさんは十三歳の子どもがいるようには見えないね」

しげるくんは母親想いとみた」

一加いちかちゃん、本当にかわいいね。一護いちごくんもかっこいいし。美男美女の双子だね」


といった話題で談笑していた。


 主に口を開いていたのは、中川内と沢見だ。湖月家の人たちの話をしているのに、お嬢様のことには一切いっさいふれない。気持ちはわかるが不自然だ、と思いながら話を聞いていた。


 チラッと時計を見た黒羽が立ち上がった。


「やることがあるので、ちょっと外しますね。時間かかるかもしれないので、先に眠ってても構いませんから」


 そう言って部屋を出ていった。


 ドアが閉まったあと、しばし静けさに包まれた。それを破ったのが、中川内の一言だ。


「……そうかな? 今かな?」


 沢見が呟くように言った。


「だって、今夜は湖月様いないだろ? なんか、今って感じがしないか?」


「するかも?」


「……お二人さん、ちょっといい?」


 なんだよ、という視線を二人に向けられたが、気にせず続ける。


「お嬢様がどこにいるか知ってるの? この時間なら、たぶん自分の部屋にいるよね? お嬢様の部屋を、今から探すの?」


 中川内は、あっ、とらし、「そうだったー!」と座っているベッドに倒れ込んだ。


 邸内は案内してもらった。だが、必要な所だけだ。黒羽の部屋は教えてもらったが、ほかの人の部屋はわからない。


「湊はダメだなー」


「瑛太だって、気づいてなかっただろ」


 二人は、いつも考えが足りない、と言い合いを始めた。「部屋がわかったとして」と割り込む。


「今日、初めて会った人が、こんな時間に訪ねてきたら怖いよ。黒羽の友人だとしても。……話を聞くどころじゃないんじゃない?」


 二人は押し黙った。


「あのさ。卒業旅行のことで、黒羽が電話をかけたよね。その時、黒羽がどんな顔してたか見た?」


 中川内と沢見の顔を、交互に見る。目は合わない。そらされているのではない。二人は思いだそうと、どこかを見ている。


「顔は見てなかったよね? 二人とも、受話器に耳寄せてたし」


 二人は、言われてみれば、と頷いた。


「今日は? 湖月邸に着いてから、黒羽の顔見た?」


「普通に見てたと思うけど?」


 沢見は首をかしげた。


「……黒羽よりお嬢様、じゃなかった? 二人とも、お嬢様ばっかり見てたよね?」


「そりゃ……。どういう子か、だいたい想像できてるけど。本人も見ておきたいし?」


 僕の話の筋道が見えないからか、中川内は語尾を上げた。


「時間もないし。……話をするのに、タイミングをはかりたいから。目は離せないよ?」


 つられたのか、沢見も同じように語尾を上げた。


「瑛太はあの子、一加ちゃんのことも見てたよな。デレデレしちゃって~」


 中川内は上半身を起こし、ニヤニヤした顔を沢見に向けた。


「うるさいな~。……だって、かわいいんだもん。見ちゃうよ」


(それだよ!)


 思わず心の中で突っ込む。


 湖月邸に着いた時、黒羽は玄関に向かうお嬢様をジッと見つめていた。自己紹介の時も、部屋に案内してくれた時も、食事の時も、黒羽はずっとお嬢様を気にしていた。


(黒羽のあのまなざしは、どうみても厄介な人に向けるものじゃないんだよ)


 参加条件を最後まで守れよ、と機嫌を損ねるかもしれない。もしそうなったときは、ただ協力しようと思って、と誤魔化す。それでダメなら、馬車の中で助け舟を出した、と無理にでも機嫌を直してもらおう。


 二人に、提案がある、と切り出した。


「お嬢様に接触するのは、三日目の夕方か夜にしなよ。あしたの夜は、湖月様が帰ってくるから。変な動きはしないほうがいい。三日目なら、あとは帰るだけだし」


 二人は、それだと失敗したらあとがなくなる、と不満そうにしたが、気分を害した様子はなかった。なので、続けた。


「あと二日かけて、お嬢様ともっとよく観察したほうがいいんじゃない? ……僕には、わがままなお嬢様には見えなかった。猫を被ってる可能性はある。でも、わがままなお嬢様だったら、茂くんとは仲良くできなそうな気がするんだよね。……もし、普段を隠してるとして。利発そうな一護くんと一加さんは、お嬢様に合わせてうまく立ち回れそうだけど。自分の感情に素直そうな茂くんには、できないと思う」


 一護くん、一加さん、茂くんが、本当はどんな子かはわからない。湖月邸に到着してから、一緒に過ごした二時間弱での印象だ。

 中川内と沢見は黙っている。どうやら、二人にもそう見えたようだ。


 茂くんのことは偶然だが、よい理由になった。二人に再度、「お嬢様と話をする前にもっと観察したほうがいい」「お嬢様ばっかりじゃなくて、黒羽のことも見たほうがいい」と、黒羽の表情に意識が向くよう、念を押した。


 そして、


「僕がお嬢様を呼び出すよ」


と、締めくくった。


 策がない二人の代わりに買って出たのではない。二人の計画の手綱を握りたかった。確かめたいことがある。お嬢様にいろいろ言うのは、そのあとにしてほしい。

 僕がお嬢様を呼び出す役をやれば、そこの調整ができる。


 僕の唐突な申し出に、二人は数秒間固まった。


町本まちもとが?」

「なんで急に?」


 目を見開いた二人に、僕が立てた三日目の計画――流れを伝えた。

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