◆187. どうしたらよかったの? 07/10 ― 束縛しないで


 一加いちかよりも先に、一護いちごよりも先に、私に恋人ができちゃうかも? やっぱり無欲って強い?

 いつ私のことを好きになってくれたのかな? ババ抜き中? 食堂で麦茶を出した時? お嬢様っぽい見た目効果? それとも、学園で黒羽くろはから私のこと聞いてて、気になってた? もしかして、私に会いたくて、この旅行に参加した?

 どうしよう。なんて返事をしよう。嬉しいけど、恋人にはなれないな。遠距離だし。それに、よく知らない人だし。何より、好きな人と恋人になりたいな。


 文博ふみひろに告白される――。頭の中はお花畑になっていた。


「ちょっとお父様の部屋に行ってくる」


 一加と一護にそう言って一人になり、待ち合わせ場所の勉強部屋に忍び込んだ。


 ドキドキしながら文博を待った。


 だがしかし、ドアがノックされ、部屋に入ってきたのは、文博ではなかった。


 みなと瑛太えいただった。


 それでも、入ってきた瞬間は、文博は呼び出し係りで、どちらか、もしくは二人同時に告白されるのではないか、と寝ぼけたことを考えていた。



「お時間いただきありがとうございます」


 湊が頭を下げると、瑛太も頭を下げた。


「い、いえ。そんな……」


「信じられないことかもしれませんけど。今から俺と瑛太の言うことを受け止めてください」


「え……ええ……」


(あれ? なんだか……)


 様子がおかしい。二人はこわばったような表情をしている。告白前の緊張には見えない。


 湊と瑛太は目配せをした。

 瑛太が口を開く。


「黒羽のことを構うのをやめてください」


 へ? と言いそうになるのをこらえ、たずねる。


「……構う……のをですか?」


「はい。黒羽を束縛しないでください。人の恋路を邪魔するのはやめてください」


 息を呑む。心臓がドクンと脈を打つ。動悸とともに、顔だけでなく全身がカアッと熱くなったような気がした。


「……ど、どういう意味ですか?」


 瑛太は、気合を入れるかのように一度大きく深呼吸してから話しはじめた。今回の卒業旅行に組み込んだ大きな目的を――。


 二人は私に会いに来た。黒羽のために。


 黒羽はすごくかっこいい。入学当初は女の子にモテ、囲まれていた。それなのに、髪で顔を隠し、目立たないように気をつけ、女の子を遠ざけた。一年生の終わり頃には、囲まれるようなことはなくなっていた。


 最初はモテすぎて、女の子が嫌になっているのかと思った。だから、女の子が絡んでいることには、誘っても乗ってこないのだと思っていた。

 でも、それは違うとわかった。二年生の秋頃、誰かは教えてくれなかったが、好きな人が学園にいると教えてくれた。

 好きな人のため、一途ゆえだった。


 黒羽がその人と幸せになるために、私に身を引いてほしい。黒羽を解放してほしい。


 私にそう言うために、湖月邸ここにやって来たのだそうだ。


「……意味がわかりません」


「わかりませんか?」


「私は黒羽を束縛していません」


「それ――」

「してるんですよっ!」


 湊の強い語気と、同時に鳴ったガタガタンッという音に、体がビクッと跳ねた。


 湊たちと私は、部屋の端と端、テーブルと椅子を挟んで向き合っている。思わず言葉と体が出たのだろう。湊の体がぶつかり、テーブルが少し動いた。


「すみません」


 湊はうなずくように頭を下げながら、謝罪を口にした。ばつが悪そうな顔をしている。瑛太は机の位置を直しながら「すぐ熱くなる」と湊をとがめた。


「人のこと言えないだろ。……続き……俺だな」


「……大きな声出さないでね」


 湊は瑛太に頷いてから、こちらを向いた。


「四月、俺の誕生日に飲み会をしました。酔っぱらった黒羽、つらいって泣いてました。強く出れない、反抗できない厄介な人がいる。その人のせいで、好きな人と自由にできないって。いつも控えめで、にこにこしてて、文句を言わないやつが、……その子の髪飾りを握りしめて、泣いて愚痴ったんですよ!」


 湊は静かに話しはじめた。だが、抑えきれなかったようだ。最後は訴えるような口調になっていた。


「……その厄介な人が私だって言うんですか?」


 瑛太が胸に手をあて、口を開く。


「俺たち平民にとって、強く出れない、反抗できない相手は……人によって違いますけど……、共通していえるのは華族かぞくなんです。……黒羽に関係のある華族、湖月こげつ家です」


「……父が黒羽の恋愛に口を出してるって言いたいんですか?」


 瑛太は首を横に振った。


「いえ、湖月様は違います。俺たちは、お嬢様にお願いしに来たんです」


「なんで私なんですか? 華族は学園にたくさんいますよね? 友だちとか、先輩とか、後輩とか、先生とか、……その好きな人が華族とか、好きな人の周りの人かもしれないじゃないですか」


 声がうわずってしまった。落ち着け、と深呼吸をする。それに合わせて体が震えた。


「く、黒羽がそう言ったんですか? わた、私に束縛されてるって」


 瑛太は私の目をしっかりと見て頷いた。


「聞いたんです。黒羽に。飲み会の時のこと覚えてるか? って。覚えてましたよ。だから、はっきり聞きました。誰に邪魔されてるんだって。思いつく限り挙げていったら、お嬢様だったんですよ」


「わ、私は邪魔なんてしてません! ずっと、ずっと黒羽のこと応援してました!」


「言葉で伝えましたか?」


「伝えました。気持ちを大事にしてって。大切な人ができたら、その気持ちをって!」


「優しい黒羽が、その言葉だけでお嬢様を突き放せると思いますか?」


「つ、突きはな……。黒羽は、わかりましたって言いました」


「否定するようなことは言えないですよ。華族としたきの関係では」


「言えます! 私たちは、ずっと一緒に育ってきて! 華族とか、そんなのは関係なくて!」


「それはお嬢様の考えですよね」


「黒羽だって、そう思ってます!」


「黒羽の考えがお嬢様に――」

「わかりますっ!」


 はーっ、と息をつく。


 瑛太は怖い顔をしている。父や律穂りつほとは違う、怖い顔だ。


 湊が瑛太の肩に手を置いた。瑛太は、ふぅ、と小さく息を吐き、ほんの少し後ろに下がった。


「何年も一緒に暮らしてきて、黒羽のことを誰よりもわかっていると思いたい気持ちもわかります」


 湊はさとすような口調で話しはじめた。


「瑛太と俺が、黒羽と友だちになってから、二年と少し。あなたと比べたら短いです。でも俺たちは、今の黒羽をよく知っています。今の黒羽のことは、俺たちのほうがわかります」


「……そ……れは……」


「俺たち、あなたのこと見直しました。わがままなご令嬢だと思ってました。黒羽はかっこいいから、そばに置いておきたい、自分のものにしておきたい。そういうことかもしれないって思ってました。でも、お会いして、それは違うとわかりました」


「……それなら、どうして……」


「違うかたちで縛ってるからです」


「だから……私は縛って……」


「黒羽は、好いてくれているあなたを無下にできないんです」


「好いてって――」


 手のひらで制される。湊は言葉を続けた。


「黒羽に聞いたりはしてません。聞かなくても、あなたが黒羽を慕っていることは、この三日間でよくわかりました。二人で写真を撮ったり。アイスを食べさせてもらったり。夜に部屋に呼び出したり。かいがいしく汗を拭いてあげたり」


 それは、と口を開きかけたが、今度は目に制される。


「楽しそうに内緒話をしてましたね。何を話してたのかは知りませんけど、戻ってきた黒羽、苦笑いしてましたよ。気づいてましたか?」


 唖然とする。服のすそを握りしめ、声を絞り出し答える。


「……いいえ」


「黒羽が相手にしてくれるからって勘違いしないでください。あなたがただの女の子だったら相手にされてませんよ。あなたが相手にしてもらえるのは、お世話になっている湖月家のご令嬢だからです。それに……」


 湊の視線が私の顔から下に移動した。


「その腕の傷。可哀想で、余計に突き放せません」


 バッと左手で右腕の傷痕をおおい隠す。


「……申し訳ありません。失礼を承知で傷にふれさせてもらいました」


 湊だけでなく、瑛太も頭を下げた。


 瑛太は湊の発言に表情を変えなかった。黒羽から聞いて知っていたのか、ここに来て私を見て知ったのかはわからないが、腕の傷痕を指摘することも、二人は前もって決めていたようだ。


「瑛太と俺から、あなたに言いたいことは以上です。無意識かもしれませんけど、黒羽を束縛していることを自覚してください」


「……黒羽は、このことを知っているんですか?」


 湊と瑛太は、私の質問に顔を見合わせた。こちらを向いた二人は、見苦しいものを見るかのような顔をしていた。


「黒羽は知りません」


「これは、俺と湊が勝手にやったことです。黒羽を責めるようなことはしないでください」


「責めません。このことは誰にも言いません。黒羽にも、父にも。……以後、気をつけます。ご忠告、ありがとうございました」


 二人に深々と頭を下げた。部屋を出ていく二人を、そのままの姿勢で見送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る