◆186. どうしたらよかったの? 06/10 ― 待ち合わせ


「本棚を見せてもらえませんか?」


「いいですよ」


 文博ふみひろうなずいた――。



 しげる一護いちご一加いちか、私の順に、二列ともとれるような微妙な一列で廊下を歩いていた。水の入っていたヤカン、麦茶の入っていたピッチャー、使用済みのコップをてつに渡し、罰ゲームありのゲームをしようと話をしながら勉強部屋に向かっているところだった。


「お嬢様」と呼び止められた。


 聞き慣れない声に違和感を覚えつつも、特に何も考えずに振り向いた。


「僕も交ぜてもらっていいですか?」


 顔を認識したのと同時に頼まれた。唐突だった。驚いて固まってしまった。


 確かに道場にはいなかった。剣術部ではないので、部屋で待っているのだろうと思い、気に留めなかった。


黒羽くろはたちの稽古が終わるまででいいので、交ぜてください」


 文博は細い目をさらに細くして微笑んだ。


「お願いします、菖蒲あやめお嬢様」


 一加たちのほうを向き、どうする? と確認するのは気が引けた。確認したところで、ダメ、と結果が出るのも気まずい。それに、菖蒲お嬢様、と私を名指しした。私が答えねば、と反射的に思った。


「もちろん、いいですよ」と、愛想笑いで答えた。



 ゲームは説明不要のババ抜き、罰ゲームはありにした。


 文博と遊ぶのは初めてだ。だから、罰ゲームはなしするつもりだった。ありにしたのは、文博だ。

 廊下での私たちの会話が聞こえていたのだそうだ。文博は、交ぜてもらうのだから私たちに合わせる、と罰ゲームありを希望した。


 罰ゲームの内容は、お互いを知れるようにと質問にした。一抜けの人は、ビリの人に質問することができる。ビリの人は、答えられる範囲で答え、嘘はつかない、というものだ。

 ちなみに質問は多すぎず、関連していることであれば、複数でも可にした。たとえば、『好きな食べ物と嫌いな食べ物は?』という質問は可だ。


 一戦目、二戦目と、無言に近かった。罰ゲームも当たり障りのない質問だった。盛り上がりはしなかったが、罰ゲームの質問と答えから徐々に言葉数が増えていった。

 質問は罰ゲームのはずなのに、普通に質問したり答えたりしていた。文博などは一抜けした際、趣味を全員にたずねた。誰もダメとは言わずに答えた。

 罰ゲームはあってないようなものだと、私だけでなく、みんな思っていたのだろう。


 文博が一抜け、私がビリだった。


 本棚を見せてほしい――。


 質問ではないが受け入れた。変だとは思わなかった。


 趣味の質問の時、一抜けした文博自身も、みんなが答えたあとに「読書」と答えた。私は「編み物」と答えていたが、本を読むことも好きなので、「私も好きです」と相づちを打った。すると、文博はにこっと微笑み、「みなさんは、最近どんな本を読みましたか?」と、本の話をしはじめた。


 文博は、私たちに尋ねるだけでなく、「人がどんな本を読んでいるのか気になる」「人の本棚を見るのも好き」「本屋で一番好きなのはオススメコーナー」「図書館や図書室のように整然と本が並んでいるのを見るのも好き」「本に囲まれた生活がしたい」と、自分のことも語ってくれた。

 黒羽と図書室で知り合ったこと、本好きであることを知っていた。黒羽の手紙や話の通りだな、と思いながら聞いていた。


 そんな文博の、本棚を見たいというは、とても自然な欲求だと思った。



「――僕はこれで抜けます。みなさん、ありがとうございました」


 文博は、勝ち逃げする、私の本棚を見たあと黒羽たちの所に行く、と立ち上がった。


「あ、みなさん、そのまま続けてください。お嬢様には申し訳ないんですけど」


 立ち上がろうとした一加たちに両手のひらを、私に笑顔を向けた。


「ボクは一緒に行きます。一加たちは待ってて」


 一護は立ち上がり、「こちらです。どうぞ」と、ドアを開けた。


 ホッと胸をなで下ろす。本棚を見せるのは構わないが、二人きりになるのは気まずいと思っていた。



「へ~。低くて横に長い本棚なんですね」


 文博は、全体を見回してから、本棚の左端に移動した。少しだけ前屈みになり、右端に向かって、ゆっくりと歩いていく。


 一通り見終わると、真っ直ぐ立ち、こちらを向いた。


「……これで、全部ですか?」


「はい。寄贈した本もあるので、今までに読んだ本全部、ではないですけど」


 文博は、本棚の前を移動し、ある場所でしゃがみ込んだ。


「ここに並んでいる本は、黒羽にもらった本ですよね?」


 黒羽が読み終わったと譲ってくれる本はどれもおもしろい、と話していた。タイトルを尋ねられたので、三つ答えた。文博がしゃがんでいるのは、その本の前だ。


 隣にしゃがみ込む。


「そうですね。ここから……ここまでがそうです」


 黒羽が本を譲ってくれるようになったきっかけの本。それがとてもおもしろかったので、手紙でオススメを尋ね、教えてもらって購入した本。去年の夏と冬にもらった本。それら十五冊を手で区切って示した。


「全部、ですか?」


「はい。黒羽にもらった本と教えてもらった本は、これで全部です」


 今回はまだもらっていない。黒羽たちは明日出発する。まだ、ということは、なし、ということなのかもしれない。


「好きなジャンルはミステリーでしたね。恋愛小説はどうですか? 好きですか? あまり持ってはいないようですけど……」


 確かに恋愛小説はほとんど持っていない。持っている本も、恋愛小説といってよいものか迷う。小さな女の子向けの、恋のお話だ。


「好きです……けど、しばらく読んでないですね」


「そうですか……」


 文博は顔を本棚に向けたまま、ゆっくりと立ち上がった。考え込んでいるように見える。


(女の子の本棚にしては、恋愛小説が少なかった? もっとこう、ミステリーが好きと言いつつも、恋愛小説がいっぱい並んでる本棚を想像してたのかな?)


「……町本まちもとさんは、どのジャンルもお好きということでしたけど、恋愛小説も読まれますか?」


「ええ。読みますよ」


 文博は、本棚に向けていた顔を私に向けた。


「オススメはありますか?」


「どういうタイプが好きですか? 禁断が好き、とか。略奪が好き、とか」


(たとえが……)


「……ハッピーエンドが好きです。王道でも、変わったものでも。楽しい感じのが読みたいです」


「それなら――」


 教えてもらったタイトルをメモにとる。文博のオススメを読んでみたいな、久しぶりに恋愛小説もいいな、と思った。


(一加たちがお休みの日に買いに行こ。楽しみ~)


「……黒羽たちがまだ稽古しているか、見てきてもらえますか?」


 文博はドアのそばに控えている一護に顔を向けている。


「えっ? ボク……が、一人でですか?」


「はい。お嬢様にはここにいてほしいので。お願いします」


「えっと……」


 一護は私に目を向けた。文博がくすっと笑う。


「大丈夫、変なことはしませんよ。お嬢様ともう少し本の話がしたいけど、黒羽たちのことも気になるんです。お願いします」


「……一護、見てきてくれる?」


 一護の目を見て頷くと、一護は「わかりました」と部屋を出ていった。


「……えっと。それじゃ……ほかにもオススメの本があれば、教え――」

「お嬢様が一人になれる時間はいつですか?」


「えっ?」


「三十分ほどでいいんです。今夜、お時間をいただけますか?」


 ジッと見つめられた。


(そ、それって、もしかして……。ど、どうしよう、顔が……)


 下を向く。熱くなるのは抑えられない。ニヤニヤだけはしないよう必死にこらえた。


「わ、私、今からの時間だと、眠る時間まで一人になることって、ほとんどなくて……。でも、その時間になってからお会いするのは……ちょっと……」


 顔を見て、は無理なので、下を向いたまま答えた。胸がすごくドキドキしている。


「夕飯のあとにでも。三十分、お願いします」


 チラッと目だけで文博を見ると、目が合った。サッとそらす。


「わ、わかりました。ば、場所は……」


 夕食のあと、お風呂に入る。一加と一護は、自分の部屋か私の部屋にいることが多い。お風呂に入ったあとは、眠るまで私の部屋にいる。


「……道場」


「道場以外はありませんか?」


「……客間」


「ほかには?」


「……先ほどの部屋」


「わかりました。では、夕飯のあとにそこで。よろしくお願いします」


「はい」


「一護くんのあとを追いましょう。二人きりは心配のようですので」


「はい」


 廊下を歩いていると、一護が走って戻ってきた。黒羽たちはまだ道場にいると聞いた文博は、「ありがとうございます」と言って、一人で道場に向かった。


「大丈夫だった?」


「……うん」


「ホントに? なんか顔赤くない? 変だよ」


「あ、赤くないよ! 変でもないし! 何もあるわけないでしょ! 本の話をしてただけなんだから。でも、一護が変な目で見るから切り上げて、こうして追いかけてきたの」


「変な目って……。ショウが二人っきりになるのは嫌だろうなって思ったからだよ。今度は助けるって約束したから」


「そ……それはそうだけど……」


「けど?」


「……変な目じゃないです。とっても助かりました。ありがとう」


「どういたしまして。一加と茂、何してると思う?」


「リバーシでしょ?」


「ボクもそう思う」


 勉強部屋に戻ると、案の定、二人はリバーシで遊んでいた。


「一緒に遊ぶことにしちゃってごめんね」


 三人の意見を聞かずに、独断で文博に返事をしてしまったことを謝った。


「きのうのとで、チャラだな」


「おやつ、あーんしてくれたらいいよ」

「あの状況じゃ、しょうがないよ」


 茂、一加、一護の反応はそれぞれ違ったが、みんな笑顔で、気にしていないと言ってくれた。

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