◆182. どうしたらよかったの? 02/10 ― 二つの一大事


「みんなの家って遠いの?」


「王都とここの間ですね。だいぶ遠回りにはなりますけど、通り道と言えなくもないです」


「そう。……四日間ずつは短いね?」


 黒羽くろはの顔をのぞき込む。


「そうですか?」


 黒羽は視線をそらし、片手で口元をおおいながらボソボソと言った。


(なんか、変。やっぱり、そうなのかな?)


 期待を込めて質問する。


「ほかにも予定ってあるの?」


「いえ。この予定だけで三週間使うので」


「……全部使うの?」


 夏休みは、七月中旬から八月いっぱい、六週間ある。ただし、完全な休みは三週間のみだ。倶楽部くらぶ活動――剣術部の稽古があるからだ。七月には合宿も行われている。


「ええ。次が沢見さわみ家、瑛太えいたの実家。最後に中川内なかがわうち家、みなとの実家なんですけど。湊の所に行く前に、宿にも泊まって観光するんですよ。旦那様から聞いてませんか?」


「聞いてない……」


「卒業旅行です。それぞれの家に泊まるのも含めて」


「早いね」


「そうですか? みんなだいたい夏休みですよ?」


「そうなんだー」


「……なんか怒ってます?」


「怒ってないよ」


「やっぱり、怒ってますよね?」


 人差し指でふにふにと頬を押された。頬を膨らませ、抵抗する。


(もうっ! 浮いた数日で、恋人と旅行でもするのかと思ったのに! 楽しそうにお小遣い貯めてる黒羽まで想像したのに!)


 卒業するまでは恋愛に関する質問はしないと決めている。なので、直接は聞いていない。でも、わかる。黒羽は好きな人と恋人同士になっている。


 距離を置こう作戦第一弾『手紙のやり取りをやめる』だけでは、まだ少し微妙だったが、第二弾『作り笑顔』が発動された時点で、好きな人がいることは確定した。

 その好きな人と、恋人の関係になっていると思ったのは、勘だ。勘とはいえ確信している。『作り笑顔』――私への態度と対応を、適切に変えた黒羽を見ていてピンときた。


 間違っていないと思える出来事もあった。


 ラブレターを嬉しそうに眺めていた。封筒には、宛名も送り主もなく、ハートマークのみだったが、表情から送り主は恋人だとわかった。

 いっぱいため息をついていた。帰省中で会えない恋人を想って、だ。


 そんなラブラブな恋人と――前回の休みは泣く泣く離れて過ごした恋人と、今回は旅行でもするのではないかと期待してしまった。


(倶楽部があっても授業がない分、二人で過ごせるだろうし。寮は女人禁制じゃないから、お泊まりもできるんだろうけど。それと旅行は、なんかこう、違うのに! も~、お父様、教えといてよ! 今日、帰ってくるって言ってたのに、帰ってこないし!)


 父は泊まり込みの仕事で昨日からいない。今日、黒羽たちよりも早く帰ってくる予定だったのだが、今夜も泊まりになってしまった。父の都合だけで、どうこうできることではないので、仕方がない。

 でも、余計な期待をし、外れてガッカリしたのは、黒羽の予定をちゃんと教えておいてくれなかった父のせいだ。なので、ついでに帰ってこないことにも文句をつける。


(何か食べに連れてってもらわなきゃ。お父様が帰ってきたら、すぐにお願いしよ。も~、本当、お父様は~……お父様……あっ!)


 頬をつついている黒羽の手を取り、バッと顔を向ける。


「黒羽、聞いて!」


 急に手を取られ、目を見開いた黒羽に、私の誕生日にあった出来事――芝崎しばさき和也かずなりがやって来た話をした。


「――ねっ? 芝崎って、すっっっごく嫌な人でしょ!? あとね――」


 間髪入れずに父が教えてくれた母の話を続けた。


 誕生日の騒動から一ヶ月と少し、隼人はやとが遊びに来てくれた日の夜だった。父は、芝崎家で母に何があったのか、母と実家の谷原たにはら家はどういう仲だったのかを、かなり詳しく、言葉を選びながら説明してくれた。


「――お母様の実家もひどいでしょ? 息子ばっかり可愛がって、好き勝手させて。自分たちは贅沢して、娘のお姉さんとお母様には、あんまりお金使わないとか。離婚したからって、家を追い出すとか。お母様は悪くないのに! 絶対にほかの人と結婚しようとして、お母様と離婚したよね。その人には逃げられちゃったみたいだけど。お母様のお父様とお母様も、家と家との関係とか、大変だったのかもしれないけど。そこは『大丈夫だよ』って味方になってくれてもいいよね!? それでね! なんで芝崎が来たかっていうとね――」


 母が亡くなる少し前から、和也は母と私を捜していた。母と再婚し、私を引き取るつもりだった。だが、その捜索は、和也自身が再婚したことで打ち切られた――はずだった。


 和也は、再婚相手と離婚したわけでもないのに捜索を再開した。探偵を雇い、情報を得て、ここにやって来た。


 私を引き取り、婚約させ、結納金をせしめるために。


 和也が捜索を再開した理由は『お金』だった。芝崎家の財政状況はかなり良くないそうだ。


「――だったらさ、私を捜して、ここに来ることよりも、やることいっぱいあると思わない?」


 黒羽は神妙な面持ちで聞いている。


「あ! そうだ。『湖月こげつ家の女の子の決まり』! あれって、芝崎から私を守るためのものだったんだよ」


 家の敷地から一人で出ない。庭に出るときでも誰かと一緒に。知らない人には近寄らない。外出するときは男の子の格好をする。外出中は手をつなぎ、絶対に離れない。それら『湖月家の女の子の決まり』は、和也から私を守るための対策だった。


 大地だいちと隼人は、そのことを――母と芝崎家、母と谷原家の事情も――知っていた。だから、口を酸っぱくして決まりを守るよう言ってくれていた。


「この話ね、本当はお父様からするはずだったの。でも、ほら、今日帰ってこれなかったでしょ?」


 私に教えてくれた時、黒羽にも同じ内容を伝えると、父は言っていた。今日、話をする予定だった。


 黒羽には直接関係ない。でも、ずっと私のそばにいてくれた。一緒に育ってきた。母のことも知っている。父にとっては息子同然。立派な関係者、家族の一員、ということなのだろう。

 たぶんだが、大地と隼人が知っていて、黒羽が知らなかったのは、子どもだったからだ。


「あした帰ってきたら、お父様からも説明があると思う。お父様の話のほうが、わかりやすいと思うから。知らないフリして聞いて」


 私はおもむくまま、感情を織り交ぜて話した。ぐちゃぐちゃでわかりにくかったと思う。


「知らないフリですか?」


「……まあ、知らないフリはしなくてもいいかな? どっちでもいいよ。黒羽に任せる。……お父様が黒羽に話をしてから、私のこのムシャクシャした気持ちを聞いてもらおうと思ってたんだけど……」


 黒羽はパチッとまばたきで相づちを打った。


「一大事だったから。あしたまで待てなくて吐き出しちゃった。それにあしたは、こうして話せるかどうかわからないもんね」


 私がそう言うと、黒羽は表情をゆるめた。


 父のことを考えていて思いだした。一大事、と言いつつ忘れていた。でもそれは、黒羽の友だちに気を取られていたからだ。こちらも一大事だ。なので仕方がない。そういうことにしておく。


「……ふふっ」


 思わず笑みがこぼれる。黒羽が不思議そうな顔をした。


「あのね。この前、隼人にギュッてされたんだけど、苦しくなかったの。ほら、お父様と一緒の馬車だったでしょ。馬車の中で、お父様から芝崎が来たって話を聞いて、心配してくれたみたい。ギューッじゃなくて、よしよしって感じだったの」


 王都で仕事があった父の帰りと、隼人が遊びに来る日程が重なった。隼人は、父と一緒の馬車に乗って遊びに来た。


「でもね、やっぱり苦しかったんだよ。なんで、隼人はあんなに力が入っちゃうのかな? ふふっ」


 隼人は二泊三日で遊びに来てくれた。その一日目の夜に、父から母の話を聞いた。

 二日目の夜、眠るために部屋に戻ろうとした隼人を呼び止め、時間をもらった。


 一緒に暮らしていた時、万が一のことがないようにと、気を配ってくれていたこと、守ってくれていたことに、ありがとうとお礼を述べた。


 そのあとの抱擁ほうようは、ものすごく苦しかった。いつもの隼人の抱擁だった。


「帰る時もすっごく苦しかったな~」


 隼人の顔が見たくなり、寝顔の写真に目を向けた――のだが、今日撮ってもらった写真が目についた。


「そうそう! 今日のワンピースとリボン。隼人が誕生日プレゼントって買ってくれたんだよ。一加いちか一護いちごしげるくんでしょ。あと悠子ゆうこさんも。みんなで一緒に、路面電車に乗ってお買い物に行ったの。これからは、私も普通にお出かけしていいから、家の馬車以外も乗れるようにって。私たちだけじゃなくて、悠子さんも乗ったことなくて。王都に路面電車ができたの、悠子さんが卒業してからなんだって。みんな、隼人に乗り方教えてもらったんだよ」


 隼人は悠子さんより年上だ。隼人が学生の時にも、王都に路面電車は敷設ふせつされていなかった。隼人は湖月家を出て、学習学校の先生になってから乗った。大地もそうだ。王都に戻ってから乗った。

 黒羽の初乗車は、入学式前に父と王都観光をした時だ。父に乗り方を教えてもらったと、手紙に書いてあったし、話もしてくれた。父からも聞いた。


(あれ?)


 隣に顔を向けると、黒羽は私の机に顔を向けていた。私が写真を見ていたから、同じように見たのだろう。

 気になったのは表情だ。無表情に近い表情、にらんでいるようにも見える。


(一人で喋りすぎた? つまらなかったかな?)


 黒羽はまだ机のほうを見ている。


 もう一度、机に目を向けた。

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