第3章 ⑤ 本邸 13歳
◆181. どうしたらよかったの? 01/10 ― 黒羽の友だち
三年生の今年。黒羽の帰省は、四日間のみだ。
三年生ならではの特別な行事が夏休み中にあるというわけでも、恋人と夏休みを過ごすためでもない。特別な行事はあるかもしれないし、恋人とも過ごすだろうが、三週間が四日間になった理由は別にある。
友だち三人と、四人で過ごすためだ。我が家も含め、各家に四日間ずつ滞在する。
この話を父から聞いた時、黒羽の友だちに会えることをすごく嬉しく思った。が、同時に少し面倒くさく感じた。
黒羽の友だちの前では、お嬢様らしくしなければ、と思ったからだ。私のことで黒羽に恥ずかしい思いをさせたくはない。
ほんの少し悩み、出した答えは、『見た目だけでもお嬢様っぽくしておこう』だった。
滞在中、ずっと一緒にいるわけではないが、四日間もある。無理は禁物。お嬢様っぽい服を着て、にこにこしてやり過ごすのが無難だろうと考えた。
その考えを独り言として呟いた。全員揃った昼食の場だった。聞いていた
誕生日プレゼントに、隼人が服を買ってくれることになっていた。その買い物に、一加、
プレゼント以外の買い物もした。一加、一護、私の、普通の服の買い物だ。
一加、悠子、隼人は、クローゼットにあった服と新しい服とで、お嬢様っぽいコーディネートを考えてくれた。私も一緒に考えるつもりだったが、三人がすごく楽しそうだったのでおまかせした。三人との間に多少のズレを感じ、口を出さないほうがよいと、空気を読んだところもある。
髪型は、一護が担当してくれた。一加に「考えて!」と命令されてだが、快く引き受けてくれた。一護は隼人に相談し、選ばれた服に合う髪型を考えてくれた。もちろん、四日間とも一護が結ってくれる。
――カタン。
写真立てに、新入りを
茂に「せっかく、
苦労ではないが大変だった。何着も何着も、試着した。非常に疲れた。でも、一加も、悠子も、隼人も本当に楽しそうで、試着するだけでこんなに喜んでもらえるなんて、と嬉しくなった。
あの勢いは毎回だとつらいが、たまにだったら着せかえ人形になるのも悪くないな、と思った。
「その写真、気に入りました?」
「うん。……どの写真もお気に入りだよ?」
「じっくり見てるので」
「撮ったばっかりで、新しいから」
写真立てを机に置き、体ごと振り返る。ソファーに座っている黒羽と目が合った。
黒羽は今日帰ってきた。今は夜だ。友だちと客間でお喋り中、やることがある、と言って抜け出してきたそうだ。
私のことはいいから戻ったら? と言うか迷ったが、こうして話せるのは今夜だけかもしれないと聞いて、言うのをやめた。
一昨年、一年生の冬の帰省時から、眠る前に私の部屋で二人きりの時間を過ごすようになった。一加と一護と私が仲良くなり、一緒に遊ぶようになったことで、昼間に黒羽と二人きりになる時間が減った。それを補うためにと、黒羽が始めた夜の充電時間だ。
黒羽に好きな人ができてからも、お喋りをしたり、本を読んだり――二人で一冊ではなく、別々に――、編み物をしたりと、お互い自由に過ごす時間として継続してきた。
夜眠る前のこの時間が、唯一、黒羽と二人でゆっくり話せる時間だ。昼間も話そうと思えば話せるが、今回は黒羽の友だちがいる。
今夜だけ――。それはつまり、今回の帰省中、黒羽と普通にお喋りできるのは、今しかないということになる。
「ねえねえ。今日の私、どうだった? 何か言うことない?」
「――っ! ええっと……」
黒羽は
(……わからないってことね。つい回っちゃったからな~。このパジャマどう? って聞いてるみたいだったかな?)
「ヒントはあの写真!」
今日撮ってもらった写真を指差す。
「あ、ああ……。初めて見る服ですね」
今日は、水色のハイウエストのワンピースだった。長袖のパフスリーブだが、スケスケのシフォン素材なので風が通る。ノースリーブや半袖と比べたら暑いが、腕の傷痕が誤魔化せる。パッと見、わからない。髪はポニーテールにして、ワンピースと同じ色のリボンをつけた。
ワンピースとリボン、どちらも隼人からのプレゼントだ。
「素敵だったでしょ? かわいかったよね? お嬢様って感じ?」
黒羽の隣に腰を下ろしながら
「そうですね。素敵でした。お嬢様って感じでした」
黒羽は、にこっと作り笑顔で微笑んだ。
作り笑顔――黒羽が私に向ける笑顔は、お茶会で女の子たちに向けていた笑顔と同じになった。
『過去好きだった人と、険悪にならない程度に距離を置こう作戦』第二弾だ。前回の帰省、冬に発動された。
第一弾は去年の夏に発動された。手紙のやり取りをやめる、だ。第三弾は今のところない。
「そう! そうだよね! 良かった!」
黒羽が
「ふふっ。イメージしてた通りだったよ。
黒羽が連れてきた友だちは、黒羽の手紙や話によく出てきていた人たちだった。
思い描いていたイメージと、見た目がつながった。三人の名前入りの紐つきプレートを渡されて、この人だと思う人にかけてください、とクイズを出されたら全問正解できた。
中川内
《家業はどうするつもりなんでしょうか?》と黒羽の手紙に書いてあった。《最近は女性がつぐことも普通にあるみたいだよ。それか、むこ? むこ養子? 養子?》と返した記憶がある。
黒羽の手紙と話から、体育会系、という言葉が思い浮かんだ。稽古中の
沢見
湊とタッチの差だが、黒羽の友だち第一号だ。
《瑛太と湊は、絶対に仲良くなれないと思っていました》と、二年生になったあたりの手紙にあった。瑛太は華族が苦手だからだ。《仲良くなれて、よかったよね》と返した。
ちょっとおどおどしているらしいので、悠子みたいな印象だ。
町本
図書室で知り合った。いつも一緒にいるわけではなく、双方が一人のときに会うとお喋りをする仲だ。
《おとなしそうに見えて、毒を吐きます》とあり、《ある意味、正直者なんじゃない?》と返した。
湊と瑛太は、黒羽と同じ剣術部所属だ。文博は本に関する
三人の情報は、二年生の夏で止まっている。冬に「元気?」「何かあった?」と友だちについて尋ねたのだが、黒羽の答えは「元気です」「特に変わったことはありません」だった。
ちなみに、湊と瑛太は剣術部だが、父が『
「どんな印象ですか?」
「中川内さんが大地、沢見さんが悠子さん、町本さんが慶一様って感じ」
挨拶をした時、子爵家の令息である湊のことを『中川内様』と呼んだのだが、『さん』付けにしてほしいと言われたので、『中川内さん』と呼んでいる。友だち一律、同じ扱いで、ということだった。
「そうですか?」
黒羽は首をかしげた。
「そうなの! でも、友だち三人連れてくるって、このメンバーだとは思わなかったな。黒羽の友だちって聞いて、すぐに思い浮かぶのは、この三人だけど。中川内さんと沢見さんの二人と、町本さんは別って思ってたから。……四人で一緒にいるようになったの?」
黒羽と湊と瑛太は、倶楽部以外でも一緒に行動している。だが、黒羽が文博とお喋りをするのは一人のときだ。
なので、湊と瑛太の二人と、文博は、仲良しではないと思っていた。
「そういうわけではないです。……最初は、湊と瑛太と私の、三人だけだったんですよ。文博にこの話をしたら、参加したいって言い出して。知らないうちに二人に話をつけてて、一緒に来ることになってたんです」
「え? すごいね……」
「そうですね。
「私じゃなくてもしないでしょ! だって、仲良しじゃないんでしょ?」
「仲良し……ではないですけど。話をするくらいの仲ではありますよ。一緒にお昼を食べたことも、何回かあります」
「……友だちと知り合いの真ん中くらい?」
「真ん中よりは、友だち寄りでいいと思います」
「ふーん。そうだったんだ~」
どうやら私の想像よりも、仲が良かったようだ。
「みんなの家に行くの楽しみだね!」
黒羽が一番手だ。友だちの家を回るのはこれからだ。
「文博の家には行きませんよ」
「え? なんで?」
「文博が参加するのはここまでです。私がお世話になっている家を見てみたい、が参加理由ですから。それと、家の手伝いがあるとか、私たちを泊められる部屋がないとかで」
「へ~。仲良しの黒羽の家には来てみたかったってことか~」
(……ってことは、三箇所?)
四箇所を四日ずつで十六日、二週間と二日。それに移動日数を足して三週間くらいと計算していた。三箇所では足りない。
(……もしかして……いやいや、まだわからないよ)
ニヤニヤしそうになるのをこらえる。怪しまれてはいけない。友だちの家がどこにあるかにもよる。
声の調子を変えないように、質問を口にした。
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