180. 着せかえ人形 2/2


 計六人。みんなで来た。


 だが、今、この場には、一加いちか悠子ゆうこ隼人はやと、私の、四人しかいない。


 百貨店に着いて、まず、一護いちごの服を見に行った。すぐに買い終わった。それから、一加と私の服選びが始まった。


 しげるは二十分が限界だった。「俺、ほかのとこ見てくる」と脱落した。一人で離れるのはダメ、ということで一護がついて行った。


(ちょっと二人がうらやましい……)


 私も買い物は好きだ。楽しい。でも、さすがに少し疲れてきた。


 最近は、子どもの服も、大人の服も着ている。年齢的に子どもの服を着ていてもおかしくはないし、サイズもある。大人の服を着るとぶかぶかということもなくなった。

 百貨店の婦人服売り場は広い。三階にわたっている。子供服売り場はまた別の階だ。ターゲットにしている年齢層がかなり上のところや、今回の目的にそぐわないところを除いたとしても、見る売り場はいっぱいある。


 仕切りらしい仕切りがない所もあるので数え間違えているかもしれないが、今は六店舗目――店舗ではなくブランドと言ったほうがよいのだろうか――だ。

 一通り見てから何を買うかを決め、購入することになっている。


 自分も選んでいたら、時間を忘れて楽しんでいたと思う。でも、今日の私に選択権はない。

 昨日、私のクローゼットを開け、今日の作戦会議をする三人を見ていて思った。一加と悠子だけでなく、隼人も同じほうを向いている。三人は同じものが見えている。

 私は口を出さないほうがいい。たぶん、私はズレている。だから選ばない。空気を読んでそうしている。


「ワタシはこれ!」


 一加がワンピースを持って、近づいてきた。


「わ、私はこれで!」


 悠子は先ほどのスカートを持ってきた。


「私はこのブラウスで。それじゃ、菖蒲あやめさん。お願いします」


 隼人は、にこっと微笑み、手のひらで私を誘導した。うん、とうなずき、歩き出す。向かう先は試着室だ。

 もちろん、サイズをみたり、似合うものを選ぶために試着は大事だ。だが、それだけではない。三人は、私に試着させるのも楽しいらしい。


(今日の私は着せかえ人形……)


 靴を脱ぎ、試着室のカーペットに上がった。



「終わったの?」


 声のしたほうを向くと、一護と茂が立っていた。声の主は一護だ。


「終わってないよ」


 売り場の一角に顔を向ける。隼人たちは楽しそうに服を選んでいる。


 私は、売り場の外、通路に設置されているソファーに座っている。休憩中だ。


「あー、疲れた」


 茂は私の隣に腰を下ろした。


 ソファーは二人用だが、詰めれば三人座れる。腰を少し浮かせたところで、「ボクは立ったままでいい」と一護に止められたので座り直した。


「今度はどこに行ってたの?」


 茂に顔を向ける。


「ぐるっと、そこら辺。まだ終わんねーのかよ。なげぇ」


 一護と茂が戻ってきたのは三回目だ。一回目は五店舗目、二回目は八店舗目あたりだったと思う。今は――もう数えていないのでわからない。


「ここで最後の予定だよ。時間押してるし。……あれ? 何か買ってきたの?」


 一護の持っている買い物袋の中に、小さい紙袋が入っているのが見えた。


「うん。隼人さんにお返し」


「今日の?」


 路面電車の乗り方を教えてもらったことへのお返しだと思った。


「今日っていうか。前も。いろいろもらっ――」

「おいっ! バカッ!」


 茂の声に、一護はハッとした表情をした。私も驚き、ビクッとしてしまった。


「……茂くん。こんな所で、大きな声でバカとか言わないでよ」


「わ、わりぃ。お、お返しは内緒だって、一護が言ってたんだよ」


「そ、そうだった! 茂、ありがとう」


「そうなの? でも、ざわざわしてるし、このくらいの声なら聞こえないよ」


 物色中の隼人に顔を向ける。「隼人~」と声の大きさを変えずに呼んでみた。反応しない。


「ほら、聞こえてないよ」


「そうみたいだな。良かったな、一護!」


「う、うん。良かった!」


「……隼人って、男の子には厳しい? よね?」


 厳しいとは少し違う。なんと表現したらよいか、わからない。

 隼人は今回、一加にも服をプレゼントしてくれるそうだ。昨夜、それを聞いた時、つい「一護には?」と言ってしまった。隼人は「一護くんと茂くんはいいんですよ」と、なぜか満面の笑みを浮かべていた。


「そっか~?」


 茂は首をかしげた。


「隼人さんは厳しいってか、『おとこ』だろ」


 律穂りつほと父、二人と手合わせをした隼人は、男の中の男――『漢』なのだそうだ。こてんぱんにやられていたのもポイントらしい。「それでも何度も挑むのがすげぇ」と、拳を握り、熱く語っていた。


「隼人さんは優しいよ」


 一護にも否定された。


「う~ん。まあ、そうだね」


 やはり言葉を選び間違えた。正確に伝わらなかった。でも、二人は気にしていないようなので良しとする。


 一護は隼人に聞こえないとわかって安心したのか、お返しはメガネ拭きだと教えてくれた。茂とお金を出し合ったそうだ。「茂くん、えらいえらい」と言うと、「バカにしてるな」と怒られた。


「菖蒲さん!」


 隼人に呼ばれた。手招きをしている。


「ちょっと行ってくるね」


「俺らはここで待ってる」


「りょうか~い」


 一護に座るよううながしてから、隼人に駆け寄った。


「一護くんと茂くん、戻ってきてたんですね。探検はもうおしまいですか?」


「うん。あそこで待ってるって」


「そうですか。試着、お願いしますね。残念ですけど、これで最後です」


 一人二着ずつ手渡された。試着室を占拠しないよう、周りの様子をうかがいながら試着をした。


 最後の試着が終わってから、みんなで遅い昼食をとった。一加と悠子と隼人は、昼食中ずっと、どの服を購入するかを話し合っていた。


「プレゼントですから」と、隼人は購入した物を持ってくれた。プレゼントだけでなく、普通に買い物した分も、全部持ってくれた。


 無事、家に着き、終了――ではない。


 家にある服と購入してきた服とで、思い描いていた通りのコーディネートになるかどうかの確認が残っている。ファションショーだ。

 一加も着替えた。お揃いの服を着て並ぶと、悠子と隼人、一加自身も、うんうんとうなずいていた。


 ファションショーが終わると、悠子は満足げな顔で帰っていった。


 髪を乾かし、眠る前。一護の番になった。髪型をどうするか、だ。

 隼人に相談しながら決めていた。編み方のコツなども聞いていた。隼人は「懐かしいですねえ」と、黒羽に教えていたときのことを思いだしていた。


 ソファーで私たちを見ていた一加がアクビを連発したので、お開きとすることにした。一加たちと一緒に部屋を出ていこうとした隼人を呼び止めた。少しだけ時間をもらった。


 ソファーに並んで座り、体を隼人のほうに向ける。


「この前の……お母様の……、その、お父様から、話聞いたでしょ?」


「……ええ。つらい思いをしましたね」


 隼人は、私の手を下からすくうように取り、包み込むように上に手を置いた。


「そんなことは……、ううん。ああいう人っているんだっなって。嫌な気持ちになっちゃった」


 隼人の手に力が入る。ギュッと握り返し、「本当に、嫌な人だったよ!」と、芝崎しばさき和也かずなりへの文句をいくつか口にした。


「……いつも庭に一人で出ちゃダメって言ってたでしょ?」


「そうですね」


「出かけるとき、男の子の服を用意してくれたよね。ずっと手をつないだり、抱っこしてくれてたよね」


「ふふっ。そうですね」


「ありがとう、隼人」


「そんな……お礼なんて……」


「ううん。大変だったでしょ? 気をつけなくちゃいけなくて。あんな人、絶対小さい子に近づけたくないし! 本当にありがとう。うーんと、その……、守ってくれて!」


 隼人の手が、ピクッと動いた。


「守るだなんて、私は何も……。ただただ、楽しい毎日でしたよ」


 隼人は目頭や目尻を指でぬぐいながら微笑んだ。


 ドアの前で、おやすみなさい、と隼人は私を抱きしめた。苦しい、とタップする私に、「さっきの、大地だいちさんにも伝えてあげてください」と言った。お礼のことだとすぐにわかった。


「もち……ろん。今度、会った……ときに、……言うよ」と、とぎれとぎれに返事をした。

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