169. 別邸での生活 1/6 ― 自分探し、対面(大地)
馬車に揺られ、実家に向かう。数日前に親父から連絡があり、帰ってこい、と命令された。
腕時計をチラリと見る。
(間に合わないな……)
日にちだけでなく、時間も指定された。休暇は取れたのだが、
実家からだと通うのが大変なので、所属騎士団近くの寮に住んでいる。何もないときなら駆り出されるのも構わないが、予定があるときは困りものだ。
窓の外に目を向ける。建物と木々が交互に視界に飛び込んできた。密集していた建物がまばらになり、緑が多くなってくると、実家が見えてくる。
実家は王都の外れにある。敷地は広大だ。敷地にあるのは、大きく立派な
俺は、楽々浦家の三男に生まれ、何不自由なく育った。男に生まれたならば、否応なく騎士になることを求められる家だが、幸いにも、騎士になるために必要な剣術、体術、できると有利な馬術などは自分に向いていた。剣術だけだったら、兄貴二人よりも才能があると褒められていた。
周りも、俺自身も、俺は騎士になると信じて疑わなかった。
きっかけは忘れた。あったのかどうかすらも忘れてしまった。
歩いている道に、乗っているレールに、疑問を抱いた。このまま進んでいいのか? と心がかげった。
もっとほかに、俺に向いている何かがあるのではないか?
答えが出ないまま、決められた道を進むことを拒否し、レールを降りた――。
「騎士にはならない」
そう告げた俺に怒ったのは、下の兄貴だった。「それじゃ、何になるんだよ!」と、テーブルを叩いた。
「これから探す」と答えた。
親父は、見つかるまでは実家に住むこと、稽古は続けること、と条件を二つ出した。
おふくろと上の兄貴は、親父が受け入れたからか、反対しなかった。
学園を卒業した俺は、愛馬の
卒業後、最初の夏。八月だった。
「二日で家を出る準備をしろ」と、親父に言われた。
親父との約束は守っていたが、『自分探し』と称して、ふらふらと出歩くだけの俺を見限ったのだと思った。ただ追い出されるだけなのか、行き先は決められているのか、もう少し猶予が欲しかった、などと、親父の顔を見ながら考えていた。
親父は予想外の言葉を続けた。
「
剣術部と体術部、特に剣術部にうわさとして残る『鬼神』。実在するなら、会えるものなら、会ってみたかった。
「稽古はっ!? 手合わせはできるのかっ!?」
食いついた俺を見て、親父はしたり顔で
(――甘い覚悟だったな)
騎士にはならないと決めた時点で、見限られる覚悟をしたつもりだった。思っていたよりも手ぬるい親父の対応に気持ちがゆるんで――、いや、初めから見限られるとは思っていなかったのかもしれない。
家を出る準備をしろと言われ、不平たらたらな気持ちになった。
窓から見える景色がゆっくりと動きを止めた。
「お待ちしておりました。大地お坊ちゃま」
馬車を降りると、
「
いい加減、お坊ちゃま呼びはやめてほしいが、その文句はのみ込む。大人になったらやめる、と言い返されるだけだ。俺は二十九歳だ。年齢の話ではない。その言葉の真意は、早く結婚しろ、だ。
「親父は?」
「応接間に。お客様もご到着なさっておりますよ」
「そっか。ありがとう。あと頼む」
今夜は泊まっていく。荷物を蔵之介に任せ、応接間に急いだ――。
家を出る準備は、一日で済ませた。準備をしろと言われてから三日後、『鬼神』のところに向かうため、親父とともに馬車に乗り込んだ。
屋敷に着くと『鬼神』自ら出迎えてくれた。
親父は
『鬼神』と挨拶を交わした。『鬼神』は無表情だった。俺は笑顔を作ったが、内心は驚いていた。顔に傷痕があると聞いてはいたが、顔の左側半分を隠しているとは思わなかった。仮面のようなものに驚いてから、想像していたよりも大きい傷痕に驚いた。
「護衛探してただろう? タダで使っていいぞ」
部屋に通されてすぐ、親父は俺を差し出した。戸惑い、なぜか謝る『鬼神』をよそに、親父は話を進めた。着の身着のままで道場に向かい、稽古をさせられた。
思い切りやれ、と親父に言われたが、生気のない顔の『鬼神』に手を抜いた。あっという間に負けた。親父に頭をひっぱたかれた。
二人に謝り、もう一本、とお願いした。全力を出した。一本目よりはマシだったが、完敗だった。
「どうだ? 役に立つだろ?」
全く歯が立たなかった俺としては嫌みにしか聞こえない親父の確認に、『鬼神』は「はい」と
――コンコン。
応接間のドアをノックする。一拍置いて、「入れ」と返ってきた。部屋に入ると、二人の男がこちらを向いていた。
一人はソファーに座っている。
白髪頭に、
もう一人は立っていた。俺が入ってくるから立ち上がったのだろう。
「久しぶりだな、大地。忙しいなか、呼び出してすまなかった」
顔の左側を隠している『鬼神』――
「うわ、やめてくれよ。声かけてもらえて、嬉しかったよ。俺も気になるし」
楽々浦家は、学園の一部の剣術部の指導も担っている。跡取りは、だいたい三十代半ばで騎士を辞め、師範代になり、学生の指導にあたる。
親父も三十代半ばで師範代になり、四十代半ばで師範になった。
忠勝さんは、親父の教え子だ。
『鬼神』のうわさを知ったとき、親父に
本当にただのうわさか、話が大きくなり過ぎたかだと思った。それでも、何年もうわさとして残るような、その強さに憧れた。虚像でもいいと思っていた。
今ならわかる。親父は俺に対する切り札として、『鬼神』を取っておいた。
だがしかし、切り札が出されたのは、俺の局面ではなかった。
「お前は立ってろ」
親父に、バシッとケツを叩かれた。無視して、親父の隣、忠勝さんの斜め前に腰を下ろす。
親父からの呼び出しだったら、応じたかどうかわからない。忠勝さんから例の件で報告があると聞いたから休暇を取った。
「ほれ」
親父は、テーブルの上に広げられていた写真と書類を、俺の前に置いた。
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